四角関係…!?
君彦がバイトとして働いている店の従業員全員が完全に響子の色情霊による色香に惑わされているようで、彼等の燃えたぎる熱い視線に更なる苛立ちを募らせる響子。
さすがにここまで来ると怒りに任せて帰り出すかもしれないと察した君彦が、慶尚を睨みつけるなり色情霊を一時的にも祓うように口添えしてみた。
「おい犬塚、志岐城さんを利用して飲食代をまけさせようとしても駄目だからな!
志岐城さんはただでさえ色情霊のせいで辛い思いをしてるんだから!
オレ達と一緒に居る時位は色情霊を祓ってやれよ!」
そうでもしないと料理の注文は受け付けないと言わんばかりの形相で君彦が言うと、慶尚は小さく溜め息をつくなり飲食代半額を諦めたのか……席を立って響子の方に手を伸ばすと、肩をはたくようにして軽く叩いた。
すると響子の背後にまとわりついていた花魁風の色情霊は怪訝な表情を浮かべながら、響子から離れて行き店の外へと消えて行く。途端に響子は重苦しい感覚から解放されて、安堵した表情になる。
慶尚が一時的に響子に取り憑いていた色情霊を祓っている際にも、黒依はメニューを開きながら君彦に料理をオーダーしようと張り切っていた。
「あ、ねぇねぇ君彦クン!
この薄揚げの煮物と、長芋と大葉の油揚げロール巻きってすごく美味しそうだね~!」
「あんたね……、最初にお祝いがどうとか言ってなかった?
思い切り食事しに来てんじゃないのよ」
マイペースに自分が食べたいものを注文しようとしている黒依に、すかさず響子が突っ込んでいた。
同じように君彦も黒依達の本来の目的がはっきりとわからないまま黒依の注文を走り書きしつつ、苦笑している。
ふと君彦は黒依達の周囲に視線を走らせ、もう一匹の存在を探し出した。
「……えと、猫又が帰って来たお祝いがどうとか言ってたと思うけど。
それじゃここに猫又が来て……、ないみたいだね?」
帰って来たという表現から、主役は猫又の方だと察した君彦はてっきり猫又もここに来ているものとばかり思っていたのだが、全く姿が見当たらないので黒依達に訊ねてみた。
すると今度はちゃんと発案者であろう黒依から説明を受ける。
「うん、実はね。
犬塚クンが君彦クンの隣の部屋に引っ越したって聞いたから、猫又ちゃんを呼ぶのは犬塚クンにお願いしてあったの。
一応このパーティーは君彦クンにはサプライズとして驚かせようと思ってたから、君彦クンがバイトに行った直後に猫又ちゃんを連れて来てもらおうと思ってたんだけど、部屋にはもう居なかったんだって。
逆に君彦クンは猫又ちゃんがどこに行ったか知らないかな?」
説明の中にいくつか引っ掛かる内容があったことに気付いた君彦は、たじろぎながらゆっくりと更なる説明を求めた。
「えと……、黒依ちゃんってどうして犬塚がオレの隣の部屋に引っ越して来たこと知ってるのかな?
オレは今朝初めて知った所なんだけど……」
君彦が憧れている黒依が、自分の知らない所で慶尚と親密な関係になっているのでは?
という無駄な不安を抱きつつ訊ねる。
しかし内心では真実を知りたいような知りたくないような……そんな複雑な思いも隠し切れていなかった。
その証拠に君彦は黒依に訊ねながら、全身に嫌な冷や汗を大量にかいている。
しかしそんな心配は皆無だったのか、黒依はあっけらかんとその謎を解いてやった。
「あのね、あたしのお父さんって不動産を経営してるから。
たまたま犬塚クンが一人暮らしする物件を探している所に、あたしが居合わせてただけなんだけど。
それがどうかした?」
「あああ~~~っ、なるほど! そういうことだったのか~、あはははは~~っ!
そうだよね、それだけだよねぇ!
こんな無愛想男と黒依ちゃんがオレの知らない所で仲良くなってるなんて、そんなこと有り得ないよねぇっ!」
大袈裟に安心しまくる君彦を横目で見つめる響子は、片側の顔面を痙攣させながらひくついていた。
(……その台詞だけで十分だっつーの。
どんだけこの腹黒女のことが好きなわけ!?
全く理解出来ないわ、こいつ……外見だけ可愛い娘にあっさり騙されるタイプだわね)
色情霊が祓われたことで多少の正気を取り戻していた従業員達の熱い視線から解放されたにも関わらず、響子の苛立ちは一向に治まる気配がなかった。
それどころか君彦が黒依にデレデレとした表情で話しかける度に、胸の奥のもやもやがだんだん酷くなって行って今にも何かを蹴り上げてその場を立ち去りたい衝動に駆られそうになっている。
勿論そこまで理性を失うわけにはいかないということもあって、響子は寸での所で堪えてはいるが不機嫌な表情だけはどうしても隠し切れておらず、イラついている響子の様子はバッチリと慶尚に見られていた。
響子の機嫌がだんだん悪くなっていることに当然気付いている慶尚であったが、元々そういった細かい人間関係に首を突っ込む気がないのか、慶尚はそれに関して一言も触れることなく気付かないフリを決め込んでいる様子だ。
ただ君彦、黒依、響子の様子を無言で見つめながら三人の態度や口調をまるで観察でもするように、ただ黙って様子を窺うことに専念していた。