ただいま。
「ハァ ハァ ハァ ハァ……」
薄暗い学校内にパタパタッと上履きの音が響き渡る。
(間に合え!間に合え!!)ガラッと引き戸を開ける。
「アウト〜。席着け、鬼十。」
男の先生の声。
「すみません。」
そう言って教室前方の角席に着く。間に合わず…。そりゃそうだ、あの時間から走っても無理だ。はぁ~疲れた…。黒神さんは大丈夫だろうか…?
数分前――
学校の校門に到着。そういえば、黒神さん引っ張ってきたけど、皆に姿見えるなら教室へは連れて行け無いじゃん!!
「黒神さんは、此処で待ってて下さい。いや、取り敢えず、今日は帰って下さい。」
「連れてきたのはそっちだ!」
「最初に付いてきたのはそっちでしょ!もぅ〜時間無いし、今は大丈夫なので!行ってきます!!」
傘を持たせたまま校門に放置し、学校内に向かって走って来た。
流石に自分でも酷いと思う。あぁ~自分勝手過ぎる!!人に合わせるなんてしたこと無い。合わせる相手なんて居なかったから…。怒らせただろうな。後で謝ろう。
ガラガラッドンッ!!! 大きな音を立て、教室のドアが開く。
「おお、今日は来たのか。桂木。」
ふらっ、ふらっと覚束ない足取りで入って来た、金髪ヤンキー。
「ちょっと、酔ってんじゃないのー?」
「フラフラじゃね〜か!!やり合ってきたのか?」
おちょくってるギャル·ヤンキー生徒たち。でも、私には視えてる。何かが憑いてる!!
「桂木ー、席着けよ。」
返事をしないまま、自席とは反対の教室前方に歩いてくる。桂木くんがふらっと顔を上げた瞬間、私と目が合った。
「…た……あ……s……けt…え」
! たすけて!?コレはヤバいのでは!?でも、どうしてあげたら良いの!?幽霊本体なら無視しておけば良いけど、人に憑いてるなんて……
「ちょっと…ホントに大丈夫!?」
「体調悪いなら、今日は帰ってもいいぞ?」
生徒、先生も違和感に気づいているようだ。ざわつく教室内。すると、私の席に近づいてくる。目の前で止まった。
私の机にドンッと手を付き、ぐるりっと“首だけ”を180度回し、席に座っている私の顔を覗き込み、
「うわわわああああああああ!!」
叫んだ!!普通の叫びとは違う、噪音混じりの不協和音。人の声では無い。
其れを見た生徒たちで教室内はパニック。逃げ出す者、腰が抜けて動けなくなる者…。
「お、落ち着け!!大丈夫。今日は帰って病院に…」
そう言って先生は近づくが、
「ダマレ!!」
桂木くんはまた、ぐるりと首を回し、先生に顔を向ける。先生はバッタリ倒れ、失神した。
(流石に無理かも。)
そう思い、逃げる為そっと私も席を立つ。
すると桂木くんは瞬時に向きを変え、机越しに私の首を片手で掴み、物凄い力で持ち上げた!!
「っ!!カハッッ」
「逃…げて!」
私は他の生徒達に出せる声の限りで叫んだ。
我先にと教室からバタバタと皆出て行く。
(苦しい…でも…何とかしなきゃ!!)
私は自分の首を掴む腕を、両手で掴み、思いっきり足を上げ、机を蹴り上げた!
「ガァハッッ!!」
蹴り上げた机は腹部にクリーンヒットし、首を掴んだ手は離され、桂木くんは机と共に倒れ込んだ。
「ケホッ、ケホッケホッ…」
はぁ、2回目&人で良かった。(どうして、憑依なんか…?)
