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死神さんは私の守護神  作者: あいはらしのや
10/11

古の記憶

「言っておきたいことって⋯?」

「それは…」

「鬼十さん!怪我したって大丈夫ッスか!?」


 玄関の外から桂木さんの声。


「はい!玄関開いていますので入ってきていいですよ。」

「お邪魔します!!あっ!兄貴いたんすね!」

「なんで来た!?」

「心配だからに決まってるじゃないっすか!鬼十さん大丈夫ッスか?わぁ痛そうっすね。」

「あ、こっちじゃなくて…もう包帯巻いてもらったのでご心配なく。」


 桂木さんが持つ左手ではなく、包帯を巻いた右手を見せる。


「利き腕じゃないっすか?不便っすよね。何か手伝えることがあれば何でも言って下さい!!」

「ありがとうございます。」


 どうしよう。桂木さんを招き入れた事で話が聞けなくなっちゃった。黒神さんに今から聞く?桂木さんに聞かれてもいい話⋯かな?いやいや、“言っておかなきゃいけないこと”って大事な話だろうし、やっぱり二人の時に改めて聞くべきだよね…。


「どうかしたか?」

「な、んでもないです。お店に戻りましょうか。」


 ―――――――――――――――――――――――


「結月ちゃん、今日はもういいわよ〜?私がやっておくから。ゆっくり休んで!!ね?」

「エッ⋯。いえ!そんなっ!動けますし、大丈夫ですから。そんなこと言わないで下さい!!」

「火傷を軽く見ちゃ駄目よ!!」

「そんな酷くないですから!大丈夫ですからっ!!」

「…分かったわ。じゃあ、お店閉めるの手伝ってくれるかしら?」

「はい。勿論です!!」

 お店の外にある幟を仕舞い、掃除を始める結月。

 せかせかと働く結月を止める事も出来ず、棒立ちの黒神に鬼十結月の叔母である鬼十静香は小さく言葉をかける。


「あの子、ああやって働こうとするの。いつか無茶しすぎるんじゃないかって心配なの。ちゃんと見ててあげて?ねっ!」

「⋯はい。」

 小さく返事をした黒神は、苦悶の表情を浮かべる。


(言うべきか…。言わないべきか…。)


 〜〜〜〜〜〜〜


 立待月の明かりが窓から零れる夜。


「わぁぁあああ!聞きたい〜〜〜!!」

 私は布団に顔をうずめては、黒神さんの表情・声・仕草⋯全てを思い返している。

 気になる…。気になる気になる気になるぅうう!!何だったんだろう?寸止め食らってる気分ッ!!

「眠れない⋯。散歩行こうかな⋯。」


 悶々と考えるだけ無駄だ。直接聞くまで答えは出ない。けど、今の気持ちを落ち着かせるように歩くことにした。昔は夜が怖くて、外に散歩に行こうなんて思わなかった。なのに、最近は怖くない。黒神さんがいて、幽霊が寄ってこないせいだろうか。それとも、、、


「何処へ行く?」

「びっっっっっくりしたぁーーーーー!」

 玄関をそうっと開けた所で聞こえた声に驚いた。月に照らされる黒神さんは、いつにも増して妖美な雰囲気。


「夜は危ない。何処へ行くんだ?用があるなら明日に⋯」

「用ならあります。黒神さん。言っておきたいことって何ですか?さっきは聞きそびれたから…。」

「⋯それは⋯。」

「それは…?」

「近々、天界へ行かなければならないんだ。暫く戻らない。」

「暫くってどのくらいですか?」

「分からない。早ければ、1年。長くて10年⋯」

「そんなに!?近々っていつからですか?」

「新月の日。」

「あと、半月もないってことですか!?」

「そうなる。」

「なんでもっと早く言ってくれないんですか!?以前は勝手にいなくなることもあったし、知らないとでも思ってるんですか?!」

「いや、、、」


 思わず声が大きくなる。たじろぐ黒神さんに詰め寄ってしまう。


「黒神さんに心配して貰うばっかりじゃないんですよ!!私だって、黒神さんがいなくなって、心配するんです!!だから、ちゃんと“行ってきます”は言ってください!」


 驚いた表情で私を見ると、黒神さんは優しく私の頭を撫でる。


「そうか。結月に心配されるようじゃ、ボディーガード失格だな。」

「/////そうですよ/////!⋯⋯ちゃんと…帰ってきますよね?」

「ああ。約束しよう。」

「分かりました。待ってます。」

 そっと抱きしめる黒神さんに私の体は沈み素直に黒神さんのコートを掴んだ。静かな夜が二人を包む。


 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 開店準備を新人櫻田さんに教えているが、私には視えているッ!!黒神さんは何時ものようにフードを被り、店内に立ってる。き、気まずい〜〜〜〜!!!!!!!あのやり取りは、出発日が定番だよ〜〜!!これから約14日間、どう接して良いか分かんないよ〜!


