シュークリーム
その後、桂木さんはたまに、古田家を訪問しているらしい。
桂木さんの知る拓海さんを沢山話したり、小さい頃の拓海さんを知ることが出来て、蟠りも少し解けた様だ。
今日は午前中の店番をしている。
朝の忙しい時間帯を乗り越え、お昼までのゆったりした時間…
「黒神さんは、名刺まで準備してたんですね。付いてきて頂いて…ありがとうございました。」
「まあな。悪霊となる前に防げてよかった。」
「黒神さんは、なんで此処まで手伝ってくれるんですか?」
「そうだな…。記憶を消さない代わりの条件だからな。一度口にしたことは、守らねばならない。そういう協会の決まりだ。」
「協会?」
「ああ。死神が所属する死神協会。そこから俺達の給料も出ている。固定給+歩合制だから、大変なんだ。」
辛そう…。転職出来ないもんね…。
しかし黒神さんと会ってから、本当に(普通の)幽霊が寄ってこない。
それなのに、連れ回して、巻き込まれた幽霊退治に付き合わせて、幾ら黒神さんの幽霊探しを手伝うからって割に合わないよね…。
「では、私に出来ることはないですか?」
「そうだな…。シュークリーム…」
「へ…?」
「シュークリームが食べたい。」
黒神さんが指差す冷蔵ケースには、シュークリームが売り切れになっている。
「そんな事で良いんですか?」
「そんな事とはなんだ!俺にとっては大事だ。」
真面目な顔して怒ってる!思わず笑いが込み上げる。
「ふふっ!そんなに好きなんですか?シュークリーム。」
「ああ。此処のシュークリームが一番美味い。」
「!!///// それ…私が作ってるんです。」
「そーなのか!!凄いな!」
キラキラした笑顔。久しぶりに褒められたな…。嬉しい///。
「これから、毎日用意しておけ。条件に追加だ。」
「毎日!?」
「ああ。分かったら今日の分を作ってくれ。」
「わ、分かりました。では、少し店番をお願いします。」
毎日か…。大変だけど、誰かのために作るのは嫌いじゃない。
キュッと髪を束ね、店の奥のキッチンへ。さて、やりますか!!
クリームの準備から。
手早く卵黄カスタードを炊いて、バットに移し冷やす。次は、シュー生地の準備。
オーブンを予熱する。鍋に無塩バター、砂糖、塩、牛乳、水を入れ火にかけ溶かし、ふるった小麦粉を一気に加え混ぜる。
鍋底に薄く膜が張れば、火を止めて、溶き卵を少しずつ加え固さを調節する。
絞り袋に生地を入れ、天板に絞り出す。
霧吹きで水を吹きかけ、オーブンへ…。
その間に、洗い物とホイップクリームを……
「手際いいな。それといい匂いがする…。」
「!?ふぁ!?」
び、びっくりしたーー!黒神さんがキッチンの入り口から、顔だけを覗かせ、声を掛ける。
「悪いな、邪魔して。」
そっとドアを閉めた。
「♪*・.♪」
ドア越しに鼻歌が聞こえる。
本当に好きなんだなぁ。早く食べて貰いたい…なんてね。
焼き上がったシュー生地を冷ましてる間に、カスタードを軽く練り直し、絞り袋に入れる。シュー生地に穴を開け、ホイップクリームとカスタードをそれぞれ絞り入れる。
「よしっ出来た!」
待ってるかな…。出来立て食べて貰いたいな!割烹着のままドアを開け、声を掛ける。
「黒神さん!出来…」
「ねぇねぇ、お兄さん何歳?私、26なんだけど同じくらいだよね!?」
「めちゃくちゃカッコイイよね!」
「えー!バイトなの?ウチらと今から行こうよ〜」
見慣れない3人のお姉さん方に囲まれてる。
嗚呼、なぁんだ。待ってるわけないよね。一人で張り切っちゃって、馬鹿みたい…。
そっとドアを開け、キッチンへ戻ろうとすると、
「出来たか?」
黒神さんが背後に立ち、私が持つシュークリームを乗せたお盆から少し屈み、覗き込むようにひとつ掴んだ。
ぱくっと食べ、
「うんっ!やっぱり美味いな!」
にっこり笑うその顔には、口にクリームが付いてる。
「クリーム、付いてますよ。」
私は黒神さんの口に付いたクリームを指で拭い、自分の口に入れた。
「そうですね。美味しく出来てよかった。」
そう言い残し、またキッチンへ入りドアを閉めた。
やってしまったーーー!!!!なんかムカついて思ってもない事した…。今、私、何した!?お店に出づらいよ〜!!
