第6話 旅の終わり
ヴン
タイムマシンが音を立て、21世紀のオレの部屋へ戻って来た。
「さて、今回の旅は終わりよ。本当にこれから毎回私の旅について来るつもり?」
「もちろん」
「はぁ……分かったわ。次の任務が与えられたらまた迎えに来るから、絶対にタイムトラベルのことは口外しないでよね」
「もちろん!」
オレは意気揚々と答えた。
「それじゃ、私はもう行くわ。多分3日後には来ると思うから」
「うん、それじゃあな」
「じゃあね」
ヴン
タイムマシンは静かに音を立て、行ってしまった。
未だに実感がわかない。オレがさっきまで1300年も昔の世界へ行っていたこと。藤原京をこの目で見たこと。そしてタイムトラベルに同行する許可をもらえたこと。何もかもが信じられない。こんなにワクワクしたことは生まれてこの方一度もなかったかもしれない。それくらいオレの心は興奮していた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
翌朝、いつものように学校へ向かう。
道を歩いていると、後ろから英輔が飛びついてきた。
「しょ・う・くん~!」
「おう、今日も朝から上機嫌だこと」
「あれ?なんで怒らないの!?いつもだったら『バカ、やめろ朝っぱらから!』って突き放すじゃん??」
「ああ、そうだな」
「んー?」
まさかタイムスリップして飛鳥時代を見てきたから機嫌がいいなんて言えない。言ったとしても信じてもらえないだろう。オレは誰かに話したい気持ちをグッと抑え、英輔を突き放した。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
昼休み、教室にて。
「はぁ~……」
「どうした?」
隣の席でため息をつく英輔にオレは真顔で話しかける。
「今回のテストは英語以外壊滅だったんだよ……」
「今回『も』だろ?」
「お前はいいよなぁ、英語を除けば何でもできるんだもの。オレと正反対だ」
「ま、お前にだってひとつでも長所があるんだからいいじゃねえか」
「……本当に今日のお前どうしちゃったの?なんでそんなに優しいの??」
「なんでだかな」
オレはうっすらとほほ笑んだ。
「そうそう、今日いつものカラオケでいいよな?」
「ああ、構わんよ」
「よし!テストのことなんて忘れて歌うぞ!」
「ちゃんと解き直せよー」
「先生みたいなこと言うなよ~」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
国語の授業中。先生が万葉集の解説をしている。
「万葉集と言うのはだな、まだ読み方が解明されていない歌というのがあって、それが『莫囂圓隣歌』という歌なんだ」
先生が黒板に「莫囂圓隣歌」の文字を書く。
「万葉集と言うのは、みんなも知っての通りひらがなが使われていない。なぜなら昔はひらがながなかったから。すべて漢字だけで日本語を表記してある。漢字の読みを使ったり、漢字の意味を使ったりして工夫して日本語の文を漢字だけで書いているわけなんだが、当然そうなってくると読み方が分からない歌と言うのも出てくるわけだ」
先生が解説している中、スヤスヤと寝息を立てて眠っている生徒がいる。英輔だ。
「おい、起きろ、英輔!」
オレは小声で起こそうと呼びかけるが返答はない。
「おい、授業中寝てるから成績が上がらないんだよ!」
オレは英輔の体を揺さぶる。その間にも先生は解説を続ける。
「じゃあ、今度は実際に万葉集を読んでみよう。翔、教科書の67ページを1行目から読んでくれ」
英輔を起こそうと必死になっていたオレは先生の呼びかけに気づくことができず、先生は声を大きくして言った。
「翔!」
「あ、はい!!」
ようやく気づいたオレは先生に返答する。
「早く読んでくれ」
「えっと……」
どこを読むのか聞いていなかったオレは咄嗟に黒板の字を読む。
「しずまりし、ゆうづつしろし……?」
シーンと静まり返る教室。おもむろに先生が口を開く。
「どこを読んだんだ君は?」
クラスに静かな笑いが起こる。
「いや、黒板の字です……」
「これは読めない歌だぞ!」
先生の言葉にクラスにワアっと笑いが起こる。
「え、でも、それは読めます……」
「なんだ、君は飛鳥時代の人か?」
またクラスに笑いが起こる。ここでオレはようやく思い出す。そうだ、オレは未来の古語辞典を頭にインプットしてしまっていたのだ。オレが読み上げたのはおそらく未来の説なのだろう。
「まったく、先生の話はちゃんと聞きなさい!教科書の67ページ1行目から読んで!」
「あ、はい!」
オレは背筋を伸ばし、教科書を持ち、ハッキリと読み上げる。
「ニキタトゥニ プナネゥリ シェムテゥ トゥクィ マテンバ……」
「何を読んでるんだ君は!!」
今度はクラスに爆笑の渦が巻き起こる。
「やべ、昔の発音で読んじゃった……」
「だから君は飛鳥時代の人なのか??」
オレは顔を真っ赤にして立ち尽くしていた。
「もういい、授業はまじめに受けなさい!じゃあ、代わりに裕太、教科書の67ページ読んで」
ああ早く帰りたい……。