 ――――――


 やっちまったぁぁああ!だから、出発ギリギリまで黙っておこうと思ったのに!!俺は何故言ったんだぁああ!あと半月は、短い。と思ったが、気まずい!!いっそ前倒しで行く?⋯いやいや、天界へ行くのは簡単では無い。しかも、遊びに行くんじゃないんだ。俺は[ 罰 ]を受けに行くのだから…。


 ○*・○*・○*・○*・


 神仙界――

 目が痛くなるほどの輝く塔の中。

 若者とも老爺とも分からぬ優しい声色に、光を纏う凛とした姿。

「お前達は今から、私達の手となり足となる。使者として現世へ征くのだ。」

【はっ。】


 古の記憶とも言えぬ誓約であり使命。俺達に姿はなかった。ただ、現世から常世を渡る霊に同行するだけの存在。秩序を乱す者を排除し、任務を遂行する。それだけだった。あの時までは…。


 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 ザンッッッッ!!『うぉぉおあ!』

 軽く振り降ろした大鎌が闇に包まれた人魂を切り裂くと、うめき声を上げ以前の姿を取り戻しシュワンと消えた。


「安らかに行けばよいものを。むやみに留まるものではない。」

 本日の任務は【完遂】っと。


 虹の橋だの天国へ続く階段などと人間は言うが、実際はただただ続く道に立つ。右も左も無い。後ろを振り向けば進める道はあるが、元の場所に戻って来るという不可思議な場所。俺は案内人としてその入口へ送り届ける任務を日々遂行する。


『ねぇ、貴方は一緒に行ってくれないの?』

「⋯。」

『喋ってもくれないのね。じゃあね。』


 心を通わせることは出来ない。人は出会う人数に限りがある。だが、俺は全ての人の最期に立ち会う存在として、平等に公平に接しなければならないんだ。そうでなくては、霊となった人が現世を反芻する過程に、介入することになる。それは、神のみが許されたこと。一介の使者がやってはいけない。


 薄暗い空にパラパラと雨が降り出した。


「今日は、ここか。少し時間には早く着いたな。」

 古い日本家屋だが、人の気配が無さすぎる。使用人が居てもよさそうなものだが…。


 襖を通ると、畳に敷かれた煎餅布団に膨らみがある。人⋯か?


 震える小さな声が中からした。

「貴方は何方ですか?」

「!!」

 話しかけられたのは初めてだ。視えているのか?!いや、人間には視えないはず…。然し、その類に精通する家系や儀式をする者がいると聞いたことがある。まさか此処はその家系なのか?


「人⋯ですか?」

「・・・」

 応えに困り黙っていると、布団を捲り少女が出てきたかと思えば、すくっと立ち上がり真っ直ぐに俺の目を見つめこう言った。


「幽⋯霊⋯?ここに居ては、穢れてしまうわ。心を失う前に、旅立つのです。」

「幽霊ではない⋯。」

 思わず返事をしてしまった。あまりにも真っ直ぐに、真剣に向き合う彼女は初めて会う人間だった。


 不穏な笑い声が屋内に響く。結構な数の幽霊がここに居るようだ。

「貴方にも聞こえるのですか?」

「聞こえる。」

「そんな!ここは危険です!早くここから出ていって!」

 ぐいっと背中を押されるが、出て行ける訳がない。俺は仕事をする為にいる。事が終わるまで居なくてはいけない。

「大丈夫だ。押さないでくれ!!」

「いいから早く……!うっ!ぐはぁっ!」

 急に背中を押す力が無くなったかと思えば、息苦しそうな呻き声が聞こえ振り向いた。そこには、背後の悪霊に首を絞められ、宙に浮いた苦しむ彼女の姿があった。


 瞬時に思った。嗚呼、この少女が今日の俺の仕事だと。


「に…げて…!はや…く!」

 この状況で俺の心配をする彼女は、どんどん青ざめていく。


「行って!!」浮いた足をばたつかせ、俺を蹴り飛ばした。ポロリと涙を流し、彼女は微笑んだ。(大丈夫)とでも言うかのように苦しむ中、笑顔を作っている。


 俺は何もせず見届けるのか?こんな不条理な死を見て見ぬふりするのか?いや!!


