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猫又と色情狂  作者: 遠堂 沙弥


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君彦の暴言

 君彦と猫又が駆け足で学校の校門前まで向かっていると、ちょうど校門に入ろうとしていた響子と出会でくわした。相変わらず響子にはべったりとまとわり付くように、花魁風の色情霊が取り憑いている。ちょうどその時、色情霊の力によって惑わされた男子生徒がラブレターを渡そうと、響子に近付いた瞬間に殴り飛ばされる場面を目撃してしまう。

 しかしそれでも響子に猛アタックを仕掛けてくる男子生徒は後を絶たない様子で、他に四~五人程が響子に向かっていたので君彦は慌てて響子の側に駆け寄ると、挨拶を交わしながら響子の肩に手を触れた。


「おはよう、志岐城さん!」


 君彦が響子に触れた瞬間に、取り憑いていた色情霊が表情を歪めながら君彦を睨み付けるとそのまま空高く舞い上がるように響子から離れて行った。響子には未だに鏡などの媒体を通さなければ色情霊の姿をその目に映すことが出来なかったが、君彦に肩を叩かれた瞬間に全身の重だるさが消え失せたので色情霊が自分から離れて行ったことを暗黙に悟ったようだ。

 浮遊霊であるカナの姿が見えるのに色情霊の姿だけが見えないということに、君彦は少しばかり疑問に思っていた。何の違いがあるかよくわかっているわけではなかったので、いつか猫又に聞こうとしてそのままずっと忘れていたことを思い出すが、しかしそのようなことを今ここで……しかも急がなければ遅刻するかもしれない状況で猫又に問いただす暇がないと察して、また機会がある時にでも聞こうと君彦はこの場で疑問を口にすることをやめた。

 君彦が色情霊を一時的に追い払ったことによって、魅了されていた男子生徒達は正気に戻ったようである。まるで催眠術にでもかかって、今さっき術が解けたような惚けた表情で周囲を見渡すと、それぞれ首を傾げながら校舎へと歩いて行った。ようやく鬱陶しい男達から解放された響子は、挨拶してきた君彦の方を振り返り、はにかんだ。

 

「お、おはよう……」


 少しぎこちなく、だけれど素直に。大声を張り上げるでもなく、振り返り様に殴り飛ばすわけでもなく、響子は君彦に向かって手を上げずに挨拶を返してきたのだ。響子に出会ってから恐らくこれが初めてであろう、攻撃を受けることなく普通に挨拶を交わせたことに心から感動した君彦は、少し目を潤ませながら嬉しそうに微笑んだ。

 そんな君彦の態度がとても大袈裟に映った響子は顔を真っ赤にさせると、突然いつもの素直になれない響子へと戻ってしまう。


「あのね! 勘違いしないでよね、これはあんたが『友達』だから普通に挨拶しただけなんだから! どうしようもない屑の『男』からほんのちょびっとだけ格上げしてやっただけなんだからね、ほんのちょびーっとだけよ!?」

 

 そう言って響子は親指と人差し指がくっつくかくっつかない位、ほんの一ミリ程度の隙間を空けて君彦にわかりやすくジェスチャーで説明しているつもりだった。あまりに小さな隙間しかない為、君彦は苦笑いを浮かべてよくわからない納得をする。


「そ……そっか、あんまり大差ないんだね……今までと。あ、でも一応友達として接してくれてるんだから、そこは感謝しなくちゃね。これでオレも志岐城さんの正式な友達になれたってことだし」


 屈託の無い笑顔ではっきりそう告げると、更に響子は恥ずかしさの余り真っ直ぐに君彦を見ることが出来ず、視線を下に背けた先に猫又がいたので急に不機嫌な顔つきに早変わりした。


「なんだ、今日は一緒にいるのね……そいつと」


『誰がそいつだ! お前に有り難い力を授けてやった大恩人に向かって失礼だろうが!』


 二本足で立ち上がり、前足をぶんぶん振り回しながら反論する猫又に響子は胸の奥がむかついた。瞬時に猫又の首根っこを掴まえるとぶよぶよにたるんだ皮が伸び切って、猫又は皮のツッパリ感とわずかな痛みで全身金縛りに遭ったかのように硬直した。首根っこはつい先程も涼子に鷲掴みにされて、まだジンジンしていた所である。

