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涼子が誘った理由

 奇妙な「人あらざる者」達が集う居酒屋にて、人間である響子は話を聞いてくれるという居酒屋の女主人である涼子に自分のことを話してみようと思っていた。

 今まで身内でさえも本当の意味で心を開いたことがない響子が、なぜ涼子には話せそうな気がしたのか……それは本人にもわからない。 しかし響子の悩みは今まで自分の周囲にいる者達には到底理解出来ないものなのだということを、響子自身無意識に察していたのかもしれなかった。

 それ程に響子の周囲には、響子の現状を理解出来る者がいないのだ。

 

 ――――色情霊。


 その存在について相談出来る者がそこらにいるだろうか。

 そしてその存在を教えた人物に対して、更なる悩みが増えたことも誰に相談すればいいのだろうか。


 霊の存在を理解し、なおかつその人物のことをよく知る者。

 そんな都合の良い人物がいるとは思えず、ずっと心の内に秘めることしか出来なかった響子。

 ようやく相談するに足る人物に響子は会えた。

 だからこそ他の人間とは異なり、容易に心を許せたのかもしれない。

 いや、むしろこれが本来の響子の姿なのかもしれなかった。

 余りに不信になり過ぎて、それで他人に対してなかなか素直になれなかったのかもしれない。 

 何より目の前にいる女性には響子が欲しい物を持っているように見えた。

 憧れの対象といってもいい、そんな思いを響子は感じ取っていたのかもしれない。

 気さくに、裏表もなく響子に接してくれる涼子なら、きっと笑ったりせずに自分の話を聞いてくれるかもしれないと踏んだのだ。

 何より響子はもう自分の心の中に問題を抱え込むことに限界を感じていた。

 今までずっと異性に対したった一人で苦しんで来て、それだけでも十分重荷であったにも関わらず更なる問題が響子の心をかき乱していたのだか無理もない。

 色情霊に苦しめられるようになってから今日まで、響子が異性に対し興味を抱くということは相当な苦痛であったのだから。


 店の奥で猫又達が騒がしく酒を飲んでいる。

 殆ど周囲の物の怪達に無理矢理酒を飲まされて、猫又はそれを制止しようと暴れ回っていると表現した方が妥当かもしれない。

 そんな中、響子は店の端で何から話し始めたらいいか頭の中で整理しながら、ちらちらと涼子の顔色を窺う。

 涼子はなかなか話し出そうとしない響子に対し、嫌な顔一つせずににっこり微笑みながら待っていた。

 本当に聞きたいことをすぐに口に出来ない響子は手始めに、自分に取り憑いている色情霊について訊ねてみる。


「あの……、今はどこかに行ってしまってるけど。 

 あなたはあたしに憑いてる色情霊に関して、何か知りませんか?

