出逢い
昏々とした空。今にも雨が降り出しそう。
(今日みたいな日は“出そう”だな…。)
昔ながらのこぢんまりとした静かな店内。このお店は父方の祖父母の商店。訳あって一緒に住みながら、お店を手伝っている。
今、お客さんは居ない。
「ごめんね、結月ちゃん。こんな日に代わりに入ってもらっちゃって。絶対、埋め合わせするから!!」
「大丈夫です。俊くん、早く元気になるといいですね。」
この人は私の叔母にあたる人で、父の義理妹。そして、小学1年生俊くんのお母さん。そのお腹にはもう一人。
「うん。ありがとう〜。じゃあ、お先に失礼します。」
「お気をつけて。お疲れ様です。」
「ありがとう!お疲れ様〜!」
レジカウンターから見送り、息をつく。あぁ...。ほんとは、苦手だ。淀んだ空気。雨の匂い。厚い雲が私を閉じ込める。
チリンチリン 高いベルの音が店内に響いた。
「いらっしゃいませ。」自動ドアが開くと、雨が降り出したことが分かった。
!しまった。“それ”は見えてはいけないものだ。声…掛けてしまった。最近は、出会って無かったのにな…。いや、見ないようにしていたっていうのが正確かな。
酸鼻な姿。人…なのか?……近づいてくる。…怖い!! ぎゅっと目を瞑り、いつもエプロンのポケットに入れている数珠を握り、取り出そうとしたその時!!
「!っぐッッッ」
カウンターに乗り上げ、私の首を絞め上げる!
……苦…しい… 息が…出来ない…
ポケットから数珠が床に落ちる。誰か……!
手を伸ばし、近くにある電話の子機を取ろうとするが、届かない。あゝ段々、意識が遠くなる……。
閃光が走り、地響きと雷鳴が轟く。店内が停電し、真っ暗になった。
「やっと見つけた。」低い声が聞こえた。次の瞬間、ザンッ と何かが光った。雷…?
シュワァ−−と締め上げていた腕が消えていく。
「ゲホッ ゲホッゲホッッッ」息が出来る。大丈夫、生きてる…。何故急に?
消え掛かってる“それ”は、柔らかな光が包む中、元の姿を取り戻しつつあった。作業着を着た、中年男性。胸元には[北村鉄工]の文字。
「優…奈………。由美子…ごめんな………」ぽろぽろと涙を流し、小さく呟く。
「チッ。しぶといな。」さっきと同じ低い声。
ピカッと雷で照らされた店内に、振り上げられた背丈程の鎌が見えた。
「ダメ!」思わず叫んだ。
「あ゙ぁん?」
どうしよう。何も考え無しに口走ってしまった。
「お前…何言ってんのか分かってんのか?」
「この人の話も、聞いてあげたってい…」
言葉を遮るように、今まで目の前に居たその人が、バッ!!とカウンター上で身を翻した途端、消えた!!
「クソッ!お前のせいで逃がしたじゃねえか!」
物凄く怒っているのは口調で分かる。
暗くてよく見えないが、フード付きのコートを着た背の高い男の人。フードを被っていて、顔はハッキリと分からない。
人…か…?いや、違う。今まで視てきたどの幽霊とも何かが違う。
「死…神……?」
「おい。声だけじゃなくて、視えるのか?」
「視えます。小さい頃から。貴方は誰?幽霊?死神?」
「あぁ、めんどくせぇ。しょうがねぇな、アレやるか。」
そう言うと、片手を私の頭近くに伸ばした。
(何かされる!)本能的にそう思った瞬間、伸ばされた手首を両手で掴み、下方へ引き寄せ身を捻り、ダンッとレジカウンターに男を押さえ付けた。
「んぐっ!何をする!」
「コッチのセリフです!!なにする気ですか!?」
「離せッッッ!」
「嫌!!」
然る間に、店内電気が点いた。黒いロングコートのフードが脱げ、顔が視えた。色白で端正な顔立ちをしている。
チリンチリン とベルが鳴り、
「さっきの雷凄かったなぁ!大丈夫だったか?」
傘を畳みながら、常連のおじいちゃんが入って来た。目が合うと、
「ゆ、結月ちゃん。どうした!?そいつは…もしかして、強盗かい!?け、警察…警察に!」
エッ!見えてるの!?
