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死神さんは私の守護神  作者: あいはらしのや
13/13

形のないデート

 まるで雲の上に立っているみたいに、手も、足も、心も、感覚が無い。風に揺れる髪は艷やかに月明かりを受けて輝く。


「ここは何処⋯?」


 右手の人差し指をきゅっと握られている。簡単に振り解けるのに出来ないのは、相手が子供だからじゃない。潜在的にこの手を離してはいけないと思っているからだ。


「楽しい所だよ」


 その小さな案内人は、紅くコロンとしたシルエットの靴を履き、白い靴下はひらひらのレースが履き口にあしらわれている。襟の付いたワンピースはチェックのクラシカルなデザインで、パフスリーブの袖からは今にも折れてしまいそうな細い腕。


「お姉ちゃん、一緒にいて。淋しいの。」

「うん。大丈夫。一緒にいるよ。」


 言葉とは裏腹に涙が頬を伝う。この涙はこの子に同情しているから?それとも⋯


「お姉ちゃんは誰かに覚えててもらえるの?」

「え?」

「誰かの記憶として残れば、幸せだったと思えるんでしょう?」


 言葉が出なかった。淡々と話す少女に引っ張られ砂浜を歩く。


「そう思えるのは残せるような記憶がある人だけ。親の愛情を感じ、友人が居て、他人と関わりながら生きた人だけ。私にそんなものは無い。誰かの記憶の中?ふふっ⋯笑える。生きた人間の薄れゆく記憶にすがるほど、純真無垢な心なんてとっくの昔に忘れた。

 もう一度聞くね。お姉ちゃんにはお姉ちゃんを覚えててくれる人がいるの?この世を離れても忘れることなく、想ってくれる人がいるの?」


 少女の言葉は凍るように冷たく、頭上からずっしりとのしかかる様に重かった。


 この世に居るのだろうか⋯?想い続けて忘れないでいてくれる人。私に家族は居ない。他人にとって私なんて、人生の中の通行人でしか無い。私が消えても⋯⋯


 目を瞑ると脳裏に浮かんだ顔があった。今までの思い出が蘇り、他愛もない事で笑い合って本気で心配してくれる人達の顔。

 笑顔で笑う静香さん、一生懸命な桂木さん、そして、黒神さん⋯⋯。


「いるよ。私には居る。貴方にだって、気付いていないだけできっと居る。だから⋯」


 少女はニヤリと笑い、私の言葉を遮る。


「そう。なら、交換しようよ。。。」


 少女がそっと結月の手を握ると、結月の瞳から光が消え、ふらり、ふらりと波打ち際まで導かれるように歩き出した。


 越えてはいけない線がここにある。あの世とこの世の境目にいるのだと、奥底で分かっている。

 結月は言うことの聞かない身体で、ざぶっざぶっと音を立てながら冷たい夜の海へと入って行く。


 遂に足がつかなくなり、急に沈み込む身体は反射的にもがき、ばたつかせる手足で大きな水飛沫が立つ。気付けば少女は居ない。たった一人で暗闇に沈んでゆく。


 朝日が今にも昇らんと、空は薄く明かりを纏っている。


 天地も分からずどんどん光から遠退く身体は、鉛のように沈んでいった。音も光も身体の感覚全てがない。

 無数の小さな手が結月を海底へと引きずり込む。離すまいと絡み付き、甲高い愉しげな笑い声が海の中に反響する。



 すると、空からザバンッ!!と何かが大きな水柱を上げ飛び込んで来た。

 次の瞬間、水中で揮った鋭い刃が邪悪な手を退ける。それでも尚、結月を奪おうと数多の悪霊が足を引っ張り、腕をもぎ取ろうと襲い掛かる。


(チッ。キリが無い!これでは結月が消えちまう!!)


 乱撃で生み出された水流は結月の身体を持ち上げ、ゆっくりと水面へと押し上げる。

 その間、海中の悪霊と格闘するのは黒神だった。ケタケタと不気味な笑い声が響く海で、一心不乱に悪霊を狩り続けた。



「結月⋯遅くなってごめん。」


 波打ち際に立つ黒神は、透けたままの結月を抱きかかえ、朝日を背に歩き出す。

 黒神の腕から滴る水は紅く色付き、砂浜に滲んでは消えていった。




 ―――それから1週間が過ぎた。


「結月ちゃん⋯。ごめんね⋯ごめんね⋯」

「おばさん。おばさんのせいじゃないっすから。今日は休んで下さい。オレが見てるっす。」


 結月は意識不明のまま入院となった。


 桂木はお見舞いにほぼ毎日顔を出す。叔母の静香は店と子供の世話に追われ、疲れが見える。


(私なんて構わなくていいから。休んでよ。)


 実際は空っぽの体だけがベッドに寝ていた。あのまま体に戻る事が出来ずに、結月は幽体離脱していた。傍には黒神の姿。


『あのぉ、どうします?私、戻れないんですかね?』

『⋯。』


 この1週間、幾度も体に戻ろうとしたのだが弾き出されるというか、磁石と磁石が反発するように上手く入ることができないのだ。

 自分のせいとでも思っているのだろうか。黒神さんは、初めて会った時よりも無表情で暗く沈んでいて、漂う空気は冷たい雨のように重い。


『黒神さん、聞いてます?』

『⋯。』

『そう言えば、あの子達どうなったんですか?もしかして、皆強制的にあの世へ送ってしまったんですか!?』

『ああ。あのまま放置は出来ないからな。部下に任せた。』


 やはり悪霊となりかけていたから、強制的にあの世へと送ることになってしまった⋯。

 短い人生、辛かっただろうな⋯。


『そうなんですね⋯。次は長生きして、やりたい事沢山できる人生に生まれ変われますように。』

『⋯他人の為に祈ってる場合か?今、霊体なんだぞ。状況分かってるのか?』

『そんな言い方しなくてもいいじゃないですか!私だって、私だって⋯生きたいです!

