やるせない想い
立てかけられた写真には、笑顔で写る男の子。風光る中、佇むその姿はもう一度見ることは出来ない。
「……許せない…許せない……。」
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「おはよう。おじいちゃん、おばあちゃん。」
おりんを鳴らすと、澄んだ音が空っぽの部屋に響く。
「行ってきまーす。」
私はそう声を掛け、玄関を出る。店へ向かうと、
「おはよう!昨日はごめんね〜今日は旦那も家に居るし、1日任せて!大丈夫。お友達も来てるよ!行っておいで!!」
叔母さんが笑顔で話す。
「良いんですか!?」
一応、お昼休憩を長めに貰いたいと思っていたから、有り難いけど…。
「勿論!あんなイケメン達、何処で見つけて来たのぉ?まぁ旦那も負けてないけど。目の保養だわー!また連れてきてね!いつでも代わるから✩」
ウインクして、何だかルンルンだ。
「ありがとうございます。」
叔父さん叔母さんには感謝してもしきれない。祖父母が亡くなって約2年。そのまま住まわせてもらってるだけでも、有り難い。
「来たか。」
「鬼十さん、おはよーッス!」
「黒神さん、桂木さんおはようございます。」
2人ともちゃんと眠れたかな?
「何だ、眠れなかったのか?」
黒神さんに顔を覗き込まれた。顔近い!!
「い、いえ///」
ふいっと顔を背けた。桂木さんに話題を振る。
「あの後、ちゃんと帰れましたか?」
「もう、兄貴酷いんスよ~?鬼十さん聞いて下さいよ~!!オレ連れて行かれる所だったんスから。」
何だかんだ、ちゃんと家に帰ったのか。良かった。
「取り敢えず、歩きながら話しましょうか。桂木さん、その亡くなった先輩の家に連れて行ってくれますか?」
今日1日で何としてでも、突き止めなきゃ!また誰かに取り憑いたら、今度は何が起こるか分からない。
「オッケーッス。唯、会ってもらえるかどうか…。」
「どういう事だ?」
「先輩は、3年前にバイク事故で亡くなったんすけど、その場所にオレも一緒にいたんす…。
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オレは中2の頃から不良で、成績も悪かったし高校は定時制を選んだ。
入学すると案の定、イキってたオレは先輩達にボコられた。唯一、先輩だけはオレを庇って、闘ってくれた。
一匹狼で誰ともつるまず、強くてめちゃくちゃカッコ良かった!それからは、何処に行くのもくっついて回ってた。
「お前、俺と一緒にいて楽しいのかよ?」
「はい!一生ついていきます!!」
「困るな〜!?」
ハハハッッと笑う先輩は、何処か寂しそうで、鬱陶しい筈のオレにはいつも優しかった。
ある時、バイク二人乗りで走ってたら、河川敷で追いかけて来た奴等がいた。そんなのは日常茶飯事だったけど、その日はちょっと人数が多くて、4,5台のバイクに乗った連中だった。
曇天で、パラパラ雨が降り始めた。
オレも拳を振るった。だけど、足手纏になるだけで、どうにか出来る相手じゃなかった。
オレが避けきれなかった木製バットが、庇ってくれた先輩の背中に当たった。
「大丈夫かっ!」
そう言って、そいつの顔をぶん殴ってくれた。
通りかかった人が通報したんだろう。パトカーのサイレンが遠くから響き渡る。
「ヤベッ!!オメーら行くぞ!!」
「サツだサツ!!」
彼奴等はバイクに乗って、逃げ出した。
「俺らも行くぞ!!お前が捕まったら、お前の家族に顔向けできねぇからな!」
そう言ってヘルメットをくれた。オレ達もバイク二人乗りで逃げ出した。
雨が本格的に降り出して、視界も悪かった。
パトカーのランプが奴等のバイクじゃなく、オレ達のバイクを捉えた。彼奴等よりも一歩遅れて走り出したから、しょうが無かったのかもしれない。
先輩はスピードを上げた。交差点に差し掛かった時、右から黄色信号ギリギリで走って来た車と衝突した。
一瞬で目の前が真っ暗になった。
雨粒が叩きつけるアスファルトは硬く、鳴り響くサイレンは遠くなった_。
目が覚めたら、オレは病院のベッドで、先輩は亡くなった後だった。
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おじさんは「お前のせいだ!」って怒ってた。オレも、そう思ってる。もっと…オレがちゃんとしてれば…。
でも、おばさんはオレを慰めてくれた。「あなたが無事でよかった。」って…。
オレは、どうする事も出来なくて、情けなくて、最期まで守ってもらって…。」
涙を浮かべながら、経緯を喋ってくれた。
「そうでしたか。」
本当に慕ってたんだ。言葉から桂木さんも大切に思われてたことが分かる。
一軒家が建ち並ぶ、閑静な住宅街。その中でクリーム色の家の前で足を止めた。
「ここッス。」
表札には【古田】の文字。
「何か分かることありますか?」
黒神さんに聞いてみる。
「分からんな。いる気配もない。」
「…オレ、やっぱり来ちゃダメだった気がするっす。オレにはそんな資格ない…。」
「大丈夫です。桂木さん以上にその先輩を理解してる人は、いないと思います。」
「じゃあ、押すぞ。」
黒神さんがインターホンを押すと、家の中に音が響く。ああドキドキする。一瞬の間を開け、「はーい」と女性の声がする。
「か、桂木です。あのっ今日は、先輩の事で会って欲しい人がいて、一緒に来てるんですが、会って頂けませんか?」
少しの震えと強い意志が混じる。
「突然すみません。わたくし、別件でお子さんが巻き込まれた交通事故の調査をしてまして。」
!?黒神さん急に何言ってるの!?