 具体的なことを知りたいってわけじゃないけれど、せめてあたしから引き離す方法がわかればと思って。

 あそこにいる猫又は何か知ってそうなんだけどあの性格だし……。

 それにどうせなら自分でどうにかしたいと思って、聞いてみたんだけど……」


 少し不快そうな面持ちで奥にいる猫又の方に視線をやると、響子はすぐまた涼子の方へと視線を戻した。

 響子が言いたいことを察しているのか、涼子は猫又を見つめながら呆れたように微笑んでいる。

 その笑顔は響子の話を笑っているわけではなく、猫又の性格のことを言われて笑っているようだった。

 涼子が猫又の方へ視線を傾けた時、ちょうど猫又は一升瓶を両の前足で抱えながら周囲を威嚇している場面。

 猫又が抱き抱えている酒は猫又が大好物としている「鬼殺し」、それを他の物の怪達に取られまいと奮戦している様子だった。

 すると涼子は視線を響子へ戻し、少し困ったような微笑みを浮かべながら話し出す。


『色情霊か……、確かに以前猫又さんから聞いたことがあったわね。

 ごくごく一般的な悪霊だったなら、猫又さんの力で無理矢理引き離すことは簡単だったんだけど。

 でもお嬢さんに憑いてる色情霊はただの悪霊じゃない、恨みの念が強過ぎるの。

 だからそんな悪霊をお嬢さんから引き離すのはとてもリスクが高いって……。

 もしかしたらお嬢さん自身にもその負担が圧しかかって、最悪……お嬢さんの肉体に影響が出るかもしれないのよ。

 だから猫又さんはお嬢さんから色情霊を無理矢理引き離すことをしなかった。

 ああ見えてね、猫又さんってとても心が優しいの。

 口では悪態付いたり、乱暴者みたいな振る舞いをしてはいるけどね。

 お嬢さんに憑いてる色情霊を祓わなかったことにも、きっとそういった理由があるのよ。

 正直、ウチにはこれ位しか言えないわ……あまり力になれなくてごめんなさいね。

 でもお嬢さんに憑いてる色情霊に関しては、ウチの情報網で何とか調べてみるわ。

 こう見えてこの町に滞在している物の怪達とのネットワークはそれなりに広いから。

 だから色情霊に関する情報は少し時間を貰えないかしら?』


 涼子からそう言われ、結局は早急な解決法がわからなかったものの色情霊に関する話題が終わってしまったことに、響子は虚を突かれて急に落ち付きの無い態度へと変わる。

 こんなに早く話が終わってしまったら、心の準備をするまでもなく君彦に関する話をすぐにでもしなくてはいけなくなる。

 もう少し話を長引かせて、響子の緊張がほぐれてから君彦について話を聞こうと思っていた計画が見事に総崩れとなった。

 そうやって挙動不審に陥ってる響子を余所に、涼子は笑顔の裏で本当のことを隠していることがバレないようにしていた。


(猫又さんが言ってた……。

 彼女に取り憑いてる色情霊は恨みの念が強いだけじゃない、復讐の念も込められているって。

 そんなことを今のお嬢さんに話した所で不安にさせるだけ……。

 実際お嬢さんに取り憑いている色情霊の正体がはっきりとわかっていない以上、本当のことを話すわけにはいかないのよね。

 色情霊の素性、恨みの理由、復讐の本当の対象が何なのか。

 それがちゃんとわからないと彼女に取り憑いた色情霊を祓うことは出来ないわ……。

 猫又さんから色情霊に関して調べて欲しいって言われて、あれから二ヶ月経つけれどまだ詳しく掴めてない。

 もしかしたらこのお嬢さんに取り憑いている色情霊を祓うことは、永遠に不可能なのかも……)


 笑顔を取り繕いながら涼子は猫又に頼まれていたことを思い出していた。

 最初にその依頼をされた時、詳しい事情を知らなかった涼子はあまり乗り気ではなかった。

 強い念を持った悪霊に関わることは自分達に返るかもしれない、居酒屋を経営することで情報が飛び交いやすい涼子は情報屋紛いのことをしてはいるが、涼子が取り扱う情報はごくごく些細なものばかりである。

 単なる物の怪探しであったり、帰る場所を忘れてしまった浮幽霊の墓場探しであったり。

 しかし猫又から依頼されたものはそういった類の依頼とは、全く異なっていた。

 邪念に満ちた悪霊を祓う為、何の犠牲もなく力ずくで祓うにはその悪霊の素性や目的を知り尽くす必要がある。


 その時涼子は少し疑問に思っていた。


 いつもならば町全体に関わるような大きな問題でなければ手を下そうとしない猫又が、今まで一人の少女に取り憑いていただけの色情霊を祓う気になったのか、それがどうも納得いかなかったのだ。

 いくら猫又の本来の気性が優しいものだったとしても、基本的な性格は面倒臭がりで怠惰だったはず。

 にも関わらず猫又が少女に取り憑いた色情霊を祓う気になったことを不思議に思った涼子は、それを猫又自身に訊ねてみたが本当のことは何も明かしてくれなかった。

 そこで涼子は察したのだ。

 猫又が言葉を濁す時、涼子にすら打ち明けないことがある時は決まって一人の人物が大きく関わっていた。

 それは……猫又が守りたい存在、君彦を守る為に他ならないということに気付いたのだ。

 他の物の怪達や浮幽霊のカナから聞いた話をまとめてみて、それがはっきりとわかった。

 猫又が守るべき存在である君彦が、色情霊に取り憑かれている響子を気に掛ける以上、君彦に色情霊による災いが降りかかるかもしれない。

 そう察した猫又は色情霊を放っておくわけにいかなくなったのだ。

 だからこうして涼子に依頼してきたのだろうと理解した。

 全ては君彦を守る為、色情霊から守る為に猫又は響子に降りかかった怨念の塊をどうにかしようと行動に移したというわけである。

 それで疑問が解消された涼子は、全面的に猫又に協力することにした。

 今日こうして色情霊に取り憑かれた響子に出会ったのも何かの縁。

 色情霊に関する情報を少しでも多く手に入れる為に、涼子は人間である響子をこの猫目石に誘ったのだ。

 そうとは知らず響子は、色情霊に関する話題が尽きてしまい、今度は本当の意味で一番聞きたかった君彦に関する話題に突入しなくてはいけなくなり、急に恥ずかしさが増して来ていた。

 顔を真っ赤にしながら次の話題をなかなか口に出せず、もじもじする響子。

 その時、居酒屋の硝子戸が開いて客が一人入って来た。


「涼子さん、いつも猫又がお世話になってます」


 にこやかに入って来たその人物は、店内を一通り見回して一番奥に座っている響子へ来た途端視線を止めた。

 学ラン姿の客に響子は絶句する。

 そういえば涼子やカナが何か言っていた気がした。

 用事が済めばすぐにでもここに君彦がやって来るのだと……。




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