 だから、私の体を見張っているんでしょう!』


 そう。あの少女の言っていた“交換しよう”の意味。霊体でいる私の体を乗っ取るって事だとしたら、再びあの子が現れるかも知れない。だからこうして病院で見張っているのだ。


『このまま戻れなかったら、私って死ぬんですか?』

『そんな事にはさせない。絶対に。』


 黒神さんと目は合わないが、確乎たる意志が言葉に込められているのが分かった。


『にしても、1週間過ぎましたけど現れませんね。お腹空いた〜。』

『そうか。お前は完全体ではないから、お腹空くんだな。』


 ぐぅ~っと腹の虫が鳴いた。この音は私ではない。


『黒神さんもお腹鳴ってますよ?』

『お前のシュークリームが食べたい⋯。』


 こういう事をさらりと言ってしまう黒神さんが、憎らしいな。私が死にたくないなんて思うようになってしまった。


『じゃあ、今日は午後から検査ですし行きましょう!』

『何処へ行くんだ!?ここに居なくては⋯』

『きっと大丈夫ですよ〜!体乗っ取ろうとしても、あの状態ですし。目が覚めてしまったら、逆にもっと検査しまくりになっちゃいますよ。』


 指差す結月の体は、動かぬようバンドで留められ精密検査に向かう途中だった。


『行きましょう!!ねっ!』


 ―――――


『何処に行くつもりだ?』


 結月は軽い身体をふらふらと揺らし道路を歩く。


『やってみたかったんです!』


 電車に乗り、バスに乗り、着いた先は水族館だった。


『溺れかけてよく来れたな。不思議な奴だ。』

『それはそれ、これはこれ。黒神さん、知ってますぅ~?無料で公共交通機関使い放題!水族館も無料で入れちゃいます!!』

『ああ、そうだな。』


 呆れ顔の黒神だったが、結月の笑った顔を見るのが少し嬉しかった。


 ぐいぐいと引っ張られるがまま、館内を見て回る。水槽を照らすライトに結月は透け、今にも溶けて無くなってしまうようで、大きな水槽に燥ぎ駆けてゆく、その柔手を離す事が不安で堪らない。


『見てください!ザラビクニンだって!髭生えてる〜!』

『髭が好きなのか?』

『う~ん···黒神さんは無い方が素敵です。次、イルカショー見に行きましょう!』


 そして、俺はその瞳に映る生き物たちに嫉妬してるらしい。


 ショーの会場からは飛沫を上げるイルカ達とマイクに響く女性の声、湧き上がる歓声と拍手が全てを巻き込んで一体感を演出する。


『すごーい!初めて見た〜!!』


 俺達は後ろから会場全体を見下ろすように観覧していた。

 席には座らず遠くても手を叩き喜ぶ結月は、今を楽しんでいるように見えた。他人に触れないようにしているのは自分の姿が無いと実感しない為なのだろうか…。


『黒神さん、もっと前に行きましょう!』

『ここで良い。』

『良いから!早く早く!』


 黒神の手を引き、前方へと階段を下ってゆく。すると前方から小さな子ども連れが()()()()()時、結月は立ち止まった。


『大丈夫か?』

『あっ⋯なんでもないです!ほらっ!イルカさん近〜い!!』


 一瞬の戸惑いを隠すように結月は水飛沫に手を翳していた−。




 ――「お客様にお知らせ致します。本館は17時をもって閉館となります。⋯」


 館内アナウンスに、ぞろぞろと出口へ客の流れができ始める。


『俺達も帰ろうか?』

『⋯もうちょっと⋯居ても良いですか?』


 沢山のクラゲを目の前に足が止まる。

 ゆらゆらと漂う幻想的な空間は、我々の姿と重なる。掴みどころのない、ただ、流れに身を任せるだけ。


 どれくらい経っただろう。最後のアナウンスを聞いた時には館内に客は居なくなっていた。


『そろそろ帰ろう。』


 先を歩く結月の背中に声を掛けた。

 魚達が悠々と泳ぐトンネル水槽で、天に手を伸ばし結月は言う。


『帰りたくない。』

『検査も終わった頃だ。帰らないと⋯』

『でも、帰りたくない⋯。黒神さん、帰りたくないです。』


 背を向けたまま小さな声で呟く結月は、子供のような駄々をこねる。俺も又、親のように諭す。


『じゃあ、また来ればいい。』


 ふるふるっと首を振りこちらに走ってきた結月は、俺の腰に抱きつき顔を見せてはくれない。


『どうした?』

()()が無いかも知れない。黒神さん、何時帰ってくるか分かんないのに⋯。』

『心配してたのか?大丈夫だ。必ず帰ってくるさ。』


 結月に触れようとした俺の右手は、消えかけていた。

 チッ⋯。思ったよりも早く招集されたな。今度こそは離したくなかったのに、掴む手が無くなるなんてな⋯。


『私は待ってます。ずっと、、どれだけ時間が掛かっても、待ってます。』


 結月は溢れる涙が頬を伝うが、拭ってはやれない。涙を止めてやれないもどかしさで、何もかもが憎らしい。


 俺は結月の赤らむ鼻先に顔を近付けそっと口づけをした。

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