動く心
雨脚が強い。掛かる土が濡れて冷たく重くなり、どんどん身動きが取れなくなる。空気も吸えない…。
こういう時、助けてって言えたら良いのに…。私には、そんな資格ない。
「気色悪い」「変なこと言わないで」「あなたのせいで」「要らないの」
【そんなに嫌なら産まなければよかったじゃん!】
あゝ、謝れなかったな…。
被さる土が止まった。
「誰だ!!」
「お前どうやってここに来た!!」
「オラ!!やれ!!」
「グハッ!」「うぉわ!」
人の争う声と音がする。
「結月!結月!!」
聞き覚えのある声が土を退け、沈んだ体が軽くなる。
土の中から抱き上げられた私は、誰かの膝の上で抱えられ、顔に被せられた袋が外された。顔に雨が当たる。
朧気な意識の中で、薄く開けた目に映った顔は、とても悲痛に満ちた顔つきの黒神さんだった。
口のガムテープ、手の拘束がそっと外される。
「黒神さん…私、死んじゃったんですかね。最期に黒神さんに送ってもらえるなら、知り合いになって良かったかも。」
「バカか。死なせてたまるか!勝手に死ぬな!」
抱き上げられるが、体に力が入らない。
「じっとしていろ。」
ザァー…激しい音を立てて山を潤す。
雨が激しく降っているはずなのに、濡れない。両手で私を抱き抱えているから、傘は持ってない。なのに…
「ほんと、死神は神さまなんですね。」
「遅くなってしまった。すまない。」
ぎゅっと力が入る腕はとても力強く、温かい。私は悲しそうな顔をする黒神さんの頬をそっと触った。意図は無かった。ただ、黒神さんにそんな顔をしてほしくなかっただけの、軽い気持ちで触れた。
「ん?」
「生きてる?」
「生きてるよ。」
「そうですか。あったかい。」
「帰ろう。」
黒神さんは、私を抱き抱えたまま歩き出す。暗い木々の間から、スーツを着たガタイの良い男達が倒れているのが見えた。私を連れてきた人達だろう。そうだ!杉浦美津紀さん、山本麗奈さん、立川梨花さんの体もここの近くに…!!
「この近くに3人の体が埋まっているかもしれません。探しますので、降ろしてください。」
「この状況で何言ってる!」
「杉浦さん達は冷たい土の中でずっといるんです。私は、早く出してあげたい。」
「…気持ちは分かるが、直ぐに警察が来るから、任せておけ。3人の事は伝えてあるから。」
パトカーのサイレンが響いて来る。
「分かったら、大人に任せておけば良い。」
「…はい。」
雨音が草木に当たり、土の匂いと寒さが身に沁みる。
ゆっくりと歩く黒神さんは、暗い顔。あ~あ。こんなにも、弱かったなんて信じられない。自分がもっと強いと思っていた。力だけじゃない、幽霊が視える自分が死ぬことに対して、こんなに怖いと思っているなんて知らなかったな。
「自分が弱い…とか思ってるだろ。」
「何でわかるんですか?」
「大体結月の考えそうなことだ。」
「そう…ですね。」
「結月は弱くない。だが、強くもない。人間なんて皆弱く、儚いもんだ。もっと人を頼れ。自分を大事にしろ。出来ないなら俺が甘やかすからな。」
「何ですかそれ。」
へへへっと笑うと、黒神さんは真剣な顔つきで
「俺を頼れ。何度だって助けてやる。」
「そんな事言ったらダメですよ。黒神さんが損ですよ?私だけ得じゃないですか。シュークリームじゃ足りないでしょう?」
「…損じゃない。」
近づく距離、額に触れる唇…
「俺が得なだけだ。」
「/////」
山を下る途中、パトカーとすれ違った。
もう、何が起こっていたのか分からないぐらい、心臓がバクバクしてる。捕らわれていた時と同じ様に鼓動が早い。心音が黒神さんに聞こえちゃう…!