倒れて動かなくなった桂木くんを、そっと覗き込む。もしかして、やり過ぎた!?どうしよ〜!!チョン、チョン、と床に散らばったペンで突付いてみる。
パカッ目が開き「痛ってぇーー…」と声を上げた。
「良かった。ヤったかと思った…。」
思わず言葉が出てしまった。
でも、幽霊は?どこ行った!?辺りを見渡し、廊下も窓の外を見ても、居ない。桂木くんをもう一度見てみるが、何とも無い。(消えたのか…。)
「大丈夫?」
桂木くんに手を伸ばし差し出す。
「あっ、ありがとう。」
伸ばした手を掴んで立ち上がる桂木くん。
「オレ、どうしたんだ?みんなは?」
「憶えてない?」
「うん。えっと、誰?」
「あぁ、私鬼十結月。」
「オレ、桂木高志。何があったんだ?」
こういう時、[幽霊に憑かれてて…]って言ったら信じないよね…。でも説明し難い…。ん〜なんて言ったら良いのか…。
私が言葉に詰まっていると、
「…オレ、先輩の家行って…その後どうしたんだっけ?」
「先輩の家って…?」
もしかしたら、そこで憑いたのか?
「お参りに。良くしてくれてた先輩の一周忌だったんだ。おじさんに追い返されちゃったけど。」
「そうなんだ。」
この感じだと、その先輩って可能性が高いな…。本当に良い人だったのか?人に取り憑くなんて…。
「あのさ…幽霊って信じる?」
信じてもらえるか分かんないけど。気持ち悪がられても、正直に言わないと!
「エッ!何、な、ななになに?!?!」
めっちゃビビってる。見た目誰彼構わず殴りそうな金髪ヤンキーなのに。可愛いかよ。
「落ち着いて聞いて。私、幽霊視えるんだけど、桂木くん、何かに憑依されてたんだ。だから、正気を失っていたんだと思う。」
「え…」
そ~っと移動したかと思えば、壁にピッタリと背中をくっつけて、キョロキョロしてめちゃくちゃ動揺してる。
「今は何も居ないよ。ただ、何か思い当たることがあるなら、聞かせて欲しい。その先輩の事とか。手伝える事があるかもしれないし…。」
黒神さんなら何か解決方法知ってるかも。
「先輩が憑依したって言うのか?あり得ない!人を傷つける人じゃない!絶対に違う!」
「そっか、そうだよね。ごめん。よく知りもしないのに。」
そうだ。決めつけちゃいけない。ただ情報が無いと何も解決しない…。
後ろでふらりと何かが通った気がした。振り向こうとした時、
「!」
羽交い締めにされた!
「先生!何するんですか!?離してください!!」
必至の形相で桂木くんが引き離そうとしてくれる。
あの霊、今度は気を失って倒れてた先生に入ったのか!!油断した!!
「っくっっ!!!」
もがいてみるが、流石に大人の男の人は力が強い。抜け出せない…!!私の足は浮き、どんどん締め上げられてく………!!肋骨が痛い!!!
