雨の日の記憶(4)~名もなき英雄~
ざぁざぁと音を立て降り続ける雨。道端に置かれたダンボール箱の周辺をカラス達が仕切りに騒いでいる。耳障りな鳴き声を上げながら飛んだりダンボール箱の中にあるものを突いたりを繰り返していた。
そんな時数匹の猫を引き連れた貫禄ある風体の野良猫がカラス目がけて飛びかかる。ダンボール箱の中身に夢中になっていたカラスは突然の襲撃に更なる声を上げながら、襲いかかって来た猫達に狙いを変えた。
しかしそこに現れた猫はこの一帯をナワバリとして牛耳っているボス猫だと悟ると、カラス達は捨て台詞さながらに鳴き声を上げ空高く飛んで行った。カラス達は民家の屋根の上でボス猫達が去るのを、距離を置いて様子を窺うという選択肢を取ったようだ。
ボス猫はカラス達に傷一つ付けられる所か激戦を繰り広げることなく勝利すると、すぐさま視線はカラスからダンボール箱へと移る。従属するように従っていた一匹の猫が、カラスの反応に目をくれることなくダンボール箱へと近付き中を覗いた。
するとそこには先程のカラス達に突かれ、体のあちこちの肉を食いちぎられた三毛猫の死骸が横たわっている。カラスに襲われ死んだのか、それともそれ以前から既に死んでいたのか。どちらかそれはわからないが、少なくとも最近自分達のナワバリの中に捨てられた捨て猫の内、「もう一匹」が今目の前で死んでいることを確認する。
『ボス、こいつはもう駄目だ。オレ達の忠告を無視しないで、そのままこの中でくたばったみたいです』
同情する含みもなく、吐き捨てるように手下の猫がそう言うとボス猫は何の情を示すことなく淡々と返した。
『ふん、そいつはただのクズ猫だったってわけか。少なくともオレ達の忠告を無視して餌を探し回っていたあの黒猫の方がまだ骨があったってわけだな。大人しくオレの言うことに従っておけば、生かしてやったものを……』
ボス猫は数日前の黒猫の奮闘を思い返す。空腹と体力を削られた状態で食い扶持を探し回っていた黒猫。最初は威嚇のつもりで黒猫の右目を奪ってやったが、忠告をした後は容赦することはなかった。
ボス猫は黒猫を試すかのように条件を出した。一緒に捨てられた猫を殺してその死体を持ってくれば、黒猫だけなら無条件でボス猫の手下にしてやってもいいと。
しかし黒猫はあっさりその条件を蹴り、こともあろうかボス猫に戦いを挑んだのだ。
当然勝敗は見えていた。弱った黒猫がこの辺一帯を支配するボス猫に敵うはずもない。黒猫は無残にも返り討ちに遭い、そのまま帰らぬ者となった。雌雄を決した場所は河原、黒猫は殺された後に川に投げ捨てられたのだ。
ダンボール箱に捨てられた猫を発見してから数日、黒猫が戻らないことを訝しんで何か行動でも起こしているかもしれないと思ったボス猫は、残された捨て猫の様子を見に来たという次第であった。
しかし結果はあまりにあっけなく、制裁を下すまでもなかったと悟ったボス猫は今頃になって黒猫を殺したのは少々勿体なかったかもしれないと、ほんの少しだけ後悔の色を示した時。
ダンボール箱を覗き込んでいた手下の一匹が何やら叫んだ。
『待ってください、中にまだもう一匹いますぜ!』
その声にボス猫はあまり気乗りしない様子でのしのしとダンボール箱に歩み寄って、中を覗いた。するとカラスに肉を突かれ血だらけになっている三毛猫の死骸の下から、もう一匹――毛色の異なる子猫の存在を確認する。
ぴくりとも動かなかったのでその子猫も死んでいるのかと思いきや、雨の音で聞き逃しかけたが確かにか弱い鳴き声がしたので、死骸の下にいた子猫はまだ生きているのだと発覚した。
ボス猫達の存在に気付いたのかそうでないのか、彼等にはわからないが子猫は自分以外の存在。竦むような鳴き声を上げる恐ろしいカラスとは違う別の存在を感じ取って、それまで動きのなかった前足が微かに動き、辺りを探るように弱々しく湿ったダンボール箱を掻いていた。
その様子を見た手下の一匹が囁くような小さな声でぽつりと呟く。
『この三毛猫、もしかしてこの子猫をかばって死んだんじゃ……?』
そんな何でもない一言にボス猫の興味は、一心に子猫へとそそがれた。ボス猫は必死に、しかし弱々しくもがく子猫の「生きよう」とする姿に感化されたのか。このままダンボール箱の中に残された三毛猫の死骸などは放置し、カラス共にくれてやるつもりでいたボス猫が、突然手下達に思いも寄らない指示を出した。
『その三毛猫の死骸を河原まで運んでやれ』
ボス猫の言葉に手下達は一瞬耳を疑った。元々制裁を下すつもりでここまで様子を見に来たはずなのに、ましてや自分達のナワバリの中に捨てられた猫如きに情をかける筋合いもない。手下達は一匹残らず全員が、捨て猫をこのまま放置するものだと思っていたのだ。