「少しで良いので、当時のお話をお伺いできないかと思いまして。」
いつもと違うセリフ回しに、優しい笑顔と落ち着いた声で語りかける。本当、人って信じられん!!って人じゃないか。
「…分かりました。」
疑いと迷いが返事を遅らせたのだろう。インターホン越しに聞こえる女性の声は先程よりも暗い。
玄関ドアを開けてくれたのは、優しそうな女性。インターホンに出てくれた方と同じ人だ。見た目からして先輩のお母さんだろう。
「どうぞ。」
丁寧に中へ入れてくれた。
「お邪魔します。」
三人で家の中へ。
通されたリビングは、とても綺麗に片付いていて広い。南側の大きな窓から差し込む光が柔らかに室内を照らす。
視線をずらすと、襖が空いており小上がりのような和室がある。そこには、仏壇があった。
「挨拶させていただきたいのですが。」
黒神さんが丁寧に聞く。
「…はい。どうぞ。」
感情があまり読み取れない。そりゃ、いい気はしないだろう。私達は線香を上げ、手を合わせる。家の中でも“何か”は視えない。
「先輩ッッ。」
桂木さんにはやはり、込み上げるものがあるらしい。
「おい!何でコイツが家にいるんだ!」
大きな声がして振り向くと、先輩の父親だろう、凄い形相で仁王立ちしている。
「出ていけ!どの面下げて此処にいるんだ!!お前の顔は二度と見たくない!!」
「あなた、そこまで云うことないわ。この子だって、拓海の事で辛かったはずよ!」
「お前がそんなだから、なめられるんだッ!!勝手に家に入れるんじゃない!」
「突然お邪魔しまして申し訳ありません。」
威圧感に押され固まっていると、黒神さんが割って入る。
「お前は誰だ!?」
お父さんキレ気味だ。
「わたくし、別件で当時の事故を調べてまして、そのお話を少しで良いので、聞かせていただけないかと。こういう者です。」
何かを渡す。名刺!?ホントに何者なの!?…死神って…怖い…
「ふーん。で、何が聞きたいんだ?人の死を掘り返してまで?!」
怯んじゃ駄目だ。此処に来た理由、もう二度と憑依なんてさせない!!
「あ、あの!掘り返したい訳では無いんです。最近何か変わったことはなかったですか?えっと、金縛りとかポルターガイストみたいな…。」
唐突過ぎたか?でも聞いてみなきゃ分からない。勘だけど必ず何かある!
「何言ってる?そんなことはない!!もう帰ってくれ。」
そーですよね、急にそんな事聞かれても嫌ですよね…。
「あなた!女の子にそんな言い方。言われてみれば、最近夜うなされるって言ってたじゃない。」
「それが、事故と何の関係があるっていうんだ!」
「それは、、、」
言っても良いかな?理解してもらえる? 私………
ぽんっと肩に手が置かれる。黒神さん…コクッと小さく頷く。大丈夫。私には黒神さんがいる!!