その頃、店頭では…
「…何、今の。」
「女の子だったよね?出てきたよね?」
「彼女いる感じ!?」
「もうっ居るなら居るって言いなさいよ!!」
「あ~もう、期待して損した〜。」
「じゃ、帰るわ~。」
文句を言いつつ、店を出て行く3人の女性達。
「//////!?!?」
呆然と立ち尽くす黒神は、状況を飲み込めないでいた。
チリンチリンと高いベルが鳴り、桂木が入店する。
「あれ?兄貴どうしたんですか?顔赤いですよ!?もしかして風邪ですか?(死神でも、風邪引くんスか?)(小声)」
「うるさい///!!」
「今日鬼十さんはどこか行ってるんですか?兄貴に店番させるなんて、流石ッス…。」
「いや、奥でシュークリームを作っている。」
「エッ!鬼十さんシュークリーム作れるんスか!?マジ尊敬ッス! 鬼十さーん!オレもシュークリーム食べるッス!!」
ドアの向こうから桂木さんの声が聞こえた。
大丈夫。落ち着け!平常心を装い、ドアを開け店へ声を掛けつつ入る。
「はい。出来立てです。お一つどうぞ。」
「いただきます!!ん~~!!めちゃくちゃ美味いっす!!」
美味しそうに頬張っている。口にクリームが付いてる…
「クリームが…」
私がそっと手を伸ばすと、
「おぉ…おい、クリーム付いてるぞ!!」
言葉を被せ、黒神さんが近くに置いてあったティッシュでグリグリ拭く。
「あ、兄貴…痛いッス、、ありがとうございます。」
「ふんっ。」
黒神さん、何か不機嫌だ。
「では、商品並べてきますね。」
私も突慳貪な態度を取る。
「(なんすか?ケンカでもしたんすか?)(小声)」
「そんなことはない。」
「先に謝ったほうがいいっすよ〜。女性には勝てないっすから。」
「だから、違うと言ってるだろう!!」
黒神さんのちょっと大きな声が聞こえる。
「店番ありがとうございました。あとは、私が立つので大丈夫です。」
私は黒神さんを追い出し、レジに立つ。
「分かった。」
そう言って、いつも着ている黒いコートのフードを被り店の隅に移動する。
「アレッ!?兄貴!?いなくなっちゃったッス!!兄貴〜!?」
どうやら、あのフードを被ると視えない人には、視えなくなるらしい。
「大丈夫ですよ。そこに居ます。」
私はレジ横の隅を指差す。
「そーなんすか!?んー!!やっぱオレには見えないっす。何処かちょっと、死神って疑ってだったんスけど、ホントなんすね…。」
目を細めて頑張って見ようと試みてる。ちょっと可愛い。
「ふふっ。そうですね。」
私も、なにムキになってるんだろう。そうだよ!死神なんだから。幽霊探しの為にボディガードしてくれてるんだから!
「今日の午後、幽霊探しに行きますか?」
出来るだけ心を落ち着かせてポツリと聞く。
「おう。」
ちょっと素っ気ない返事。
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午後1時
「結月ちゃん!お疲れ様〜!交代するね!」
叔母さんが出勤。
「ありがとうございます。では、お疲れ様です。お先に失礼します。」
退勤準備をして、荷物を持ち店を出る。
「お待たせしました。」
古い小さなお店の前に佇む黒神さんは、黒いコートのフードを被ったまま。
「取り敢えず、情報を貰った現場に行く。」
「はい。」
小さく返事をすると同時に、歩き出す黒神さん。
スタスタ前を歩く黒神さんは、振り向かずにどんどん進む。速い…。今までは歩幅合わせてくれてたんだな。はぁ、なんか怒らせたようで気まずい…。
ハァ…、ハァ…、結構歩いて来たけど、遠くないか?バスとかタクシーとか、公共交通機関使ったほうが良かったんじゃないの?!もう、疲れた〜!!私は立ち止まり、声を掛けた。
「待っ…て、、待って…黒神さん!」
あれ……居ない……?エッ今の今まで前歩いてたよね……?