「先生!!ッグハッッ」
先生の腕に掴みかかった桂木くんが足で蹴り飛ばされた。
「逃げ……て…」
今度こそ意識飛びそうだ。
(とにかく誰か…呼んで…)
伝わったかどうか分からない。声が出てない気がする。
「結月!」
暗黒の意識の中、名前を呼ばれた気がする……
「グォガオォウゥォォォ!!!!」
獣の様な呻き声と共に、締め付けられていた腕が解け、私の身体が自由になった。
ただ、力が入らない……。
―――――――――――――――――――――――――
「ん!!っっ」
全身が痛い…此処は何処…?蛍光灯の明かりが目を刺す。
「おい、気がついたか。」
黒神さんだ。
「良かった〜。大丈夫っすか!?」
桂木くんも居る。
「…此処は?」
「学校だ。」「保健室っす。」
声が被る。
ベッドで寝てる私の横に小さな丸椅子で2人とも座っている。桂木くんは怪我はしていなさそう。黒神さんは足を組み、呆れた様子で私を見下ろす。
「そう。はっ!!皆は?幽霊は?」
そうだった!こんな寝てる場合じゃない!!起き上がろうとするが、全身が痛くて、起き上がれない。
「やめておけ。折れては無いが、全身鞭打ちのような状態だ。」
黒神さんはぶっきらぼうだが、心配してくれてる。
「皆無事ッス。今日は取り敢えず、皆帰ることになったッス。」
「そうなんだ、皆無事なら良かった。桂木くんも痛かったよね。ごめんね。」
「大丈夫ッス。鍛えてるし!」
そう言ってお腹を軽く擦り、笑顔で答えてくれた。
「黒神さんは、どうして此処に?」
「待っていろと言われたから、待っていたんだが、何かが入っていくのが見えてな。そうしたら、大勢が移動するのが見えた。何かあったのかと思い、行ってみれば…というわけだ。」
待っててくれたんだ。帰ったと思ったのに。
「ありがとうございます。あと、ごめんなさい。放置して…。自分勝手で。助けてもらってばっかり。」
「タダじゃないからな。約束は約束だ。」
「はい。分かっています。でも、帰らなかったんですね。」
「“行ってきます”と言われたからな。」
???
「“おかえり”を言わねばならんだろう?」
久しぶりに聞いた言葉。死神なのに、優しいな…。
「…ただいま。」
「おかえり。結月。」
包み込むような柔らかい声で答えてくれる。
「あのぉ……オレ居るんですけど……。」
!!
何考えてる私!しっかりしないと……。
「状況が飲み込めないんですけど、お二人は知り合い?で良いんですよね?鬼十さんこの人誰なんですか?急に現れたかと思ったら、先生倒れるわ、鬼十さんも気絶するし、みんな憶えてないって。」
…そうか。みんなの記憶消してくれたんだ。へぇ~。ホントに出来るんだ!
「えっと、、黒神さんは死神で、私のボディガード的な?」
「条件付きだがな。」
「し、しに、がみ?オレ、死ぬ…?…」
本当に怖いんだ。ちょっと面白い。
「ふふふっ。そんな事無いよ!大丈夫。味方だから。」
「そーなんすか!?じゃあ、命の恩人ですね!兄貴ッ!!助けて頂いてありがとうございます!!」
「兄貴って。。」
「姐さんも!オレついていきます!!」
「いやいや、姐さんはやめてよ!同い年でしょ?」
「オレ、19です。留年してるんで。」
……歳上じゃんか〜!!!
「わ、私、18なので、桂木さん。名前でお願いします。」
「そーなの!?てっきり、落ち着いてるから、留年してるのかと。でも、兄貴の彼女なら姐さんです!!」
「彼女じゃないです!とにかく、名前で呼んで下さい!」
はあビックリした~!!思わず大きな声出ちゃったよ。
「分かりました。鬼十さん。」
しゅんとしてる。
「えっと…、あの幽霊の事聞きたいんだけど。」
人に取り憑いてるなんて、見たこと無かった。黒神さんにも聞いておきたい。
「オレ、何も分かんないっす。学校来る前に先輩の一周忌の挨拶に、先輩ん家行っただけで、線香もあげられなかった。その後は覚えてなくて…」
「そこで憑依されたのだろう。」
黒神さんが言う。私もそう思っている。
が、、、
「人に憑依するなんて、そんな幽霊がいるんですか?」