「私、視えるんです。幽霊が、幽霊が視えるんです。」
「!!」
とても驚いた表情を浮かべたが、一呼吸置いてお母さんが話し始める。
「それは、拓海が視えるということかしら…?」
「…すみません。拓海さんは視えません。ですが、」
言いかけた時、何かがお母さんの背後にゆらりと視えた。
「じゃあ、拓海は未練がなかったというの?あんな形で行ってしまったのに…どうして、、、」
涙を堪えるように、声は震えている。幽霊でも、見えなくても、いて欲しい。その気持ちは痛いほど分かる。だから今まで、私は関わらないように、何をされても我慢していた。
でも、私以外に危害が及ぶなら、話は別だ。
黒神さんがそっと私の前へ出て、話を続ける。
「浮遊霊にはなっていないが、此処にいるのは…生き霊だ。」
黒神さんの手元にはどこから出したのか、あの鎌がある。
「生き霊…?バカなこと言うな。そんな事信じられるか!」
お父さんは全く信じていない様子。
「私……わたしは…あなたと違う…。」
ゆらっゆらっと、お母さんの様子がおかしい。
「お前、どうした!?」
「お、おばさん!?」
お父さんも、桂木さんも、変化に気づく。
「生き霊って…意識があるうちに、消し去ることは出来るんですか?」
黒神さんに聞いてみる。
「意識がなきゃ、簡単だが…起きてる時はできない!!」
「「えーーー!!!」」
私に出来ることは…無いの!?
「お、お前!!し、しっかりしろ!!!」
お母さんの肩を掴もうと、腕を伸ばす…とお母さんは容赦なく、お父さんの首をグッと掴む!
「ゴッッお、どうし…t…」
とても苦しそう。だが、奥さんに手出しは出来ないようだ。私も人質がいるんじゃ、どうする事も…
「おばさん!!本当はオレの事、憎いんすよね!?だけど、おばさんは最初っからオレを責めなかった。
逆にオレは不安だったっす!先輩がいなくなって寂しかったけど、オレより家族の方がもっと悲しいに決まってるのに!!
オレの心配をしてくれるおばさんが、もっと辛いってことを、誰が分かってくれるんだろうって。」
桂木さんが想いを必死で伝える。
すると、締め付けていた腕の力がフッと抜け、お父さんは床に膝から崩れ落ちた。
「ッゲホッ…。お前に何が分かる!!お前、お前が拓海を殺したんだ!でなきゃ、こんな事には…っクソ!!!」
お父さんはそれでも桂木さんを責める。
「それは、違うな。拓海を殺したのは、コイツじゃない。」
黒神さんが云う。そうだけど…正論だけど、そうじゃない!
「私は誰かの親じゃないし、親は居ないから分からない。けど、子供の気持ちなら分かります!
ウザいと言っても、酷いことを口に出しても、そばにいて欲しい。だから、桂木さんは寂しさを埋める大切な存在だったんです!」
伝えなきゃ。助けなきゃ!
「何が言いたい!」
お父さんは苛立ちを顕にしている。
「拓海さんのお父さん。奥さんの気持ちを聞いたことがありますか?気丈に振る舞う事が、どれだけ辛いことか分かりますか?
拓海さんのお母さんは、拓海さんの寂しい気持ちを分かっていた。だから、その隙間を埋めてくれた桂木さんに、酷く当たれなかった。
優しくするほど、当てのない怒りと遣る瀬無さが、拓海さんのお母さんを蝕んでいったんだと思います。」
お父さんは愕然とした様子で、座り込んだまま黙ってしまった。
伝わっただろうか。こんな見ず知らずの女子高生が、生意気だと思うだろう。
カクッと力が抜け、膝立ちで涙を零すお母さんが、そっと口を開く。
「わ、私っ…。あなたが、羨ましかった。何も知らず、あの子の辛い時も見てない。なのに、桂木くんに酷く当たり散らすあなたが、羨ましかったの!
でも、そう思う自分の心が、嫌い。怒りをぶつけても、あの子は帰ってこない。そう育ててしまった私の責任…。
あゝ、桂木くんが、ずっと……もっと、もっーと、可愛くない子だったら良かったのにね。」
大粒の涙を流しながら、優しい笑顔を向ける。
……シュワァン!とお母さんの背後に揺らめいていた“何か”は消えた。
「お疲れ様。」
黒神さんは小さく呟き、ぽんっと大きな手が私の頭を撫でる。
「お疲れ様です。」
終わった……。
「お前が理解してやれば、もう生き霊にはならないだろう。」
黒神さんの口調がいつも通りになり、お父さんに釘を差した。
「悪かったな。」
お父さんはお母さんに言葉をかけ、優しく背中を撫でる。
「お前も、たまに拓海に会いに来てやってくれ。その時は、拓海の話を聞かせてくれないか。」
桂木さんにも話す。
桂木さんは目尻を拭い、「はいっ!」っと力強く返事をした。
窓から差し込むオレンジ色の光は、写真に写る男の子を優しく包んでいた。
私達は古田家をあとにした__。