「黒神さーん!」
………どうしよう。見失った!!しかも、ここ何処〜〜!?!?ひたすら後付いて歩いて来ただけだから、帰り道も分かんない〜!!!
「黒神さーん!何処ですか〜!?」
本当に迷子……。この年齢で迷子は精神的にも辛い…。
錆びついた階段、鉄パイプ…倉庫みたいな大きな建物が立ち並んでいて、曲がり角いっぱいある…歩いていくと[北村鉄工所]の看板…。ここは使われなくなって随分経つのかな…?
「あれぇ?こんなとこに女の子一人は危ないよ〜!?」
「可愛いねぇ。一人?お兄さんと遊ぶ?ハハハッ!」
「怖がらせちゃダメだよ〜。何処行くの?俺達が案内してあげようか?」
3人のヤンキーに道を塞がれた。こういう奴等の根城になっているらしい。幽霊ではなく、ただの人間らしい。なら…
「結構です。ご心配には及びません。」
クルッと向きを変え、来た道を戻ろうとするが、
「そんなつれない事言わないでよ〜?」
「ねぇ、少しで良いからさぁ…」
その道も塞ぎ、肩を掴もうと腕を伸ばしてくる。
チッ。簡単に返してくれないか。しょうがない…
私の左肩を掴んだ手首を両手で掴み上げ、瞬時に見を捻り、そのまま斜め下に思いっきり振り下ろしながら、遠心力で放り投げた!!
「っおぅわ!?いってぇ〜!!!」
ドンッと後の2人に受け止めてもらい、ヨロッとする。驚きに包まれる男達。
「何すんだよ!!」
「な〜に〜?今の。」
何だか挑発してしまったみたい。失敗した~
「セクハラですよ!!道を開けて下さい!」
「「セクハラですよ!」ってぷははっ!!無理だねぇ〜!」
「そんな事無いからさぁ、楽しく行こうぜ!」
「相手してあげるよ〜!!」
腕を掴まれ、錆びついた倉庫の大きな扉に押さえつけられた。
金属のグワンと重い音が大きく響く。
「ウッ!!」
ジャリッと錆が服を突き抜け、肌を突き刺す。痛かったのと怒りで、押さえつけている男を睨みつける。
「ガンつけてんじゃねぇぞ!!なめてんのか!!」
大声で脅される。おお怖い怖い…なんてね。
「歯、食いしばって下さいね!」
言いながら思いっきり振り上げた足は、男性の“アソコ”にクリーンヒット☆
「うwぉうfjsg↑fんkz!!!」
悶絶してるわぁ。この人はもう動けないでしょ。してやったり…!!
「おい、大丈夫か!!」
「テメェ、女だからって手加減してやったのに、いい気になってんじゃねぇぞ!!!」
振り上げた拳を私は避けた。顔を掠めて、肩に軽く当たった。
「チッ!!避けてんじゃねえ!!」
相手の体勢が崩れた今がチャンス!私は全力で走った!!!
「逃げたぞ!!!!」
「オメーらも来い!!」
「おい!追え!!」
全力で逃げた!ふと振り向くと、
!?
人数増えてるんですけど〜!?10人弱いるじゃん!?流石に無理、無理!ムリムリムリムリ、ム〜〜リ〜〜!!
1つ目の角を右曲がり、2つ目を左曲がり、もう、今自分が何処に居るのかわかんない!3つ目を曲がったところで……行き止まり!?
「そっち行ったぞ!!」
怒号が聞こえる。ヤバい、どうしよう!?捕まる!!
「結月!!」
聞き覚えのある声と共に、腕を引っ張られた。
次の瞬間、何かで全身が覆われ、目の前が真っ暗になる。
「おい、何処行った!!」
「コッチ来たんじゃないのか!?」
「そっちも探せ!!」
「早く行け!!」
騒々しく集まった足音と男達の声が聞こえ、また散り散りに遠くなっていく。
「……行ったか…?」
「////////!?!?」
今、どうなっているのか理解するのに、そんなに時間は掛からなかった。
私は…黒神さんの黒いコートの中で、ギュッと抱き締められてる/////!!!私の心臓の音が聞こえちゃうよ!!
