1 理想の居合斬り
俺にはやりたいことがある。
それは、居合斬りだ。
漫画みたいに、抜刀したことに誰も気づかせず、動きも悟らせず、斬られたことすら分からせない。
いつの間にか斬る。
もしそんなことができたら、最高にかっこいい!
だが、現実は厳しい。どんなに努力しても、俺の夢が叶うことはない。今の時代、情報が溢れ返っているせいで、小学生でも不可能だと理解させられてしまう。
なんとつまらない世界なんだろうか。
それでも現実を受け入れたくない俺は、何か道はないかと、とりあえず足の速さを求めて走った。
中学では陸上部に所属して、100m走10秒台に到達することができた。でも、違うのだ。この程度の速さじゃ、話にならない。
現実を直視するなら、このまま陸上選手として活躍すればいい。だけど、どうにも諦めきれない俺は、陸上をやめることにした。
俺が求めてやまない理想の居合斬りをどうにか身に付けたい。
とりあえず俺は木刀を買って素振りをした。
剣道部に入れと言われた。しかし違うのだ。俺が求めているのは居合斬り、ただそれだけだ。居合道というのを最近知った。それには心を奪われる響きがあった。しかし、動画観て思った。違うなって。
俺が求める居合斬りはとにかく速い。速すぎて見えない。それが俺の、理想の居合斬りなんだ!
そんな俺が、異世界に転生した。
理由も経緯も分からない。気がつけばこの世界にいた。最期の記憶すら思い出せない。
まるで居合斬りされた気分だ。
だが、そんなことはどうでもいい。
この世界には魔力があって、魔法が使える。
それに気づいたのは、親が日常的に魔法を使っていたからだ。ちなみに両親は普通の村人だ。ご近所さんも普通に魔法を使っていた。
魔法といっても大したものじゃない。
ライター程度の火を出せるとか、扇風機程度の風を起こせるとか、その程度。
だが、普通の村人でもそれくらいの魔法が使える世界だ。
この世界なら、俺が思い描く最強の居合斬りを身につけることが出来るはず。
そうして来る日も来る日も特訓を続けた。
特訓を続ける中で気づいたことがある。魔法には属性があることに。
当たり前と言えば当たり前なのかもだが、重要なのは属性毎に身体強化の魔法があることだ。
風の速さ、火の爆発力、といった属性毎の特性もあって、重ね掛けすることができるのだ。
最終的に全属性を重ね掛けすれば、俺の理想とする誰にも見えないほどの速さで居合斬りができるんじゃないか?
そんな平和で過酷な修行の日々を村の中で過ごし、ようやく冒険者登録ができる成人の十五歳になった。
冒険者になって、まずは刀を手に入れる。
村には刀などなく、外の情報もほとんど入らない。
特訓ではずっと木の棒で素振りだったからな。
刀がなくても魔法で斬れるようにはなったけど、実物の刀は絶対に欲しい。
街で情報収集して必ず手に入れてみせる。最悪、無ければ造ろう。
そして、冒険者として活躍して、最強の居合斬りをこの世界に広めるのだ。
「そんじゃ俺、冒険者になるから!行ってくる!」
両親に軽い口調で別れを告げて、家から出ようと扉へ向かう。
「体には気を付けるのよ。サヤ」
サヤは俺の名前だ。女みたいだが、異世界だから仕方ない。それに鞘と同じ響きで、割と気に入っている。ちなみに俺は母と同じ黒髪に、瞳の色は父に似て紫色だ。
「ちょっと待て!まったく……ほれ、餞別だ。」
父親から差し出されたのは一本の剣。
「おお!!剣じゃん!!」
鋼の重みが腕に伝わる。刀ではないが、やはり剣がなきゃ始まらない。腰に差せば、格好もつくというものだ。
「死ぬんじゃねぇぞ、サヤ」
「大丈夫大丈夫!」
まったく心配性だなぁ。今度大金を稼いで、二人には楽をさせてやるか。
家を出て、生まれ育ったこのオワリ村から旅立つ。俺は意気揚々と街道を走った。
「まったくあいつは、楽観的というか危機感がないというか。よくわからん特訓をするし、誰に似たんだか……」
「若い時のあなたにそっくりですよ。」
「……俺あんなだったか?」
「はい。それよりあの子、ほんとに大丈夫かしら。乗合馬車にも乗らずに行くなんて、街まで三日かかるのに……」
「……俺でも馬車くらい乗るぞ。」
「やっと見えてきた!」
数時間走り続けて、見晴らしのいい山頂に辿り着いた。そこから先を見ると町の輪郭が目に入る。
昼飯前には着けそうでホッとする。結構距離あったな。
あそこが、俺の故郷オワリ村から、一番近くに冒険者ギルドがある辺境の町アレスか。
これでやっと冒険者登録ができるというものだ。
ふと、視界の端に不穏な影が映った。
「……ん?」
視線を向けると、大きな狼のような魔物が見える。その向かいには一台の馬車とその護衛騎士らしき人たちが、それと戦っていた。必死に剣を振るっているようだが、巨狼には傷一つ付いていない。
「見過ごすわけにはいかないな」
俺は山を駆け下り、馬車の近くへと飛び込む。
「助けは必要か?」
俺は念のために声をかけて確認をする。
「む!冒険者か?!Bランクのダイアウルフだ!危険だぞ!!」
自分たちの命が危ないってのに注意喚起をしてくれるとは、立派な騎士道精神だ。
Bランクのダイアウルフのことは知らないが、見た感じいけそうだ。
「問題ない」
胸の奥が熱くなる。ついに人前で見せられる。俺の修行の成果を!
俺は笑みを浮かべ、剣の柄に手をかけた。
呼吸を整え、音が遠ざかる。視界の中心に巨狼だけが映る。
ダイアウルフは俺を警戒したのか、一歩退がるが、しかし――
キィン!
硬質な音が響き、俺は剣を納めた。
次の瞬間――
巨狼の魔物ダイアウルフの首は両断され、地に崩れ落ちる。護衛たちの目が驚愕に染まった。
「な、何をした?!」
「居合だ。」
「イアイ、ダ?」
決まった。俺はついに、理想とする居合斬りを披露することが出来たのだ。
困惑した声が聞こえたが、俺は満足感に浸った。




