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第1話 迂回の噂
「いやぁ……遅くなっちゃったなぁ」
ハンドルを握ったまま、思わずつぶやく。
今日も帰宅は九時過ぎ。営業先での打ち合わせが長引き、疲れ果てた体で車を走らせていた。
いつもの帰り道。
けれど、ふと脳裏に浮かんだ。
――少しだけ迂回すれば、近道になるらしい。
同僚の話を思い出したのだ。
「○○町の交差点を曲がると、抜け道があるんだよ。あそこを通ると早いらしいぞ」
ただ、それに続く言葉が妙に引っかかっていた。
――でも、何度も曲がり角を抜けてるうちに、元の道に戻れなくなるんだってさ。
――ほら、“迂回の噂”って聞いたことない?
怪談めいた笑い話のつもりだったのだろう。
だが、今の彼は疲れと焦りで、笑い話を信じてみたくなるほどだった。
「ま、ちょっとくらいなら……」
そう呟き、右にウインカーを出す。
街灯がまばらに立つ、薄暗い道。
曲がってしまった瞬間、背筋に小さな寒気が走った。