コートの中は薄手のシャツで、触れている黒神さんはひんやりしてる。鍛えているのか、筋肉質で体は締まってる。
考えた事無かったけど、黒神さん男の人だ……って何考えてるんだ/////!!!
ギュッと背中まで回された腕が、少し緩むが離れはしない。
「すまない…。」
小さく呟く声が頭に触れ、また少し腕に力が入る。
「ギリギリでしたけど、助かったので大丈夫です!」
コートで声が籠もる。
「怪我は無いか?」
フワッと体が離れ、顔を見る。
「はい。」
「どうした!?顔が真っ赤だぞ!?」
/////!そんな事言われたって、男の人に抱き締められるなんて初めてだったから。なんて言えないよ恥ずかしい!!
「黒神さんのせいですっ!!コートで息できなかったんですっ!」
黒神さんにクルリと背を向け、苦し紛れの嘘をついた。すると、黒神さんの手がそっと背中に触れる。
「!イタッッ!?!?」
何?あぁ、さっきの錆ついた扉にぶつけた時に…。
「本当にすまない…。」
「なんてこと無いですよ!ちょっとぶつけただけですから。」
「今日は、帰ろう。」
「良いんですか?霊体を探さないといけないんじゃ?」
「いい。此処にはもういない。」
「そうですか?分かりました。」
黒神さん、物凄く落ち込んでいる。
どうしようかな、1人機能不全にしたことでも話したら笑ってくれる?んなわけ無い!!男の人からしたら笑える話じゃないよね!!
はぁ〜。思い通りに行かないよ…。
また、少し離れて歩き出す。
私は黒神さんの後ろからついて行く。黒神さんがピタリと足を止めた。
…?
私の方に2歩戻って来る。
「隣を歩いてくれ。」
「へ?」
「守れない。」
そう云うと、コートの右側を私の右肩に掛けて包み込む。
「///なっにしてるんですか?!」
「悪い。気付くのが遅くて、守れなかった。」
「そんな事は無いですよ!幽霊は寄ってこないし。」
「そういう事ではない。」
あっそっか。私の背中を気にしてくれてるんだ!
ゆっくりと歩幅を合わせて歩いてくれる。
「ありがとうございます。…置いていかれたかと思って、ちょっと不安でした。」
黄昏時の見慣れない街の中、2人だけの空間のようで安心する。少し素直になれる気がする。
「すまない。少し…考え事をしていた。」
「考え事ですか?」
「結月は、その、誰にでも…その……。 優しさを振りまくのは良くないと思うぞ!。」
何故急に怒るの!?
「そんな事無いですよ!感謝はしますが、優しさを振りまくなんて…。」
私、優しくないし。どちらかと言えば、暴力的だと自覚してるけどな。
「では、何故あんな事するんだ///!?誰にでもするなんて。俺には、セクハラだというくせに。」
何のことだか分かんない。
ん〜ん~~ぅん?
ハッ!
「シュークリームの事ですか?!」
「そうだ!!桂木にもしようとするなんて。」
「シュークリーム食べたいって言われたら、まぁ、あげますよ!!幽霊騒ぎで学校の事もあったし。」
自分だけ貰いたかったのか…。以外と子供っぽい所もある。
「!////そうじゃなくてだな!!」
お店の前に着いた。話してたら、あっという間だったな…。
「大丈夫だった!?」
「ごめんなさい。本当にごめんなさい。」「帰って来るの待ってたの…。」
私達の姿を見るなり、口々に声をかける女性達。この人達は…
「聞いてないぞ。あんな輩の根城だったなんて。」
黒神さんの口調がキツくなる。
「本当にごめんなさい!!」
そうだ!レジで黒神さんに話しかけていた、あの女性3人組だ!
「まさか、女の子を連れて行くなんて思ってなかったの…。」
「ちょっと、私達のことも聞いて欲しかっただけで…。」
「まだ、あんな事してるなんて…。」
この女性達は、幽霊だ。体も血まみれとかじゃないし、綺麗な服を着ているから、分からなかった…。
「あの、どういう事か聞いても良いですか?」
また関わると怒るかな…。
「首を突っ込むな。あの霊体の情報を貰っただけだ。」
やっぱり…。語気を強める黒神さん。
「ねぇ!視えるの!?」
「お願い!探して欲しいの!」
「探すって、何をですか?」
「体よ。死体を探して欲しいの。」
!?!?