純粋過ぎるのも、かえって罪
猫又が放った言葉に君彦だけではなく響子も少なからず驚いていた、君彦はともかく響子については『霊』に関してはテレビで『本当にあった怖い話』や『怪談モノ』をたまに見るだけという程度の知識なので、全然詳しくないと言っても過言ではない。
かくいう君彦は『霊が見える』と一口に言っても、霊に関して詳しい知識を持っているわけでもなく、ましてや霊に関して調べたりした経験もない。
むしろ『霊が見える』だけにテレビで怖い話や幽霊モノをしていたら、怖くて見ることが出来ないという・・・。
君彦にとってそれはテレビの中での話ではなく、実体験に基づく内容でもあったりするので悪霊に対する恐怖感は『霊が見えない人』に比べたらその上をいった。
もしかしたら響子よりも霊に関する知識は乏しいのかもしれない。
そんな状態の二人に向かって猫又は、響子に取り憑いている色情霊を祓うことが出来ないと言ってるように聞こえて動揺していたのだ。
「ちょっと・・・それどういうことよ!? こいつの話じゃお祓いすればあたしは色情霊から解放されるんじゃないの!? 話が違うじゃない!!」
不安で一杯なんだろうと心配していた君彦は、響子の口調がより一層強くなっているのを聞いて少しだけほっとしていた。
てっきりショックが強くて落ち込まれるかと思っていたのだが、これだけ声を張れるなら君彦が思っている程そんなに傷付いてるわけではなさそうだと思ったのだ。
猫又がテーブルの上に乗ると、左手を舐めて顔を洗う仕草をしながら説明し出す。
『オレ様が見たところ・・・、お前に憑いてる色情霊は相当根強い念を持ってる。 そんな手強い悪霊相手にだぜ? 適当に転がってる霊媒師をぶつけたところで、どうせ時間が経てばすぐに戻って来るだろうってだけの話よ』
「・・・そんなに質の悪い霊なの!? あたしに憑いてる奴って・・・」
響子の顔色が悪くなる、それもそうだろうと君彦は内心思った。
ただでさえ自分が悪霊に取り憑かれていることを知ったばかりなのに、それが普通の霊媒師では歯が立たないと言われてしまう。
やはり不安にならないはずがないのだ、ほんの少しでもほっとした自分にムカッ腹が立った。
『まぁ、大抵の色情霊は自分が取り憑いた相手を犯すモンだからな。 同性の霊ってのもあるかもしれねぇが、それでも取り憑いた相手に被害が及ぶよう周囲に悪意をばら撒くってパターンはオレもそんなに聞いたことがねぇよ。 それだけお前自身か、それとも先祖代々が恨みを買ってるか・・・。 どっちにしろこれだけの念はよっぽどだぜ? だから諦めな、凄腕の霊媒師なんざ稀だ』
再び沈黙が走った。
響子は口をつぐんでうつむいている、ぎゅっとももの上に置いてる両手を握りしめた。
(・・・あたしが異常に異性を刺激していた理由、これだったんだ。 それなら納得いくかもしれない、あたし自身が特に変わった所なんてないし・・・そう考えたらこいつらの言ってることを信じてもいいかもしれない。 あたしがおかしくなったのは、その色情霊っていう悪霊のせい・・・。 そいつのせいであたしの人生は狂わされた・・・! あたしがこんな風になったのも、全部こいつに取り憑かれていたせいだったんだ!)
そう思うと悲しみより怒りの方が増して来る。
しかし原因が分かっても対処法がどうしようもないならお手上げ状態である、―――――――――とその時。
君彦がハッとした顔つきに変わると沈黙を破った。
「・・・方法があるかも!」
君彦の言葉に響子は目の前に座っている男の子の方へと視線を送る。
これまで・・・、色情霊に取り憑かれてからと言うもの響子が異性を真っ直ぐと見つめたことはなかった。
原因がわかったからかもしれない、もしかしたら君彦にだけは色情霊の影響がないからかもしれない。
それでも響子が異性のことを真っ直ぐに見つめたのは、12歳以来だった。
君彦もまた響子の瞳を真っ直ぐと見つめ返して屈託のない笑みを浮かべる、途端に響子は視線を逸らした。
「猫又だよ!」
「は!?」『はぁっ!?』
またも二人の声がハモる、もしかしたら二人は意外にも息が合うのかもしれない。
そんな二人の奇妙な反応に臆することなく、君彦は突破口を見つけた喜びに自然と声が弾んだ。
「ほら、さっき志岐城さんに猫又をくっつけたら色情霊の誘惑効果が相殺されたじゃないか! それなら色情霊を祓うことが出来る霊媒師を見つけるまでの間は、志岐城さんの側に常に猫又を常備させれば色情霊の力を弱めることが出来るんじゃないかな!?」
『お前な、オレのことを装備品か何かと勘違いしてねぇか!?』
「あたしにこの猫飼えって言うわけ!? 言っておくけど保護者が猫アレルギーな上に、あたしのマンションはペット禁止なんだけど! ・・・あ、こいつ他の人には見えないんだっけ?」
しかし他に方法がない、君彦は二人の文句には耳を貸さずに何とか押し通そうとする。
「今まで志岐城さんが色情霊のせいでどんな目に遭って来たのか、オレには想像するしか出来ないけど・・・。 男性不信に陥る位ヒドイ目に遭ってるってのはわかったつもりだよ。 それならせめてほんの少しでも、どんなに小さくても試してみる価値はあると思うんだ!」
『お前・・・、ひょっとしてさり気なく厄介払いしようとしてねぇか!?』
猫又が疑わしそうに君彦を睨みつける、しかしこの屈託のない笑顔と確信した強い眼差しは裏も何もない・・・。
本音から響子のことを案じて、そして提案しているんだと猫又は察した。
『わかった・・・、お前の言いたいことはよ~~くわかったけどな! 残念だけどそれも無理だ、オレはお前に取り憑いてんだぜ?
他の奴に取り憑こうモンならそれは二重契約と一緒になっちまう、だから駄目なの』
君彦が猫又の目と鼻の先まで詰め寄って反論した。
「何だよその二重契約ってのは!? 言っとくがオレはお前に取り憑いて欲しいなんて頼んだ覚えはないぞ!?」
『霊界の何たるかも知らないド素人がオレに反論か? お前に覚えがなくても、オレはお前に取り憑くようになってんの! とにかく! オレが四六時中この姉ちゃんの側に居憑くことは出来ねぇ、どんな理由があろうともな』
万策尽きた、と誰もが思った。
しかし君彦は全く諦めておらず、それなら仕方ないなという程度に肩を竦めると最後の方法と言わんばかりのテンションで告げる。
「それじゃ・・・、猫又に取り憑かれてるオレが志岐城さんの側にいるしかないな」
「―――――――――えっ!?」
響子の心臓の鼓動が早くなった、目をぱちくりとさせて金魚のように口をぱくぱく。
君彦の爆弾発言に響子が言葉を失っていると、猫又は野次馬根性ならぬ野次猫根性でにやりとしていた。