でも黒神さんの心音は、聞こえない。こんなに近いのに聞こえない。近づけば近づくほど、“遠い人”なんだと再確認してしまう…。
「あの、もう、大丈夫です。降ろしてください。」
「死神はそんなやわじゃないから、遠慮するな。」
「いえ、隣を歩かせてください。私は、守ってもらうだけ、頼るだけはしたくないんです。」
「強情だな。」
そっと下ろしてくれた黒神さんは、優しく笑った。
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ゆっくりと、お店まで帰ってきた。雨は上がり、東の空がほのかに色づいている。
桂木さんが黒神さんと私に駆け寄ってくる。
「良かった!鬼十さん!無事っすか!?」
「心配かけました、大丈夫です。」
「私、組織犯罪対策部麻薬取締班の伊達と申します。お話伺いたいのですが、署までご同行願えますか?」
警察手帳を見せつつ、桂木さんの横に立っているおじさんに言われ、答えようと口を開く前に黒神さんが割って入る。
「今は体調が優れないので、後日伺います。」
私を隠すように立ちはだかり、キツイ口調で言い放つ。私の肩を寄せ、おじさんと桂木さんを避け、一緒に家の中に入って行く。
「分かりました。お待ちしています。」
おじさんの声が、閉まりかける扉の外で聞こえる。
玄関が閉まり、ちゃっかり黒神さんも家に入って来てる。
「黒神さん、大丈夫ですよ?」
「俺は、大丈夫じゃない。だから良いんだ。」
何だか急に強引な気がする。ま、いっか。
「ゆっくり休め。」
そう言うと、クルリと背を向け玄関のドアを開けて出て行こうとする。
「ま、待って…。」
私、何言ってるの!?自分から出た言葉にびっくりした。
黒神さんが一呼吸置いて振り向いた。
「待って、どうする気だ?」
私の顔を覗き込み、にやりと笑みを浮かべる。イジワル〜!!なんにも考えてなかった。待たせてどうするの私!!
「お、お茶でも飲んでいきますか?」
苦し紛れに出た言葉がそれだった。
黒神さんは一瞬の驚きを隠すように言った。
「お茶だけで済まなくなると困るから、やめておく。」
なっ!!/////
「また今度な。」
そう言って黒神さんは、玄関を出て行った。
ガチャリと閉まった玄関ドアの前で、私はヘナヘナと座り込んだ。
「なんなの〜/////!?」
〜〜〜〜〜
「はぁー。何言ってんだ俺は/////」
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遡ること数時間前―
PM10:40
麻薬取締班 伊達警部
「ん!?こんな手紙なんかあったか?」
封筒に入った手紙を取り出す。
[今日深夜0時に北村鉄工所倉庫3番 シャブ取り引きがあります。知ってるやつが、合図をくれる手筈です。大塚慶次 いだちさんすみません。よろしくお願いします。]
「慶次…どういう事だ…!?字体は似てないが、アイツのいつもの間違い…伊達って書けよ…。」
「班長、どうしたんすか?」
「慶次…の手紙が置いてあって…」
「先輩の?だって先輩は、、」
「分かってる。だが、この内容……準備しろ!!」
「なんすか?」
「慶次の張ってた倉庫で取り引きだ。」
「はい!!」
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PM11:30
「おっ、出てきたッス!!」
暗がりに隠れた桂木と黒神は警察の動向を見守っていた。
「オレ行ってくるっす!! あのーすみません!!」
駆け寄る桂木に、身構える捜査員達。
「何か用か?」
1人の捜査員が声を掛ける。
「あの、大塚慶次という人に言われてきたんすけど、、、」
「お前は誰だ!あの手紙を置いたのはお前か?」
「桂木高志って言います。手紙?は知らないッス。でも、大塚慶次さんに北村鉄工所倉庫に、いだちさんを連れて来いと言われてるっす。今日0時の取り引きに合わせて、合図が来るッス!」
