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第5話 時の流れは変えられない

「うわぁ、すげぇ……」


 日本における古代最大の都を初めて目にしたオレの感想はその一言だった。

 どこまでもまっすぐ続く道のわきに木造家屋が立ち並ぶ。とても綺麗に整備されている。


「さっきのおじいさんの家とは大違いだな……」

「そりゃ都だからね」


 貴族姿になったオレたちは都をめぐる。雑談している二人のおじさんがいたので聞き耳を立ててみる。


Kisə(キセゥ), pasi(パシ) yu() təⁿbitye(テゥンビティェ) asi(アシ) itameki(イタメェキ) (ゆうべ、縁側から飛んで足を痛めた)」

Nani(ナニ) wo(ウォ) ka() syeru(シェル), warapasimu(ワラパシム) (何をしているのか、笑わせる)」

Na() warapi(ワラピ) (セゥ)! (笑うな!)」


 他愛もない会話が聞こえてきた。


「いつの時代も、人間の雑談なんて中身のないものなんだなぁ」

「そうねぇ」

「でも、この二人の言葉はおじいさんの言葉よりだいぶ聞き取りやすいな」

「やっぱり、地位が高いほど保守的な言葉を話すらしいわね。おじいさんの発音より古めかしいわ」

「まあ、オレにはその辺の違いが分からないけど、聞き取りやすいのは確かだな」


 そんな調子で都に住む人々の会話を盗み聞きして記録して1時間ほどが経過した。


「そろそろデータは集まった?」

「もう少し欲しいわね。でも、あまり都でばかり採取していても時間がもったいないから、なるべく早く済ませたいわね」

「ええ、せっかく来たのに、ゆっくりして行こうぜ」

「そうも行かないわよ、私たちは古今東西のいろいろな言語を集めなければいけないんだから、ひとつの箇所で時間を取りすぎるわけにもいかないのよ……」

「うーん……」

「あなただって、藤原京ばかりでなく、もっと他の時代のほかの場所も見てみたいと思わない?」

「まあ、それは確かに」

「だから、あと少ししたら都を立つわよ」

「そうだな」


 オレが納得するとレイは微笑んだ。


「ちなみにさ、なんでレイはオレをここへ連れて来てくれたの?ずいぶんあっさりオッケーしてくれたけど……」


 質問すると、レイは少し悲しげな表情を浮かべた。


「それはね、あなたが弟に似てたから……」

「弟さん?」

「そう、私の弟。3年前に事故で亡くなったの」

「あ、そうだったのか……」


 オレは言葉を失う。レイは続ける。


「弟の夢はね、歴史学者になることだったの。タイムマシンに乗って過去の世界へ行って、歴史の謎を解明したいって言ってたわ。だけど叶わなかった……」

「そっか……」

「亡くなる前日の夜、あの子は私にこう言ったの。『もしオレがこの夢を叶えられなかったら、姉ちゃんが代わりに叶えてよ』って。そして明くる日に亡くなった……」

「死期を感じてたのかな……?」

「分からないけど、その日以来私はタイムトラベラーを目指すようになった……」


 目に涙を浮かべるレイの背中を軽くさする。


「でも、タイムマシンがあるなら、生前に戻って会えるんじゃない?」


 レイはゆっくりと首を横に振る。


「そんなことしたら、あの子は自分が若くして死ぬ運命にあると知ってしまう。だからできないの。それに、歴史を変えることは絶対にできない。禁止されてる、とかじゃなくて、物理的に無理なのよ」

「どういうこと?」

「例えばあなたが過去に戻る。するとその時、本来いるはずのないあなたがいるのだから、過去が変わった。そう思うでしょう?でも、あなたが未来からやって来るという歴史も事実として含まれているの。だから、結局過去も未来も歴史通りってわけ」

「じゃあ、未来人が関わらなければ起こり得なかった歴史ってのもあるの?」

「そう、その最たる例が第二次世界大戦、と言われているわ。あれは未来人によって仕組まれた戦争だったって噂がある」


 衝撃の一言にオレは固まる。


「そんな、誰が何のために??」

「詳しいことは分かってないんだけど、一時期そんな噂が流れたことがあったわ」

「なんだ、噂か……いつの時代もそういう噂はどこからともなく出てくるもんなんだな……」

「まあいいわ、とにかく、早く言葉を集めて次の時代へ行きましょう!」


 レイは作り笑いを浮かべながらさっさと歩きだした。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「さて、この時代の言語状況が分かってきたからまとめるわね」

「うん」


 一通り言葉集めを終えたオレたちはタイムマシンに戻り、今まで集めたデータの整理に入った。


「まず、ハ行音だけど、これは地域、階級、時代によって大きく違いがあることが昔から知られていたわ。そしてそれは正解だった。ハ行音は、貴族は『p』の音で発音するけど、庶民は『f』もしくは『v』で発音しているわね。ハ行音が語頭にくる場合は『f』、語中にくる場合は『v』になってる」

「つまり、『花』であれば、貴族は『パナ』で庶民は『ファナ』と発音していたってこと?」

「その通り!」

「へえ、『h』じゃないんだな」

「ハ行の音が『h』で発音されるようになったのは江戸時代に入ってからのことなのよ」

「ずいぶん最近なんだなぁ」

「そうよ、言葉ってのはたった100年のうちにでもかなり変化するものだから」

「へぇ」


 ここでオレはあることに気づく。


「そういえば、なんでレイは21世紀の日本語喋れるの?200年後から来たんだろう?200年も経てば言葉もガラリと変わるんじゃないの?」

「私、弟が亡くなるまではアナウンサー目指してたのよ。だから喋り方には自信があるわ」

「すごいな、未来の世界でも規範的な日本語は200年前で止まってるのか……」

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