第3話 都への道
「しかし、本当に何もないんだな……」
都へ向かう道中、辺りには本当に何もない。店もなければ家もない。田んぼもない。あるのは森林のみ。
「この時代はまだ都の周りですら手つかずだったのよ。でも、これが本来の姿なのよね。人間の手が加えられる前の本当の姿」
「そうだな……」
確かに今の日本は都市化されすぎているかもしれない。平地には建物か田んぼが敷き詰められ、自然のまま残っている土地はゼロと言ってもいい。本当にこれでいいのだろうかと思ってしまう。
そんなことを考えながら歩いていると、だんだんと木の本数が減っていき、開けたところに出てきた。
「あ、ほら見て、田んぼが見えてきたわ。そしてあそこ、家が一軒あるわ」
レイが指さす方向には田んぼと竪穴式住居のようなものがあった。
「あれって、竪穴式住居じゃないの?」
「そう、この時代の一般的な農民はみんな竪穴式住居に暮らしていたの」
「へえ、竪穴式住居ってもっと昔の話かと思ってた」
「とは言っても縄文時代のものとはちょっと違うんだけどね」
どうやら飛鳥時代にも竪穴式住居は使われていたらしい。歴史の雑学が増えたことを喜んでいると、田んぼの中に農作業中と見られるおじいさんを発見した。
「ちょうどいいわ、あの人に話しかけてみましょう。昔は文字の記録を残すのは基本的に上流階級だけだったから、庶民の言葉はよく分かっていないことが多いのよ。だから好都合だわ」
そう言うとレイはスマホのようなものを取り出し、何か操作し始めた。するとオレたちの着ていた服は徐々に麻でできた白い服へ変わり始めた。
「おお、すごい、姿が変わった」
「これで未来人だとバレないはずよ」
そう言うとレイはおじいさんのもとに歩いて行った。
「əkina!(おじいさん!)」
「o?」
「ta wo ya taⁿgayasi aru?(田んぼを耕しているのですか?)」
「sikari, inegari ovaride agiogosi seri(ああ、稲刈りが終わって秋起こしをしとる)」
だいぶ訛って聞こえるが、瞬間学習機の辞書データをもとに辛うじて聞き取れる。
「お前たちは旅の者か?」
「ええ、言葉を集める旅をしている者です」
「言葉を集める?ワシの言葉は汚いぞ。身分が低くて話し方を知らんのじゃ」
「汚いなんてことはありませんよ、言葉に良し悪しなんてないわ」
「お前は綺麗な言葉を使うが、身分の高いものか?」
「いいえ、普通の旅人ですよ」
二人はしばらく雑談を続けた。オレはその様子をじっと眺めていた。
「そうかい。言葉を集めると言ったか?何をするんだ?」
「あなたとお話しているだけでいいんですよ」
「変わり者じゃのう。ワシと語らうだけでいいのか」
「ええ、とても良いデータが取れますから!」
「データ……?」
「あ、えっと、あなたの言葉を知ることができますから!」
「まあ、何だか知らんが、こんな年寄りの話を聞いてくれるか?」
「聞きます!」
長くなりそうだったのでオレは小声でレイにささやく。
「なあ、あとどのくらい話すの?」
「今日は一日このおじいさんに協力してもらって、都へは明日行きましょう」
「ええっ!?まあ、いいけど……」
早く都を見てみたい気持ちを抑え、渋々了承する。
「お前たち、急いでいるのか?」
「いいえ、急ぎの用はありませんから大丈夫ですよ」
レイが笑顔で答える。おじいさんは早く行きたそうにしているオレを気にかけてくれているようだが、結局オレたちはおじいさんの家に泊まらせてもらうことにした。
「狭いところだが上がってくれ」
おじいさんがオレたちを家の中へ招いてくれた。
住居の中央にはカマドがあり、鍋が置かれている。床は土のままだ。土の上に藁でできた敷物が敷いてあって、オレたちはそこに座り込んだ。
「おじいさんは、一人暮らしなの?」
誰もいない部屋を見てふと気になったので尋ねてみた。
「ああ、もともと子どもはいなかったし、ばあさんには先に旅立たれた」
「あ、そうだったのか……」
寂しそうに答えるおじいさんにオレはどうしていいのか分からなかった。
「去年の暮れに亡くなったんじゃ。もともと体の弱い人じゃったが、ワシより先に旅立つとは思わなかった……」
おじさんはポツリポツリと語り始めた。
「ばあさんは旅立つ前日まで元気に暮らしていたんだ。それが突然苦しみだしてすぐに逝ってしまった」
「なぜ亡くなったのか分からないの……?」
「悪いものを食べたわけでもないし、分からん」
昔は医学が未発達だったから、病名なんて簡単に分からなかったのかもしれない。分かったとしても、治すことは困難だっただろう。オレ自身も現代の医学に助けられて一命をとりとめた経験がある。医学が無ければ今オレはこうしてここにいることもなかったはずなのだ。現代に生まれたことを恵まれたこととして感謝しなければならない。
「そうなんだ……じゃあ今ずっとひとりなの?」
「ああ、友と呼べる人もいない、毎日ひとり寂しく米を作るばかりよ」
胸がギュッと締め付けられる。家族もいない、友達もいない、そんな中でどうやって生きて行けるのか。オレには到底無理な話だ。
「あのさ、おじいさん、オレと友達にならない?」
咄嗟にそんなことを言ってしまった。
「友にか……?」
「ああ、十日に一度は顔見せるからさ」
そういった瞬間、レイが小声でツッコミを入れる。
「えちょ、十日に一度なんて無理でしょう!……」
「だって、放っておけないだろう?」
「でも、タイムマシンがないとこの時代には来られないのよ!」
「十日に一度タイムマシンで来ればいいだろ!」
「だって、これは会社のタイムマシンで、私的な利用はできないのよ……」
「任務のついでにちょっと寄ればいいだけじゃない!」
「だって、あなたこれから毎回任務についてくるつもり!?」
「そりゃあ、歴史好きのオレが今回ばかりで満足すると思うかい??」
「何言ってんのよ、無理に決まってるでしょう!」
「それなら、タイムマシンのことみんなに言いふらすぞ!」
その一言にレイが青ざめる。
「待って、それだけはやめて!クビになっちゃうから!!」
「ほーん、じゃあ連れてってくれる?」
レイは少し考えた後、涙目になりながら返事をくれた。
「分かったわよ……」
「っしゃ!」
「その代わり、絶対このことは会社に内緒にしておいてよ!」
「分かってるって~」
こうしてオレはレイの任務に同行することが許されたのであった。