 猫又の恩着せがましい言葉と態度に響子もまた激昂して言い返す。


「誰が大恩人よ! あたしがいつあんたにこんな力が欲しいって頼んだってのよ! お陰で鏡を見る度に不気味な女が背後に写って恐ろしいったらないわよ、色情霊だけじゃないわ!? 他の幽霊だってたまに見えるようになってんだからどうしてくれるのよ!」


 放っておいたら取っ組み合いの喧嘩にまで発展するのではないかと不安になった君彦が、猫又と響子の仲裁に入る。人間対猫の仲裁に入るという経験、一体どれだけの人間がするんだろう。


「まぁまぁ猫又も志岐城さんも落ち着いて! その話はまた後でゆっくりしたらいいじゃないか、それより早く教室に行かないと遅刻になっちゃうよ!」


 君彦の言葉に猫又は不服だったのか、シャーッと威嚇して口喧嘩の続きをしようと万全であったが響子の方は割と素直に君彦の言う事を聞いて、猫又を掴んでいた手を放した。あまりに素直過ぎるので猫又は背筋が凍るような思いがして、まるで汚らしい物体でも見るような目付きで響子を睨めつけた。

 当然猫又が気味悪がっている様子に気付いていた響子であったが、再戦はまた今度ということで無視しておく。一行が校舎へ向かう途中、君彦はいつものように響子を昼休みに屋上で弁当を食べようと約束を取り付けておいた。




 君彦が教室に入ると近くの席である黒依が可愛らしい声で挨拶の言葉をかけてきたので、君彦は相変わらずのにやけ顔で話しかけた。そんな君彦のいつも通りの反応に半ば呆れ返っている猫又は、もう一つ空いてる席に視線を送る。そこは犬塚慶尚の席であり、教室中見渡しても姿が見えないのでまだ来てないか、別の場所にいるか、はたまた休みなのかはわからない。どのみち慶尚に付き従うように犬神も学校へ来るだろうから、このまま慶尚が休みであった方がいくらか気分が楽になれると猫又は考えていた。

 そもそも慶尚は常日頃から犬神を連れ回しているわけではなく、必要でない時は屋外で自由にさせてるか姿そのものを消して、慶尚の呼び声と共に現れるようになっている。しかし猫又にとっては犬神の姿が見える見えないの問題ではなく、慶尚自身に犬神の『臭い』が染み付いていて気分を害するから極力近寄りたくなかったのである。

 そうは言っても猫又自身の神通力が極端に弱まっている今では、君彦の身の安全を確保する為に慶尚と犬神を利用しなくてはならない。君彦の祖父である征四郎からも、何かあった時の為に常に君彦と慶尚は共に過ごすようにしろと言われていた。

 だがしかしこの言葉に猫又は鼻で笑いそうになった、猫又が犬神のことを毛嫌いしているだけじゃない。君彦もまた慶尚に対して相性の悪さを遺憾なく発揮してるのだ。傍から見ていればすぐにわかる、誰に対しても温厚に振舞う君彦が慶尚に対してのみあからさまな拒絶反応を示していたのだ。あれは明らかに慶尚との相性の悪さを表しているといっても過言ではない。

 だからこそいくら猫又が遠回しに慶尚と密接な隣人関係を築かせてやろうとしても、きっと君彦の方から拒絶するだろうことは目に見えていた。しかし面倒臭いがするしかない、今の猫又に凶悪な物の怪を退ける力はないのだ。

 猫又がしばらくの間慶尚の席を見つめていたことに気付いた君彦が、それまで黒依と楽しそうに喋って満面に浮かべていた笑みが一瞬にして消え失せ、言葉を喪失させる。じっと慶尚の席を見つめていると黒依もまたそれに気付き、話しかけてきた。