「そこを離れろ!」

 振り降ろした大鎌に力が入る。切り裂かれた悪霊は、分不相応な光を放ち消えて行った。


「大丈夫か!?おい!しっかりしろ!!」

 息をしていない…遅かったか?いや、生きるんだ!!息を吹き込み願いを込めた…。

「うッ!⋯」

 青白く涙の跡が付いた顔で薄っすらと目を開けた。

「気が付いたか?」

「生きてる⋯?」

「ああ。」

「無事で良かった…」

 にこりと笑う彼女の目尻からは、意志を持たない涙が零れる。俺はそっと拭った。

「こっちの台詞だ。さ、帰るんだ。」

「ここには沢山の幽霊達がいるの。皆、行く当てもなく彷徨ってる。私が話を聞いてあげなきゃっ⋯」

 立ち上がる彼女はふらつき足がもつれる。俺は彼女を担ぎ上げこの家を出ることにした。


 本格的に降り出した雨が、二人を濡らす。


「離してください!!降ろして!」

「あんなところに居ては駄目だ。また襲われるぞ。」

「大丈夫です。皆話せば分かり合える!」

「そんな訳あるか。死にかけておいてよく言えるな。」

「⋯あの時はッ!たまたま…。きっと、落ち着きを取り戻せば⋯」

「あり得ない。ああなってしまった以上強制的に送るしかない。それは俺の役目で、貴方では無い。それに、もう常世に送った。」

 家から少し離れた所に雨宿りが出来るくらいの屋根がある茶屋を見つけた。茶屋の前の長椅子にするりと降ろし、俺も腰掛ける。


「そんな…。家族、友人、恋人…少しでも未練が無いようにしてあげたかったのに…。」

「そんなものは居ない。だから、理解できん。」

「そう。そうね。理解出来なくて当然だわ。だからこそ人は言葉で対話するの。知りたいこと、考えてること、過去の事、未来の事。貴方、名前は?」

「名前など無い。」

「なら、私が付けてもいい?」


 何を言っているんだ?知りたいだの、対話だの。人間はさっぱり分からない。


「⋯ぜろ。雨に令と書いて、零!“雨だれ”。ほら今ぴったり!」

 手を伸ばし、軒に滴る雨を受け止める。

「零…。」

「そう。零。何もない零。これから人を分かれば良い。私が教えてあげる!私の名前は菖蒲あやめ。宜しく零。」

 手を伸ばしニカッと笑う彼女の手を、俺は掴んでしまった。

 その時、雨が輝いて見えるほどに見惚れてしまったんだ_。


 ―――――――――――――――――――――――


 神仙界へ呼び出された。

 神の集まる塔の中。神々達の中央で礼を尽くす。一柱のくぐもった声が塔の中に響く。


「何故呼び出されたのか、分かっているな?」

「はい。」


「掟を破り、一介の使者ごときが神の真似事など!言語道断だ!」

「同感ですわ。人間に情をかけるなど…。」

「わしはまだ許しておらん!!」

 顔は見えずとも神々の怒りが伝わる。


「まぁまぁ。此度の件は私に免じて様子を見てくれ。」

 一柱が他の神々を宥め、神妙な面持ちでゆっくりと話し始める。


「人との縁を結ぶことは、いけないと分かっていても、結んでしまう者が度々おるのじゃ。そこで設けた罰がある。」

「罰…?」

「使者としての役目を一時停止し、幽冥回廊送りとする。」

「無事帰ってこられれば、再び現世へ戻してやろう。」

「分かりました。」


 幽冥回廊。澱み深い地獄の境、暗闇に延びる細長い道を歩き続け、出口を探す。あらゆる憎悪と醜悪が乱れる地獄から聴こえるのは、冷嘲熱罵・罵詈雑言。心身共に突き刺さる。


 そのうち足には血が滲み、綱を持つ手には豆ができ潰れた。ふらついて、ここから堕ちれば地獄の奥底だ。俺はひたすらに歩いた。俺に教えてくれると言った菖蒲に再び会うために…。


 ―――――――――――


「良くぞ耐え抜き戻ったな。では、約束通り戻してやろう。但し、どんな結果でも受け入れるのだぞ。」

「どういうことでしょうか⋯?」


 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「菖蒲!」

「旦那様!今日は早いのですね!」

「ああ。菖蒲と梅に会いたくて早く帰ってきたんだ!!」

「お父様〜!!」

「おぅー!梅〜!!」


 これは…どういう事だろう…?目の前に広がるこの光景を理解するのに時間が掛かった。俺が幽冥回廊へいた時間は、現世とは時間の流れが違うようだった。あの時から12年の時を経ていた菖蒲は、結婚し子供が生まれていた。


「そういうことか。。。」

 俺の過ごしたあの時間…苦痛は…何だったんだろう。悔しいとも、哀しいとも言えぬぽっかりと穴の空いた自分に、驚いた。こんな感情があったのだと。溢れる涙は土に染み込んでいった。

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