自分達が想像もしなかった命令を下され、行動が遅れてしまった手下達にボス猫が先程より少しばかり苛立ちを込めた物言いで再度告げた。
『どうせならこいつの兄弟猫ともいえる黒猫の、奴を葬った河原まで運んでやるんだ。聞こえなかったのか!?』
ドスのきいた声でそう命令すると手下達は慌てて三毛猫の死骸を数匹がくわえて、ダンボール箱の中から連れ出した。ずるずると引きずるように河原へ向かって運ぶ中、残りの手下がボス猫の指示を仰ぐ。
『ボス、こいつはどうします?』
ダンボール箱の中でうつ伏せになっている灰色の子猫。雨を凌ぐ役割をしていた三毛猫が運び出された為に、子猫は遮るものを失って直接雨に打たれる形となっていた。ボス猫は上から見下ろすように弱っている子猫を眇める。
『オレ達に子猫を養う程の余裕はねぇ。このまま一思いに殺してやった方がこいつの為になるかもしれねぇが、それじゃあこいつを命かけて守ろうと戦ったあいつらの恨みを買っちまう』
ボス猫の言ってる事を理解してるのかしてないのか、手下達はただただボス猫の指示を待つだけで、ダンボール箱の中にいる子猫とそれを見つめるボス猫を交互に眺めるだけだった。
『あいつらが命張って守ろうとしたこいつの運に賭けてみようじゃねぇか。それこそ酷な選択かもしれねぇが、元々オレ達の助けを求めるわけでもなく、自分達で生きようとあがいてきた連中の形見だ。ここで死んじまえばそれまでのこと。だがな……』
ボス猫はそれ以上の言葉を口にすることなく、言いかけた言葉をそのまま飲み込んだ。
今は亡き黒猫や三毛猫の生き様を、結局は想像でしかないかもしれないがボス猫は脳裏に思い描いてみた。どんな運命でこんな場所へ捨てられたか知れないが、それでも彼等は彼等なりに必死に生にしがみつこうと生きて来た。
ナワバリから退けようと威嚇しても決して怯まず応戦し、負傷してもなお三毛猫や子猫の為に自ら危険を顧みず、ボス猫の忠告を無視してまで餌を探しにダンボール箱の外へ出て行った黒猫。案の定ボス猫による制裁で死に追いやってしまったが、それでも黒猫は自らの信念を曲げることなく最後まで戦い、そして散って行った。
三毛猫に対しても今では黒猫同様にその生き様を見届けたことで、三毛猫なりの信念を見た気がした。子猫よりはまだ体力があった為にその気になれば子猫を見捨て、自分だけ安全な場所へと逃げることも可能だったろう。もしかしたらボス猫の忠告に怯え、ダンボール箱から出て行く勇気すらない臆病者だったかもしれない。
しかし三毛猫のなれの果てを見た限り、ただの臆病者には見えなかった。そこにはか弱い小さな命を自分の体を使って必死に守ろうとした姿が鮮明に映し出されているように、ボス猫の目にはそう映ったのだ。
そうまでして二匹が守ろうとした命にボス猫は興味が沸いた。この子猫には何かがあるかもしれない。それは単なる思い過ごしかもしれないが、自分の勘を信じてみたくなった。
『名もなき英雄へ、せめてもの手向けだ。こいつに手を出すことはこのオレが許さねぇ、いいな』
それだけ言い残すとボス猫はそれ以上取り残された子猫に一瞥もくれることなく、背を向きこの場を後にした。やっと下された命令に手下達は呆気に取られながらもボス猫に黙ってついて行く。何度もダンボール箱へ視線を送りながら、後ろ髪引かれるようにボス猫同様この場を去る手下達。
たった一匹残された子猫は雨の中、必死で生きようとあがいていた。
もはや体力は殆ど残っておらず呼吸するだけで精一杯、前足を動かすことすら今はもうままならなくなっている。それでも子猫は微かに瞳を開け、鳴いた。
名前も知らない。
本当はどこの誰なのかもわからない。
だけど彼等から確かな絆を子猫は感じていた。
必死に生きようとする姿を子猫に示した黒猫と三毛猫。
彼等の姿をぼんやりとしか確認出来なかったが、それでも彼等の思いは十分子猫に伝わっていた。
子猫ながらに彼等の生き様をその身に感じて、それをきちんと受け止めようと思った。
――いきなくちゃ。
だけどどうしたらいいのか、子猫にはわからない。
ほんのちょっとだけでもいい。
少しでも長く、彼等が望んだ通りに生き続けなくちゃいけない。
子猫はただただ眠気に負けないように、必死になって両目を開ける努力をした。
少しでも寒さを凌げるように本能的に体を丸めて、体温が外に逃げないように工夫してみた。
寒さと、空腹と、襲って来る睡魔と戦いながら子猫は彼等の思いに応えようと必死になって生き続けた。
いつまで続くかわからぬ雨に打たれながら、……ずっと。
更新が遅くなって申し訳ありませんでした。
そしてここまで読んでくださってありがとうございます。
今後も更新は遅れるかと思いますが、完結目指して執筆活動は続けますのでどうぞ見捨てないでやってください。よろしくお願いいたします~!m(_ _)m




