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ハッピーバースデー、オーパーツ!

作者: tei

 時間旅行は、全人類が夢見た新技術だ。数多のSF作品で取り上げられ、もし実現したらどの時代に行ってみたいか考えたことくらい、誰だって一度はあるだろう。

 それが、とうとう現実のものとなった。

 

「父ちゃん、狭いよ」

『タイムマシン』……正式名称が何か長ったらしいものだったレンタル式の最新機械は、自宅のガレージにすっぽり収まる大きさだった。乗員人数がふたりと限られており、さらには近年小型化の進む乗用車よりも小さかった。だから当然、俺の隣に座る息子にとっても、窮屈この上ないはずだ。

「ちょっとの我慢だよ。ちょっと我慢すれば、生きた恐竜を間近に見られるぞ」

「うん、わかった! 我慢する」

 息子は素直に座り直し、期待に満ちた目で俺を見上げた。

「すっごく楽しみだね!」

「ああ、楽しみだな!」

 実を言うと、俺はこの瞬間を息子よりも楽しみにしている自信があった。少子化や、それに伴う技術力不足、食料自給率の著しい低下に外国の戦争などなど、あらゆる危機を辛くも乗り越えてきた日本人が、とうとう実現させたタイムマシンだ。かなり平和になった現代に生まれてきた息子のような小さな子供たちより、俺たち大人の方が期待を寄せるのは、当然といえば当然のことかもしれない。

 何年にもわたる試験運用の末、この技術が民間に開放されたのは、つい数日前のこと。その以前からツテを辿って優先予約していた俺は、今日ようやく長年にわたる夢を叶えることができるのだ。

「気をつけて行ってきてね」

 タイムマシンの外から、妻が言う。乗用車よりも薄い外装のこの機械は、数十年前には実在していたという「ボロアパート」なるもののように音声をよく通す。

「大丈夫だって。乗用車の運転と違って、資格もいらないっていうんだから」

「それは分かってるけど、そういう話じゃなくて。ほら、最近よく聞くでしょう……」

 妻の声が一段低くなり、ペラペラのガラス越しに眉を顰めるのが見えた。

「『落とし物』だろ。大丈夫だって。窓もドアも開けないで、ただ景色を眺めるだけにするから」

「本当に、気をつけてよね」

 俺とは違って時間旅行に興味のない妻は、なおも心配そうに念を押し、機械から離れた。

「よし。それじゃあ行ってきます、だ。ママに手を振って」

「はーい。ママ、行ってきます」

 息子が小さく手を振り、俺は乗用車のものより遥かに簡便にできた機械の操作を始めた。なんのことはない、電源を入れて行きたい時代と大まかな場所を設定し、時空転移スイッチを押すだけだ。途端に窓の外は見えなくなり、白黒のノイズパターンで覆われる。

「わあ、気持ち悪い」

「あまり窓の方は見ないようにしないと、酔っちゃうぞ」

 息子が目を瞑った。目の前いっぱいにノイズが広がり、機械自体は動いている気配が全くない。レンタル時に交わした何項目もの契約事項を思い返して、脇に汗が滲む。

『よく聞かれることですが、タイムマシンが行った先で故障するという事態は、完全にあり得ないとは言えません。もちろん時空間を転移した先からでも救難信号を送ることはできますし、基本的には対応可能と当社でも自信を持っております。しかし、最終的にリスクを確認し、契約なさるのはお客様です……』

「父ちゃん?」

 息子の呼びかけに、ハッと我に返る。どうやら俺も、知らず知らずのうちに目を瞑ってしまっていたらしい。

 窓の外にはもう白と黒のざらざらしたノイズはなく、自宅のガレージもなかった。そこには背の高い木々と岩、赤茶けた大地が広がっていた。

「父ちゃん、ここが恐竜の時代?」

「ああ、その……はずだ」

 リスクを最小限にするため、機械からは出ないほうがいい。息子にも、かなりしっかりと言いつけてある。どうやらこの機械は表面に特殊なコーティングをされているらしく、転移先の物質と干渉せずに済むという。簡単に言えば、転移先の動物や物、人に俺たちは見えず、彼らはこの機械をすり抜けてしまうと言うのだ。

「あ、何か聞こえる」

 息子が言うのと同時に、俺の耳にもその音は届いた。この機械は全く動かないので振動も感じられないが、それは明らかに、何かの地響き、ものすごく大きくて重たいものが徐々に近づいてくる音だった。

「あ、あれ!」

 息子がリアウィンドウの先を指差し、俺はそこに本物の恐竜を見た。まだかなり遠くにいるはずなのに、その大きさは明確だ。おそらく八メートルほどの体高で、悠々と、大きすぎる体躯を揺らしている。

「アルゼンチノサウルスだ……」

 頭の先から尾の先まで、四十メートルはあったとされ、体重に至っては百トンほどまであったとされている、地球の歴史上でも最大レベルの草食恐竜だ。それが、俺と息子が待つこの場所を目掛けるようにして、長い首をもたげながら近づいてきている。

