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時給が良くて、隙間に入れて、日払いで、そこに車がある。始めた副業はデリヘルのドライバーだった。
別段元から興味があったというわけではない。ただインターネットで調べて出てきたのがそれだったのだ。深慮はなく、なんとなく合間合間でできそうだったので申し込んでみた。デリヘルの事務所は宗右衛門町にあった。当然のように即日採用だった。もはやそういう業界ばかりを選んでいる前田側の問題である。
始めてみると常に人手不足らしく、頼み込まれて案外拘束時間が長い。やることが存外多いのはしょうがないのだが、アルバイトの合間に突っ込むため睡眠時間が削れてゆく。
冷静に考えてみるとそもそもアルバイト先が遠い。奈良県でも中部で、自宅から普通に1時間かかる。そこから自宅を通り越して大阪市内まで働きに戻るのだから移動時間だけで随分持っていかれる。何故始める前にそんなことに気付かないのか、自分で自分が不思議でしょうがない。
ドライバーの仕事は運転が元々好きなのもあって割と楽しかったが、結局2ヶ月余りで辞めてしまった。あまりにも身体がしんどいし、車は自家用車を持ち込みなので維持費を考えるとあんまり美味しくない。ガソリン代は出してくれるが、距離で概算してざっくり出すので燃費の悪いボロ車だと若干損である。
程なくして奈良のアダルトショップも辞めてしまった。結局いたのは半年ほどだった。だって遠いんだもん、時給安いし。とりあえず一旦全部リセットしようと思い、数年ぶりに実家に戻ることにした。まあ借金はリセットできてないけどな!
この頃になってやっと大学を辞めたことを母親に話した。大体ずっとふらふらしているので身内なら察していたらしく、「ああ、そう」の一言で済まされた。この時借金の話もしておけば楽になっていたのだろうか。ただしそんな発想は当時の前田青年にはない。2ヶ月ほど遮二無二働いたおかげで返済は(楽天以外)ギリギリ回っていなくもなかったが、その先のことは全く考えていなかった。
この時期になると借入額と楽天カードの一件で新規の借入はできなくなっていた。先述のように世の中にはクレジットヒストリーだの信用情報だのという、金融会社なら誰も彼も開示できる機関登録情報がある。返済実績があれば多少の無理が通ってしまうように、滞納実績があれば何の融通も利かなくなってしまうのだ。やーいケチンボ! と言いたいが、滞納しているのはこっちなのであまり胸を張って罵倒できない。なんならアコムとレイクとライフティも1ヶ月遅れくらいで返済している。なんなら利息しか払っていないまである。
「あーあ、どうしょっかなあ」
丁度辞めたのが年の瀬だったので、おちおち就活もできない。22歳の大晦日、無職で借金まみれの僕は実家でこたつに入りながら酒をあおっていた。
電話が鳴った。確かに、僕の電話はこの頃よく鳴っていた。大体サラ金屋からだったが、丁度この時はとりあえず日銭を稼ごうと人材派遣会社に登録した数日後だった。サラ金屋の番号は大体なんとなく覚えていたので、知らない番号、しかも固定電話からのその電話は派遣会社のものか何かだと思い咄嗟に出てしまった。
「おう、前田、久しぶり!」
電話の主は以前アルバイトしていた実家(と近所の例のボロアパート)の近くのアダルトショップの店長だった。
「今って暇か? 仕事何してんの?」
暇でしかなかった。しっかり無職になったタイミングである。
「バイトで雇った大学生が2人とも飛んでもうたんやけど、戻ってこん?」
人生というのは上手くできているもので、死なない程度のところで丁度良い話がぽっと湧いてくるものらしい。渡りに船であった。
「このままやとずっとワンオペなんや、頼む!」
頼まれなくても飛び込む心積もりだった。
「今もワンオペなんですか?」
尋ねると、げんなりしたような声で店長は答えた。
「今日飛んだんや」
「今から行きましょうか?」
「えっ?」
どうせ暇でしょうがないのだ。飲んだくれ手こたつで寝て風邪を引くくらいなら、人助けがてら日銭を稼いだ方がマシだろう。
「ええんか? ほんまに?」
さすがに店長も今の今から入れと言うつもりは毛頭なかったようだが、深く考えない僕は既にこたつを出てしまった。
「10分以内に行きますわ」
缶チューハイ1本で飲酒運転云々はもはやこの期に至っては許していただきたい。電話を切るや否や靴下と靴を履いて自転車に飛び乗った僕は、ふらふらとあのアダルトショップに向かった。
奈良のアダルトショップを辞めて10日余り。2017年は八尾の久宝寺のアダルトショップに出戻りという急展開と共に年を明けた。