「犬塚クンならまだ来てないよ、そういえば君彦クンって犬塚クンと家が隣同士なのに一緒に登校して来なかったの?」


 悪気も何もなく黒依が笑顔でそう訊ねると君彦は驚愕と共に嫌悪感すら浮かべた表情で振り返ると、両手を振ってその事実だけは絶対に実現することはないということを、力一杯に説明した。


「しないしない! 何でオレがあんな奴と仲良く登校しなくちゃいけないんだよ、冗談じゃない! あんな無愛想な奴と肩を並べて歩いていたら、こっちまで無愛想なのが伝染っちゃうって!」


 圧倒的な否定に黒依は首を傾げながら、事も無げに言い放つ。


「確かにあまり感情の起伏とかがないけど……、結構面白い人だよね犬塚クンって」


 慶尚に対する黒依の意外な好評価に君彦は、まるで死刑宣告を受けたかのようにとても衝撃的な顔付きになると、慌てて黒依に理由を聞いた。一体あの無愛想で無礼な男の、どこをどう取ったら「面白い人」になるのか君彦には非常に理解不能だった様子である。

 あまりの慌てぶりに足元に居た猫又はまたいつもの病気が始まったと言わんばかりの呆れた表情になりながら、大きな欠伸をかいていた。君彦があんまり必死に理由を聞きたがるので、黒依は人差し指を口元に押し当てながら焦らすようになかなか話そうとしない。そんな黒依の勿体ぶった態度ですら、君彦は全く気にならない様子である。

 

「君彦クンも変なことが気になるんだね、どこからどう見ても面白い人なのに」


「だから~、一体アレのどこが面白い人になってしまうのかその経緯を知りたいというかなんというかね?」


 ねだるように続きを促す君彦の背後から、低く一本調子な声が聞こえてきた。


「このオレの面白さを理解出来ない様な面白味のない奴には、説明したって一生理解することは出来ないぞ狐崎」


 その声と台詞を聞いただけで神経を逆撫でされたような不快感が君彦を襲う。明らかに顔を引き攣らせながらゆっくり後ろを振り向くとそこには君彦を見下すような目をした慶尚が、ウドの大木よろしく立っていた。

 慶尚の姿を確認した瞬間に君彦は殆ど本能的と言ってもいいだろう、それ位の素早さで慶尚から距離を離すと当然のように、いきなり邪険に扱う。


「誰が面白味のない奴だ! それはお前のことだろう、この無愛想の陶片木とうへんぼくが! それから黙ったままいきなりオレの背後に立つなよ、ただでさえお前の側にいたら全身鳥肌が立って気分悪いんだからなぁ!」


「ちょっと君彦クン、一体どうしたの!? 今のはちょっと言い過ぎなんじゃないかな」


 君彦のあまりの暴言にさすがの黒依が珍しく仲裁に入った。その言葉に君彦はハッと我に返ると、慶尚に向けていた人差し指を見て怪訝そうな表情になる。まるでその人差し指が自分の指ではないかのような、そんな不思議な感覚に陥っていた。慌てて指を引っ込め、平然と立ち尽くしている慶尚に対して君彦は視線を不自然に逸らしながら小さな声で謝罪する。


「あ、その――悪かった、ちょっと……言い過ぎたかも」


「別に気にしてない」


 奇妙な沈黙が流れた。明らかに言い過ぎた君彦は勿論の事、黒依も慶尚もそのまま誰一人として何も言わないまま時間が過ぎていくと、まるで救いと言わんばかりにチャイムが鳴る。まるで金縛りにでもなっていたかのように沈黙していた三人がようやく口を開く。


「もうすぐ先生来るね、席に戻った方が良いよ君彦クン、犬塚クン」


「あ……あぁ、うん。そうだね黒依ちゃん」


「……」


 黒依の一声に二人は賛同してそれぞれの席へと戻って行った。かくいう猫又はというと特に驚くわけでも呆れるでもなく、ただじっと席に着く君彦を見据えていた。まるで先程の君彦の言動に強く反応したように、どこか含みのある表情で、ただじっと君彦と慶尚を交互に見つめていた。

 



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