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我こそはアダルトショップ転々虫。職場は巡り巡って再び八尾市のアダルトショップである。
ところで、6話目でこのアダルトショップにいた先輩のおじさんの話をした。このおじさんは元トラックドライバーで、バツ持ちで実家暮らしで、息子の養育費を払うためにアダルトショップの夜勤に入りまくる悲しきおじさんだった。そしてヘルニア持ちでもあった。僕が復帰した頃、そのおじさんは持病のヘルニアでぎっくり腰を乱発してほぼ休職状態に陥っていた。
「何か言うたってくれや」
店長にそう言われたが、何かったって何を言うのだ。何の肩書きも持たないただの同僚アルバイトからすれば、ゆっくり休んで早く治してね以外の台詞はない。しわ寄せでワンオペが多発しているが、どうせひっきりなしに客が来るような店ではないので特に問題はなかった。
彼は程なくして退職した。腰が悪く立ち仕事が辛いのと、前職の運送業絡みのコネで程よい仕事を見つけたらしい。その時は一応労いの連絡だけしておいたが、特に個人的に思うところはなかった。
思うところが生まれたのはその半年後くらいだった。しばらくすっかり頭の中から消えていたそのおじさんから連絡があった。
「配送の仕事興味ない?」
要するに人手が足りないから来ないかという勧誘の電話だった。どうも今は小さな運送会社の営業所で所長をしているらしい。店に復帰して半年余りだったので現職に申し訳なさを感じたが、配送の仕事は興味が湧いた。前話で書いたが、元々運転が好きなのだ。
「話だけなら…」
話だけと言って話だけで終わった試しは前田史上一度もない気がするのだが、とりあえず話だけ聞きに行くことにした。幸いその営業所は実家から近かった。
「俺所長やし、所長権限で後々給料も良くしてもらうよう言うから」
結論嘘だったのだが、おじさんにはそんなことを言われて口説かれた。最初の額は当時の感覚でも正直大したことはなかった。が、それでもアルバイト代よりは幾らかマシにはなる。
転職というのは世間では人生の一大イベントの1つらしい。少なくとも以前見た転職サイトのトップページにはそう書いてあった。しかしこうなってくると僕の中で転職という事柄へのハードルはかなり下がっており、もはや地面に埋まっているレベルである。大体既に人生メチャクチャなのだ、ちょっとやそっとの失敗は割とどうにかなる。
僕は軽い気持ちで入社を決めた。夏も夏、運送業界繁忙期真っ只中のことだった。
運送、配送と一口に言っても細かい業務内容は多岐にわたる。この会社のメインは宅配だった。渡された車はボロボロの軽バンである。僕は内勤兼営業兼配車兼突発ドライバーとかいう、言ってしまえば何でも屋係を任された。そしてこの会社はブラックだった。
今になって言えることだが、そもそも運送業界で健全な経営ができている会社は一握りで、あとは基本ギリギリで回しているところばかりな印象だ。当然あんな小さな軽貨物の会社は1人でも余計に休めばパンクするタイプのところで、資金繰りもスレスレ、車は全車ボロボロの中古車、繁忙期は懇意の車屋に泣きついてレンタカーを安く借りていた。2024年現在も倒産せずに元気にやっているらしいが、当時のギリギリっぷりを知る人間からすれば本当かよと疑ってしまう。
特に中元と歳暮の時期は帰宅が午前様当たり前、朝は7時から出勤でそれが30連勤だの40連勤だので年の瀬に至ってはもはやメチャクチャであった。ただ小さな宅配会社では当たり前の光景ではあるらしいのだ。ここまでやっても繁忙期手当は月給の半分くらいだった。つまり平月の1,5倍しか貰えない。「休みが5日減っただけじゃん」という感覚らしい。そういえば平月も週休1日でしたね。
それでも前々職のパチンコ問屋で鍛えられたブラック耐性がこの頃はまだ生きていた。「帰れるだけマシか」と思い、軽く受け流すことにした。そもそも紹介で来ているので「しんどいから辞めます」とはちょっと言いにくいし、あと最初に話を聞きに来たときその手の説明もうっすらされていた気もする。ああいうのをちゃんと噛み砕いて精査する人はこうはならないよね。
しかし待てど暮らせど待遇は良くならない。話が違うとおじさん、もとい所長に噛みつくと、「あんまり権限ないんよな」としらっと言われてしまった。言われてみれば大した仕事をしているイメージが全くない。聞けばこの人も「いずれ待遇も良くするし権限も大きくするから」とここの社長に言いくるめられてやってきたらしい。それが蓋を開ければ給料据え置きでやってることは休みの穴埋めと仕分けと掃除なのだから僕と大して変わらない。詐欺が詐欺を呼ぶ絵面はさながらねずみ講である。
ちなみに大した給料じゃないくせに返済はスムーズに進んでいた(楽天カードはこの頃すっかり忘れ去っていた)。休みがないので給料を使う暇がないのだ。特に土日が仕事だったのが大きい。中央競馬ができないだけでこんなに金が回るのかと、すっかり感動してしまった。ちなみにその分地方競馬はやるので全くやらないというわけではなく、別に貯金ができているわけでもない。
2018年夏、とうとうレイクは完済に至った。足掛け3年、詐欺の末に立て替えてもらったエポスカード以来の完済だった。