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バイト先

 慶尚が君彦の隣の部屋に引っ越して来た夜。

 君彦は夕方からのバイトへと出掛けた。平日は店が定休日になっている水曜日以外、夜の八時から十時までバイトに出ていた。

 土日は一番の稼ぎ時なのでシフト制ではあるが、一日五時間は出勤している。

 慶尚の引っ越しの手伝いをしたせいか、少しだけ体が痛かったが気にすることなく君彦はいつものように猫又に注意を促した。


「いいか猫又、一応玄関の鍵はかけておくけど。

 お前が出入りしている小窓の鍵が開いてるのが、外からバレないようにしなきゃダメだからな!?

 いくら塀に囲まれたアパートだからって空き巣が入って来ないとも限らないんだから」


(こんなすっからかんの質素な部屋を見た時点で、金目の物がないと判断すると思うけどなぁ……)


 念入りに空き巣に注意するよう促す君彦に対し、猫又は呆れた眼差しで室内を見渡しながらも本当のことは口にしなかった。


 君彦は猫又のことを家の中に閉じ込めるようなことはしない。

 朝でも昼でも夜でも、好きな時間に出入り出来るよういつも猫又専用の小窓の鍵は開放されたままなのだ。

 しかしそれに関して猫又が感謝するのかと言えば全くそういうわけではない。

 むしろ放浪している時間が長かったせいか、好きな時間帯に好きな場所へ行くことがごく自然で当たり前のことだと認識していたので、そういった君彦の心配りに猫又が有り難く感じることはなかった。


 部屋を出てドアの鍵を閉めた君彦は、ふと隣に引っ越して来た慶尚の部屋へと視線を移す。

 玄関の真横が台所になっているという室内の作りは君彦の部屋と全く同じなので、玄関の横にある台所の小窓を見ると室内が真っ暗だったので、慶尚がどこかに出掛けているんだと暗黙に理解した。

 外はまだ少し明るかったが、それでも室内から漏れる明かり程度なら確認出来る。

 君彦は特に気に止める様子もなく、そのままバイト先である小さな料亭へと足を運んだ。




 君彦が高校生になってからすぐに見つけたバイト先、料亭と言ったら聞こえは良いがようするに和食中心のお食事処といった感じである。内装も京都の料亭を思わせるような和風の造りになっており、一見値段が高そうな店に見られがちだが料理の値段は意外に手頃で一般家庭の家族連れがよく夕食に食べに来ることが多い。

 元々料理を作るのが好きな君彦は、どうせなら料理に携わる仕事でもあればいいと思い、ちょうど調理補助や雑務のバイト募集を発見して面接してみたのである。

 この料亭で店長以上の権力と存在感を誇っている強面の料理長に、君彦の料理の腕を認められあっさりと雇われたのだ。

 それからというもの君彦は雑務を中心に仕事をするものだと思っていたが、次から次へと調理を任され大変な目に遭っていた。

 調理をする度に頭のどこかで「調理師免許を持っていない素人が作った料理を出してもいいのだろうか?」という疑問が離れなかったが料理長から、ヤクザも真っ青な鋭い眼光で睨みつけられたら文句も言えない。

 そういった経緯から君彦は、今や雑務パートではなく殆ど調理の主戦力となってしまっていた。


 出勤して来た君彦はお店の裏口から中に入り、そこでタイムカードを押すと割烹着に着替える為ロッカー室へと向かう。

 お店の中は整理整頓が完璧にされていて清潔そのものであった。

 客に料理を出す場所なので調理場だけではなく店全体を清潔にするのは当たり前だと言う料理長の意向もあったが、君彦が来てから更にロッカー室や通路、調理場は一層清潔感を保つことが出来ている。

 とにかく目に付いた所から率先して掃除をしたり整理したりするので、自然と周囲の者達にも意識付けされていったのだ。

 今日は遅番だったので君彦は割烹着に着替えるなり、すぐさま調理場に行くといつもと少し様子が違うことに気付く。

 何やら調理場では先輩の料理人達がそわそわと何かを話している様子だった。

 普段は君彦が調理場に現れた頃には全員必死になって、注文された料理名を叫んで伝えたり、怒声が飛び交ったり、次々と客から注文された料理を作ってはそういった慌ただしい光景が繰り広げられていたというのに。

 今はひっそりとしており、どこか浮足立ったような感じで全員が落ち着かない様子でちらちらと調理場から客が料理を食べる店内の方へと視線を配ったりしている。

 もしかして奇妙な客でも来ているのだろうか?

 君彦は意味がわからないのでとりあえず先輩に声をかけてみた。


「あの……、何かあったんですか?」


 君彦が声をかけると全員がわずかに笑みをこぼしたままの表情で振り向き、一人が嬉しそうに返事をした。


「おお猫又か、お前も見てみろよ!

 実はな……すっごい美少女が店に来てんだ、ほら……あそこあそこ!」


 そう言われ君彦は興味の素振りも見せないまま、カウンターから店内を覗き込む。

 先輩が指さす方向に目をやると、そこには茶髪のロングヘアーがまず目に入った。

 それから君彦は顔をひくひくさせながら、更にもう二人の存在を確認する。

 艶やかな黒髪の美少女、そしてその隣には無愛想な憎たらしい顔をした男の姿が……。


「んなっ!!

 黒依ちゃんに志岐城さんに……っ。

 ―――――――そしてなんで犬塚までもがこんな所にいいいいっ!?」


 一体誰が来ているのかはっきりと認識した君彦は、あまりのショックに無意識で大声を張り上げていた。





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