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雨の日の記憶(9)~ハルの気持ち~

あとがきに謝罪と更新が遅れた理由(言い訳)を綴っています。

読まなくても構わないですが、気が向いたら……どうぞ(^_^;)

 喜助は後悔していた。

 なぜハルの言う通り、外出することを避けなかったのか。そのまま言うことを聞いていればこうして「彼等」に捉まることもなかったはずであった。

 いや、もしかしたらそれを見越した上での「忠告」だったのかもしれない。

 まさかとは思うが、これが偶然であるとは到底思えなかった。

 ハルの言葉を無視したことは喜助にとって飼い主の言いつけを破る行為であったが、それ以上に猫又征四郎へ対する抵抗の表れであったと言った方が正しかったかもしれない。

 「外へ出るな」という言葉は飼い主であるハルからの言葉ではなく、征四郎に従った言葉であると喜助は捉えていた。だからこそその言葉に従うということは征四郎を認めたことになってしまう。喜助はそれが最も苦痛であった。自分にとって最大の好敵手である相手の言う事を聞く義理はない。

 その言葉の裏にどんな意味が隠されていようとも、喜助はハルの言うことしか、自分が唯一認めた、愛した飼い主の命令にしか絶対服従しないということを貫こうと思っていたのだ。

 しかしそれも結局は矛盾した行為になる。

 忠告の出所が征四郎であったとしても、それをハルが口にしたことで飼い主の命令となる。

 そこにどんな意味が、意図が、含みがあろうともそれが覆ることはない。

 喜助はそれに逆らったのだ。

 だからこそ、これは報いかもしれない。

 愛するハルの言葉に従わなかった、これが喜助に対する罰なのだ。


 ハルが征四郎に忠告されたその日から、喜助は外出することを禁じられてしまった。

 厳密に言えば喜助一匹で家から出ることを禁止されていた。ハルと一緒にいる時ならば一緒に家の外まで出歩くことも出来たが、基本自由を好む猫にとって飼い主の監視付き、しかも出歩く距離が限定されてしまうとなると非常に窮屈な生活と言わざるを得なかった。

 ハルも暇ではない。四六時中喜助と一緒にいるわけでも、片時も目を離さないというわけには当然いかず、どうしてもハルが喜助の側を離れなければいけない時は、喜助の首輪に細い紐を付けて家の縁側にある柱に括り付けておいた。

 晴れの日ならば縁側で日向ぼっこが出来る。縁側を下りた側には喜助専用のトイレがこしらえてある。ハルが面倒を見られない時の為にわざわざ準備したものである。継母が特に気に咎めていた猫の糞尿の処理、これだけはどうしても継母を煩わせるわけにはいかない。ただでさえ未だに喜助の存在を否定してる継母だ。

 これを理由に喜助を家から追い出しかねないと思ったハルは、次男に相談し、簡易的ではあるが喜助専用のトイレを作ったのである。とはいっても凝った造りではなく、ただ単に縁側の側に底が浅いボールがひとつきり。その中には砂をたくさん入れてあるだけだ。数日放ったらかしにするわけではないので、ハルが帰宅した時にこのボールの中に喜助が用を足した物をハルが毎日片付けるのだ。

 喜助の面倒は自分が見ると言った。その言葉を違えることなく、ハルは喜助の餌やりも糞尿の後始末もきちんと愛情持ってこなしてきたのだ。


「ごめんね喜助、こんなトイレで。お前も色々不満があると思うけど、我慢してね」


 ハルは喜助に謝り、いつものように優しく頭を撫でる。

 喜助にかかればトイレの場所などいくらでも確保出来るのだが、こう紐で拘束されては行動範囲が限られてしまう。確かにこのトイレはない、と喜助は思った。

 ぶくぶくと肥えた喜助の体にこのボールは心許ない広さである。これでは用を足した後にちょっと砂を掻き出しただけでボールの外に砂を散らす結果になるのは、喜助の目から見ても明らかであった。

 これも継母の手を焼く必要のないようにと作ったものであろうとわかってはいたのだが、これでは砂を掻き出す喜助自身もかなり気を使わなければならない程だった。

 これはこれでハルが喜助の為に思って作ったものなんだと無理矢理納得させ、甘えた声で鳴いてみせたが、自分でもどこか虚しい声に聞こえたのはきっと気のせいではない。

 一匹で歩き回るという自由が無くなっただけで、こんなにも不便な出来事が増えてしまう。それならいっそ征四郎の言うことなんて聞かなければいいのにと喜助は思ったが、ハルに言葉が通じない時点でそれを伝える術はなかった。

 とにかくハルの為にも我慢するしかない。

 最初はそんな風に思えた。

 しかしそんな思いは数日経たない内にすぐさま消えてなくなってしまった。


 そもそも理由がいまひとつよくわからない。

 今までずっと自由に過ごして来たのに、ぱっと出てきた人間の男の言葉一つでどうして自由を奪われなければいけないのか?