「ち、違っ、ちょっと待って!」
思わず、押さえ付けた男を離した。
すると男は、パッパッとコートを払い、腕を如何にも痛そうに擦っている。
「大丈夫何でもないから。いつものタバコだよね!」そう常連さんに話しかける。
「そう…かい?じゃぁ、いつもの。」
「はい。500円ね。雨だから、足元気を付けてね。」
「ありがと。じゃ、また来るわ!」
「ありがとうございました。」
取り敢えず、すんなり帰ってもらえた。一瞬目を離したけど、さっきの男は何処に…キョロキョロと見回したが居ない!
「逃したか…?」
「コッチが逃がすか!!」
「びっくりした〜 大きな声出さないで!!」
男は奥の小さな冷蔵ケースからシュークリームを取り、レジに持ってきた。
「これ。」
「え。お金持ってるの?幽霊なのに?」
「持ってるわ!てか、幽霊じゃない。」
「じゃあ、何者?」
「知らなくていい。」
「あっそ。なら売らない。」
「職務怠慢だな。」
「じゃあ、教えて。」
「ハァ。めんどくせぇ。まぁ人間が言う、所謂【死神】ってやつだな。」
やっぱり…初めて見た。ホントにいるんだ…。年は幾つだろうか。見た目は20〜25歳位?
「はい。130円です。」
「ほら。」クレジットカードだ。
「本当に持ってるんだ。」
「だから、あるって言ってるだろ。失礼な。」
「それは失礼致しました。で、さっきのって、助けてくれたんですか?」
クレジットカードを返し、シュークリームを渡す。
「成り行きだ。でも、関係ない。その記憶は消させてもらう。」
また、手を伸ばしてくる。
その手をそっとどかし、
「記憶、消さなくて結構です。私の記憶は私の物です。まして、いつもの事ですから。」
「お前の為じゃない。俺の為だ!一般の人間に知られてはいけないからな。始末書は面倒だ。」
…嫌そうな顔。本当に面倒なようだ。
「じゃ、始末書書いて下さい。」
「なんでだよ!悪く無い話だろ?あの気持ち悪い物を忘れられるんだぞ!?」
「物じゃないです。人です。」
はぁ〜。と大きな溜息をつき、
「分かったよ…。 とでも言うわけないだろ!」
そう言って先程よりも素早く伸ばされた手を、またガシッと掴み、カウンターに押さえ付ける。
「同じ手が使えると?」
「ぎ、ギブギブ!もうしない!」
「信じられません。」
「悪かったよ!記憶は消さないから。じゃあ、一つ願いを聞いてやる。だから…もう離してくれ…。」
仕方ないので、手を離す。また肩から腕を頻りに撫でてる。
「そんな強くして無いです。態とらしい。」
「なっ!!…お前、友達居ないだろ。」
「そうですね。一度も居たことありません。幽霊視える人なんて、視えない人からしたら気持ち悪いし、怖い人ですから。」
「…悪かったな。」
「いえ。謝ることありません。で、一つお願い聞いてくれるんですよね?」
「ああ。」渋々と言った顔つきだ。
「私のボディガードをして下さい。」
「何だと?」
「護衛です。」
「分かってるよ!!なんでお前のボディガードをしなきゃならんのか聞いてる。それだけ腕が立つんだ。必要無いだろ?」
「いつも幽霊に付きまとわれるんです。視えるから、無視するのも大変なんです。見分けつかないこともあるし。ほら、あそこ。」
私は雨の中、ピッタリ硝子にくっついて店内を覗く幽霊達を指差し、
「あの幽霊達、さっきから店内を覗くだけで、入って来ない。貴方のことが怖いんですよ。死神ってことは、成仏させられるって事ですよね?」
「まぁな。あの程度の霊なら一瞬だな。」
ちょっと自慢げ。
「私、視えるけど物理的には触れないんです。なので、寄せ付けない様にして欲しいんです。」
「そういうものなのか?分かった。良いだろう。」
よしっ!!ああ…やっと解放される…。小さい頃から、学校でも話しかけられたり、驚かされたり、道を歩いていて体を乗っ取られそうになるのも、もうウンザリ!!
