八つ当たり
君彦が黒依達の接客(?)をしていると、ちょうど夕食時のせいか次々と家族連れの客が入店して来たので、君彦は黒依達だけに構っている暇がなくなってしまった。
「あ、ごめん!
一応オレ、バイト中だから仕事に戻らないと!」
謝罪する君彦に対し誰一人として反論することもなく、全員適当に安い料理を注文すると君彦はそれを注文書に書き留めて仕事に戻ってしまった。明らかに今の状況ではお祝いパーティーどころではないと察した響子が、当然さながらの口調で文句を言いだす。
「どうすんのよ、あいつ仕事中だからこのままお祝いがどうとか言ってらんないわよ?
あたし達だって呑気に食事する為、ここに集まったわけでもないでしょうに」
君彦が接客の為に黒依達のテーブルに来た時に出したお茶をすすりながら響子が不機嫌そうに言い放つが、黒依は響子の不機嫌さなんてお構いなしにマイペースなままで答える。
「そうね~、さすがに今の感じじゃパーティーなんて出来ないもんね~。
君彦クンはバイトで忙しそうだし、主役の猫又ちゃんもどこに行ったかわかんないし……。
どうしよっか?」
全く危機感のない微笑みを慶尚に向ける黒依、まるでその微笑みには全ての責任を慶尚に押しつけようとでもしているような雰囲気を醸し出していた。しかし黒依に負けず劣らずマイペースな慶尚も、自分に全く非はない……とでも言うように口を開く。
「メシ代が半額にならないなら、ここで食事会する意味もないな」
「あのね……、あんたは食事代半額が目的でここに来たわけ!?」
慶尚の関心のない態度にさすがの響子が苛立ちを見せて食い付いた、ぎろりと睨みつけて批判するも慶尚は視線を逸らすだけで全く聞く耳ない様子だ。そんな態度にも腹が立つ響子は全くやる気のない慶尚と、そんな慶尚の態度や今の状況に危機感をまるで持っていない黒依……そんな二人ののらりくらりとした態度に対して、遂に響子の堪忍袋の緒が切れてしまう。
ばんっとテーブルを両手で叩くと、響子は勢いに任せて怒鳴り声を上げた。
「もういいわよ、あんた達!
勝手にすればいいじゃない、ここまで来たあたしが馬鹿だったわ!」
突然怒り出した響子に黒依達だけではなく店内に居る他の客、そして厨房から響子の怒鳴り声が聞こえた君彦が驚いて注目していた。奇異な目で見られることに不本意ながらも慣れている響子は、他人の視線に構うことなく怒りを露わにするとそれ以上黒依達へ言葉を交わすことなく店から出て行こうとした。
「―――――志岐城さんっ!?」
慌てて止めに入ったのは君彦だった。
何があったのか状況が全く理解出来ていなかったが、響子が何の意味もなく怒り出すはずがない。
そう判断した君彦は響子がこのまま出て行くことを止めようと、仕事の手を止めて駈け出していた。
出入り口の硝子戸に手をかける寸前で響子の肩を掴む、すると当然反射的に響子が攻撃の体勢に入る。
振り向き様に右手で殴り付けようとする響子。
しかしそのパンチを今まで何度も受け続けて来た君彦は、肩を掴んだ瞬間に攻撃が来ると察していたので回避する準備はすでに出来ていた。素早い響子の右ストレートを紙一重でギリギリかわす君彦は、二発目が来ないように……そして響子が振り切って逃げてしまわないように肩を掴んだ手はそのままで、反対側の手で攻撃して来た響子の腕を少し強く握った。
君彦の意外な対処に響子は虚を突かれて動きが止まる。
今まで君彦がこれ程俊敏に動いて響子の攻撃を防いだことがないせいだ。
響子がなぜ怒っているのか、その理由がわからないながらも君彦は響子を宥めようと懸命に接する。
「一体どうしたの、志岐城さん!?
犬塚がまた何かしたのならオレが文句言ってやるから、とりあえず落ち着こうよ……ね?」
まるで小さな子供に言い聞かせるような優しげな対応に、響子は急に恥ずかしさが増してきた。
自分が一人で勝手に怒り出し、周囲を困らせているように思えて仕方がなかったからである。
途端に押し寄せる罪悪感。
君彦に気を使わせてばかりいる自分に対する自己嫌悪。
そんな思いが響子の心を支配して、余計にこの場に居ることが苦痛に感じられた。
更にその苦痛を増幅させるように、君彦の優しさが追い打ちをかけるように響子の心を苦しめる。
君彦に掴まれた腕を振り払うと響子は君彦を睨みつけ、言いたくもない言葉を言い放ってしまった。
「あんたに何がわかるって言うのよ、人の気も知らないでヘラヘラしてっ!
誰にでも優しくすりゃいいってもんじゃないでしょ、馬鹿にしないでよっ!」
響子が君彦に対して放った言葉は、八つ当たり以外の何物でもなかった。
しかし口から出た言葉を戻すことは出来ず、響子は激しい後悔に苛まれる。
一瞬垣間見えた君彦の驚愕した表情が目に焼き付いて離れず、面と向かっているのが苦しくて堪らなかった。
唇を噛み締める響子を見て、肩を掴む君彦の手が少し緩んだ瞬間に響子はそのまま店から飛び出してしまう。
響子に言われた言葉に動揺していた君彦は、いつものように後を追いかけることが出来ずにいる。
ただ呆然と立ち尽くしたまま、響子に突き付けられた言葉で君彦は言葉を失ったままであった。