 その理由をきちんと説明し、納得いくようなものであったなら喜助も理解し、大人しく従っていたかもしれない。

 しかし実際はどうだろう。

 意味深な言葉を言われただけで、その具体的な理由は何もわかってはいない。

 ただわけもわからず自由を奪われ、行動範囲を制限され、外界から閉ざされたような気分を味わっているだけだ。

 

 やがて喜助の胸の奥底からふつふつとした怒りが湧いて来た。

 むかむかとやるせない怒りに、喜助の気性は荒くなる。やがてその怒りはハルの家でお手伝いをしている者達にまで及んだりした。実際に怪我をさせることはなかったが、喜助に何もしていないのに威嚇したり、引っ掻く素振りを見せたりしたおかげで、お手伝いの者達が喜助を怖がるようになってしまった。

 その凶暴さに継母がヒステリーを起こしたりしたが、それ以上の粗相をしたわけじゃないのですぐさまハルの父親や次男に宥められ、その場を収めることは出来たが、ハルだけはそうはいかなかった。

 外出出来ないことによほどストレスが溜まっているんだろうと思ったハルは、その日から喜助の側にいる時間が増えたりした。

 それでも根本的な解決には至らない。

 ハルの口から征四郎の名が飛び出す度に、喜助はハルであろうと容赦なく不機嫌な態度を取るようになってしまった。

 

(一体どっちが大切なんだ? 征四郎か、オレか。オレが大切ならこんな紐、取ってくれよ! オレは外を出歩きたいんだ! 前みたいに自由に歩き回りたいんだよ。ハルは知らないかもしれないけど、オレにだって友達はいる。悪友ばかりだけど、適当な会話をしたり一緒に昼寝したり、近所にいたずらして遊んだり。オレにだって猫同士の付き合いってもんがあるんだ。だからお願いだよ、ハル。あんな奴の言う事なんて聞いてないで、オレからこの紐を取ってくれよ)


 しかし喜助の思いとは裏腹にハルが喜助一匹を自由にすることはなかった。

 ハルもまた辛かったのだ。日に日に喜助が不機嫌になっていくのは飼い主としてずっと見て来たハルにだってよくわかっていた。それでも征四郎に言われた言葉が頭から離れずにいたのだ。

 喜助同様に言葉の全てを理解したわけじゃない。核心を語ることなく、どこか遠回しに話していた征四郎の言葉の半分も理解していなかったのだろう。それでもハルにはある光景が目に浮かぶようだった。

 もし喜助が自動車に轢かれてしまったらどうしよう。

 無機質な物体が無情にも愛する飼い猫を轢いてしまったら。

 ゴムで出来た素材で、ハルも触れたことがあるが思っていた以上に固かったあのタイヤ。地面の上を走るあのタイヤに喜助が巻き込まれてしまったら、それはどれだけ無残な光景なんだろうと。

 想像しただけでも恐ろしかった。それを征四郎から教わったような気がした。最悪の事態を招く前に飼い主がそれを事前に阻止しなければいけない。それが出来るのはハルだけなんだと思った。

 そして皮肉にも征四郎からそれを教わってから、ハルはこれまでに何度か自動車に撥ねられた動物の死骸を目にするようになった。その殆どは野良猫で、悠々と道を歩いていた猫が猛スピードで走る車に轢かれ、死んでいる姿が大半だった。

 ある猫は車にぶつかった衝撃で体が弾んで道の端に転がっていた。

 ある猫は車のタイヤに踏みつぶされ、かろうじて猫だと判別出来る程度にぐちゃぐちゃになっていた。

 そんな事故が車の普及と共に後を絶えず、死体を片付ける市役所の職員はうんざりしていると誰かが話しているのを聞いた。

 

 そう、これは喜助の為なんだ。

 ハルはそう自分に言い聞かせ、少しでも喜助の機嫌を取るようにと、更に甘やかして育てるようになってしまった。

 しかしそんなハルの思いとは裏腹に甘やかされている喜助は更に増長し、ハルに牙をむく行為こそしないが少しずつ言いつけを破るようになっていた。喜助自身ハルに忠実でありたいと思う気持ちがまだ残っているのか、ほんのささいな抵抗のつもりでわざとハルに怒られるようなことをやり始める。

 最初は用意された餌を決まった時間に食べずに残し、後になって台所で食べ物を拝借して困らせてやろうかと実践したが、喜助は自分の首輪から伸びる紐が縁側の柱に括り付けられたであることをすっかり失念しており、結局夕食の時間までひもじく鳴く羽目になってしまったのは言うまでもない。