「父ちゃん、……だ、大丈夫なんだよね」

「ああ、……この機械はどんなに大型の恐竜だって、すり抜けるはずだ」

 理論的には。

 ただ、その理論の一端も理解できていない俺に、自信を持った断言はできない。息子と同じ期待と不安に胸を高鳴らせながら、俺はアルゼンチノサウルスの接近を待ち、……それを間近に見た。太くて脚とは思えない灰色の皮膚に覆われたそれが、一度、俺と息子のほんの鼻先をかするように地面に落ち、そのまま俺たちをすり抜けて、前方へと進んでいったのだった。

 俺はほっと息をつき、息子を見た。興奮のあまりドアを開けて出て行かないかと心配だったのだが、大丈夫だった。息子はキラキラとした目で、「最高!」と叫んだ。


 俺たちが元の時間に戻ってきたのは、あの後にも何体かの恐竜を見て、ついでにカンブリア紀も覗いたりして、十分に満足してからだった。体感で言うと一日は経ったような気がするが、妻に聞いてみると一秒ほどだったらしい。息子が手を振って、俺が機械を操作したと思ったら、次の瞬間には喜びで興奮し切った息子と俺とが現れたと言うわけだ。

 夢の機械は先ほど業者に返却し、俺と息子は、未だ冷めやらぬ興奮の中にいる。俺はとうとう時間旅行を体感したのだという高揚に、息子は憧れの恐竜たちを間近に見られたことの歓喜に、それぞれ浸っていた。

 ……のだが。

「お客様の時空転移に契約違反が見つかったため、違約金のお支払いをお願いいたします」

 業者からのメッセージに、血の気が引いた。

「契約違反なんて……」

「まさか、あの子、外に出ちゃったの?」

「いや、それはない。しっかり中にいたよ……」

 青ざめた妻と共にメッセージ内容を確認しているところに、同僚からの着信が入った。どんなことでもすぐに聞きつける奴で、なんでも騒ぎ立てる性格の奴だ。まさかこれを聞きつけたわけでもないだろうが……。

 俺はメッセージを確認しながら、通話に出た。途端、同僚の丸顔が目の前に表示され、息せき切って喋り始めた。

「なあ、おい! お前、タイムマシンのレンタルをするって言ってたよな。ニュース見たか? とんでもないことになってるぜ」

 俺はリビングに置いてある端末にニュースチャンネルを表示した。アナウンサーが喋っている、と言うよりまくしたてている。

『民間開放が始まったばかりの時空転移機械、通称タイムマシンですが、重大な事故が相次いだため、今後一切の民間使用が禁じられるとのことです! 繰り返します……』

「民間使用禁止……?」

 あっけに取られて呟く俺に、同僚が「びっくりだろ!」と被せて言う。

「どうやら最近問題になっていた時空旅行者の『落とし物』のせいで、世界に『オーパーツ』なんて新概念が生まれちまったらしい」

「お、オーパーツ……? なんだそれ? え、いや、でもなんだか」

 全く聞き覚えのない単語だ……が、聞いた途端に急速に体に馴染んで、まるで昔からあった言葉のように感じ出す。戸惑う俺に、同僚ははっはっはと笑う。

「そうなるよな! わかる、俺もそうなった」

『……です。研究所が観測したオーパーツなる新概念は、どうやらその時代の技術では製造することが困難な物品や現象を指すもののようです。これまでこの世界には存在しなかったはずの概念ですが、ここにきて唐突に、1900年台に使われ始めたのを観測したとのことです。このように、過去に及ぼす影響の大きさが初めて明確になったため、研究所は時空転移技術の民間開放を禁止することに決定……』

 アナウンサーの説明で、なんとなくの事情は把握できた。なるほど確かに、旅行者のちょっとしたうっかりで世界に新しい概念が生まれてしまうのでは、簡単に誰にでも許可するわけにはいくまい。おそらく、研究段階ではそうした事故はほとんど起こっていなかったのだ。

「面白いことになってるよな! オーパーツって言葉で検索かけたら色々出てくるけど、そのうちのいくつかは時空旅行者がコメントつけてるぜ。えーっと、『この恐竜型の土偶というやつ、娘が勝手にタイムマシンに持ち込んでて窓からこっそり投げちゃってたおもちゃです! ごめんなさい!』『あの……まさか残るなんて思わなくて、行った先で描いた落書きが、その時代にはあり得ないものを描いた壁画だとか言われてるんだけど……』」

「ねえ、ちょっと。もしかして、これもそういうことになる……?」

 妻に肩を突かれて、俺は業者からのメッセージに視線を戻した。

「お客様から返却されたタイムマシンを詳細に確認しましたところ、機器の接続部分に使われていたボルトが何本か、抜け落ちておりました」

「ボルト……」

 確かに、契約事項の中には「お客様の責任において、何ひとつ遺失物を発生させないこと」とあった。たとえ俺や息子が外に出て落としたものでなくとも、契約了承してしまったからには、違約金は払わなくてはいけないだろう……。

 その時、まだ続いていた同僚の言葉が耳に入り、俺はつい苦笑いを漏らした。

「……『カンブリア紀の金属ボルト』なんてのもあるみたいだな」

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