「居るには居るが…今回は違う気がする。」
「どうしてですか?」
「俺の所に名簿が来ていない。」
「名簿ってなんスカ?」
「人が死ぬ間際には、所轄の死神に名簿が届いて、連れて行く。だが、俺の管轄はお前達の言う、所謂、浮遊霊の専門。つまり俺の所に名簿が来るのは、彼奴等が捕まえ損ねた幽霊だけ。なのに、この場所での名簿は届いてない。」
そういう物なんだ。だから逃がした時、あんなに悔しがってたのか…。
「じゃあ、アレはなんだったの?」
「分からん。唯、浮遊霊以外ってことだな。」
「兄貴に分からないなんて。どうしたらいいんだ!?」
「一応斬ったが、手応えがなかった。まあ、取り敢えず消えたから、安心しろ。」
しょうがない。分からない以上、今考えても仕方ない。また現れるまで待つか、改めて探すか…。
「そうだね。今日は帰ろうか。」
私も疲れたし。
「そんな簡単に飲み込めないっス!兄貴〜」
泣きそうな顔で縋ってる。そりゃあ、憑依されたんだもんね。怖いか…。
「明日土曜日なので、良ければ改めて、明るい時に探しに行きましょう?今日は帰りませんか?」
「分かったっス…。じゃあ、明日。絶対ッスよ!!」
「黒神さんも手伝ってくれますか?」
私が聞くと、うるうるした目で桂木さんが黒神さんの腕にしがみついてる。
「はぁ~。分かったよ…。」
面倒くさそうにポリポリ頭を掻きながら云う。
それを聞いた桂木さんは、パァ☆表情が明るくなった。
「じゃあ、帰りましょう!」
はぁ〜長い一日だった。起き上がるため、ベッドに腕をつく。
「!った!!」
大変だ…起き上がれない!?
「しょうがねぇな。」
黒神さんはそう云うと、私の背中と両膝の下に腕を入れ、抱き抱えた。コレは…お姫様抱っこと言うやつでは!?
「ちょっ!!大丈夫です!降ろして下さい!!」
「また、“セクハラですよ!”とでも言うのか?意味ないぞ。全身痛くて歩けないだろう?いいから大人しくしておけ。」
ちょっと言い方真似して腹立つ! が、実際歩ける気がしない。
「あ、あの!おんぶでお願いします/////…。」
お姫様抱っこよりマシだ!
「はぁ、我儘な奴め。」
そっとベッドに座らせてくれた。
「ほら。腕。」
そう言って小さくしゃがみ、背中を向ける。
「/////失礼します…。」
恥ずかしい!!穴があったら入りたい!!!
「荷物持っていきます!!」
何故かニコニコしながら、桂木さんは私と自分の荷物を持ち、後をついてくる。
…本当、皆帰った後で良かった。。。
外に出ると雨は上がり、雲間の高くから眉月が覗いていた。
「着いたぞ。」
祖父母のお店に着いた。
「此処なんすね!」
何故か桂木さんまでついてきてる。
「お、降ろして下さい。」
私の言葉にそっとしゃがみ、降ろしてくれた黒神さん。
「カバンを…」
私の言葉に、私のトートバッグをスッと差し出す桂木さん。
「お二人とも今日はありがとうございます。では。」
そう伝え、お店裏にある自宅まで壁伝いに歩き出した。けど…
「何でついてくるんですか?」
「ボディガードだからな。」
「一人は怖いので…」
いやいやいや!!!流石に無理!!!!
「家には入れないですよ!?普通ボディガードも家の中までは入らないし、怖いからって無理です!」
「では、明日また来る。」
「えーっ!オレ怖いッスよ…兄貴…」
「そうですね。怖いなら、黒神さんに連れてってもらってください!」
「連れて…って…そう言えば、兄貴、死神…」
「一緒に行くか?」
意味深な雰囲気で黒神さんが云う。
「まだ死にたくないーッ!!」
ギャーギャー言ってる間に私は玄関を閉めた。
すると、、、
「おやすみ。結月。」
「鬼十さん、おやすみなさい。また明日!」
ドア越しに聴こえた声。
「…おやすみなさい。また明日。」
返した言葉を噛みしめる。おやすみの挨拶なんて、いつぶりだろう。“また明日”と約束をするなんて、私には来ないものだと思っていた。こんなに嬉しいものだったんだ…。
窓から差し込む月明かりは、頬に伝う涙を照らす――。