「その代わり、あの霊体を探してもらう。」
「エッ!」
「【タダで】とは言ってない。」
「あの人を探してどうするんですか?」
「上に連れていく。上手くいけば…だがな。」
「上手くいかないと?」
ピカッと稲光が店内にまで届き、雷鳴が轟く。
「その場で斬る。消滅だ。」
「消滅……」
「そうだ。転生も出来ない。“無”になる。」
「見つければ、転生させられる?」
「ああ。さっきみたいに、悪霊になるまでに見つけなくちゃならん。一度悪魔と切り離したから、もう一度悪霊になるまでにはまだ時間があるはずだ。」
買ったばかりのシュークリームを頬張りながら言う。
…あの人が気になる。最後の言葉も、あの姿も。消滅なんて嫌。私だけ忘れて、無かったことになるのはもっと嫌!出来たら成仏して欲しい。
「……分かりました。一緒に探します。」
「では、交渉成立だな。」
「はい。そういえば自己紹介まだでしたね。私、鬼十結月です。貴方の名前は?」
「黒神。黒神零だ。早速行こうか。」
「何処に?」
「霊体を探しに。」
「無理無理!だって学校あるし。」
「はぁあ!?探す約束だろ? いや、其れより、お前学校って…」
「18歳高校3年生です。 夜間学校に通ってるのでお店閉めてから、学校行かないと。」
「 。。。 」
開いた口が塞がらないって顔してる。
時計を見ると、16時50分!ヤバい遅刻だ!外が暗くて時間感覚が狂った!!
バタバタと掃除、準備をし始める。その間、呆然と私の姿を見てる黒神さん。
「17時で閉店となりますので、退店お願いします。」
「あ、はい…。」
黒神さんは素直にお店の外に出てくれた。
レジを締め、店内電気を切り、シャッターを締める。裏口から自分の荷物を持って外に出る。鍵をかける。よしっオッケー!
外は先程よりは明るく、雨も小降りになっているが、傘は…要るな。
「…傘差して行くかぁ。」
片手が塞がるから好きじゃないけど、仕方ない。バサッと地味な紺色の傘を広げ、学校に向かって歩き出す。
店を出た辺りから、何かに追われてる気がする。また幽霊!?巻かなきゃ。スタスタと歩みを速める。
「……い!…おい!」
後ろから声をかけられた。振り向くと、
「黒神さん!?」
「頼んでおいて、置いて行くとはいい度胸だな!!」
「え!ついてきたんですか?」
黒神さんはコートに両手を突っ込み、髪は雨に濡れて、明らかにムッとしている。なんか…可哀想になってきた。
「…すみませんでした。」
歩み寄り、傘を差してあげる。背が高い。手が届くギリギリだ。180センチは超えてるな。
「届かないだろう。濡れる。」
そう言うと傘を取り上げ、キュッと肩を寄せられた。
「 !!/// セクハラですよ。」
「ではお前が濡れておけ。」
パッと手を離されて肩が雨に濡れる。
「私の傘ですよ。あと、お前って言わないで下さい。名前があるんですから。」
「はぁ、よく喋る奴だ。結月。文句を言うな、急いでるんだろう?」
傘を傾けてくれる。
そうだった!!今何時!?腕時計で確認すると、17時20分!完全に遅刻だ!
「急いで下さい!!走って!!」
コートの端を掴んで引っ張り、走り出した。
「お、おい!」
曇り空の下、不揃いな2つの足音が響く…。
__私は、この出逢いが人生を変えることになるなんて、考えもしなかった__。