 これまでハルの言いつけ通りに生活してきた喜助にとって、ハルの定めたルールに逆らうことが思っていた以上に困難であることを今頃になって悟る。しかし喜助は諦めなかった。先程の作戦は浅慮過ぎた。せめてこの紐が届く範囲で出来る抵抗を示さなくてはいけない。そう考えた喜助が取った行動はやはりトイレの中で用を足さず、わざと縁側の周囲あちこちに糞をばらまく程度しか思い付かなかった。

 猫の糞が縁側周辺に散らばっているのを先に発見したのは家のお手伝いさんである。ほぼ悲鳴に近い声を上げるや否や真っ先に縁側へやって来たのは継母だった。継母もまた奇声を発するとお手伝いさんの手に持っていた箒を取り上げ、喜助を殴りにかかる。

 紐の範囲は限られていたが、重たい体を揺らしながら継母の攻撃を回避する喜助。激昂した継母がこれでは埒が明かないと喜助の首輪に付いた紐を掴み取り、それをぐいぐい手繰り寄せてあっさりと喜助を捕獲した。

 さすがの喜助も自由を奪われた状態では成す術がない。継母の怒りに狂った般若のような顔が間近に迫り、恐怖におののいた喜助が断末魔のような鳴き声を上げた時、ハルが駆け寄り継母から喜助を救出した。

 縁側に散らばった喜助の糞を指さし怒鳴り散らす継母にハルは始終平謝りしている。そんな飼い主の姿を見てさすがにこれはやり過ぎてしまったかもしれないと反省の色を見せる喜助。結果的に喜助は自由を取り戻すどころかハルの信用度を格下げしてしまっただけに終わった。

 ハルを困らせたところで自由を得られるわけではない。そんなことは最初からわかっていたはずなのに、やるせない怒り、不平不満、征四郎への嫉妬、それらが喜助の心を一杯に満たし、冷静な判断を下すことが出来なくなっていたようだ。

 ようやく落ち着きを取り戻した喜助は、縁側に散らかした喜助の糞を懸命に後処理したハルを見やる。その顔からはいつもの屈託のない笑みが消え失せ、どこか悲しみの色を浮かべていた。

 そんなハルの沈痛な面持ちに胸が痛んだ喜助はその場から逃げ出したくなった。しかし紐によって行動範囲を制限された喜助がハルから逃げることは敵わない。ただただハルの方を見ないように、視界に入らないように背を向けるだけだった。

 その間にもハルが鼻をすする音が聞こえてきた。

 ――泣いている?

 自分が泣かせてしまった。

 それに気付いた途端、喜助の胸に激痛が走る。

 いたたまれない気持ちに襲われた喜助は、紐を食いちぎってでもその場から逃げ出したかった。

 しかしそんなことをしてもハルを更に悲しませるだけだ。

 ハルは自分を必要としてくれているはずなのだから。

 喜助だってハルがいなければ生きてる価値もない。

 この命はハルからもらった大切な生命なのだから。

 やがて喜助は逃げ出そうとする気持ちを捨て去った。

 申し訳なさそうにゆっくり後ろを振り向くと、月の光を浴びたハルがこちらを見て優しく微笑んでいる。

 少し泣き腫らした瞳がやけに痛々しかった。

 ハルはゆっくりと両手を広げ、喜助を迎える。抱っこを求めている。

 あんな酷いことをした喜助のことを抱き留めようと、ハルは両手を広げて笑っている。

 いつもの優しい微笑、喜助が大好きな笑み、とてもとても大切なハルの両腕の中へと喜助は歩み寄った。

 少し震えた声で鳴く。

 殆ど涙声に近い声で鳴きながら、喜助は精一杯ハルに謝った。

 ごめんなさい。

 ごめんなさい。

 そんな喜助をハルは優しく抱き締め、頭を、背中を撫でる。

 耳元では囁くようなか細い声でハルが「喜助」と名を呼んだ。

 そして消え入るような小さな声で、最後にこう言ったような気がした。


「ごめんね、……喜助」


   

 

 

かなり更新が遅くなって申し訳ありませんでした。

ここから先は見苦しい言い訳です(笑)


実はこの話をパソコンで書いていた時、突然エラーになってしまい、保存どころかバックアップもとっていなかったので、全文失う羽目になってしまったのです!

そしてまた最初から書き直すことに……(´;ω;`)

まぁ全文書き直す前に、あまりのショックにしばらく執筆する気力を完全に失ってしまって放心状態。そのまま数カ月が過ぎる結果となったのです。


とりあえずこうして無事に書き上げることが出来たので、即日更新と相成りました。前回からかなり日数が経ってしまってるので、この話の内容どころかこの作品自体忘れ去られていないことを切に願っております(笑)


本当にお待たせしました!

そしてごめんなさいm(_ _)m


今後もよろしくお願いいたします!



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