「お前、何言ってる!?何故その事を知ってる!?奴等の仲間か?ちょっと来い!話を、」
「話の途中で悪いが、大塚慶次に何かあった時には、桂木君を通じて連絡を取るようにと連絡があってな。取り敢えず、緊急で桂木君に従ってもらいたい。」
黒神が差し出した名刺には、[警視庁組織犯罪対策部警視]の文字。
「警視…。わ、分かりました!!」
「では、近くまで行きましょうか。」
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PM11:56
「連絡きたっす!」
「行くぞ!!」
現場に到着するが、倉庫の場所が定かではなかった。明かりは付けられない中で、近くから声がする。
《あっちに行け。》
《了解》
警察の連携は取れている。
広範囲に取り囲み、男達の姿を捉えた。
《今だ!!》
「動くな!警察だ!」
「逃げたぞ!!追えッ!!」
散り散りに逃げる犯人を、捜査員達は次々に確保した。
「確保!!麻薬取締法違反、麻薬所持の疑いで現行犯逮捕する!」
混乱に乗じて、1台の車が闇に消えた。
「結月は!?」
黒神は声を荒げる。
「大変なの!!結月ちゃんが連れ去られたの!!」
山本麗奈が、黒神に伝える。
「梨花と美津紀が一緒について行ったから、途中で会えると思う。私たちは何も出来なくて…ごめんなさい…!!」
涙ながらに必至に訴える麗奈。
「何処に向かった!?」
「黒塗りの車で、そこの道を右に向かって行った。」
「桂木!!結月が黒塗りの車で連れ去られたみたいだ。この道を行ったらしい。俺は先に行く!」
「兄貴!!その先は山道に入る脇道があるッス!!」
「分かった!あと頼む!!」
「ハイ! 頼む…って言われた/////」
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黒神はフードを被り、宙を浮く。山道に向かう細い脇道をコートをなびかせ進む。
(結月、、くっそ。俺はまた失うのか…)
「黒神さん!」
立川梨花が山道に入る手前で黒神を呼び止める。
「良かった!会えた!ここの道を進んで、左右に分かれるところがある。そこを、左に進んで下さい!結月ちゃんを絶対助けて!」
「ありがとう。必ず。」
雨音が強くなる中、森の中に入って行く。
(頼む…間に合ってくれ)
「車…ここか?いや、人の気配が無い。」
乗り捨てられた車を見つけるが、結月も誰も居ない。
「クソ!!結月…。結月!」
呼ぶ声は森に吸い込まれるだけだった。
「結月!返事をしろ!!」
森を無作為に歩く黒神は、呼びかけ続けた。
「!」
暗い森の中で、ザッザッと土の音が聞こえた。
黒神は音のする方へ急いだ。するとそこには、杉浦美津紀が泣きじゃくりながら、スコップを持つ男達の腕にしがみついていた。
「やめて、、やめて!お願い!!なんで掴めないのっ、、」
怒りに震える黒神は、黒く深い闇を纏っていた。雷鳴が轟く。
「その手を止めろ。」
「なんだ?」「誰だ!!」
「黒神さん…!!」
杉浦美津紀はその重い気迫にその場を離れた。
「お前どうやってここに来た!!」
「オラ!!やれ!!」
黒神は拳を握り締め、襲いかかる男達をなぎ倒す。殴られた男は約3メートル飛ばされる。
「ヒィッ!!ま、待ってくれ!」
「殺してやろう。」
稲光に照らされた姿は、この世の憎悪を表すようだった。鎌を振り上げる黒神の脳裏に過ぎった言葉…『貴方は殺しちゃだめ。私の為に人を殺しちゃだめ。』
ピタリと止まった黒神の姿を見て、逃げようとする男。しかし、足を取られて転んだ所を黒神は蹴り飛ばした。
「そこで大人しくしてろ。」
黒神は男達が埋めようとしていた土を、必死に手で掘り返した。雨に濡れ、どろっとした土が指に絡みつく。
「今度こそ、助けてやる!」
「結月!結月!!」
「黒神さん……?」
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こうして、私は命を繋いだ。。。