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夢の中で見た夢

 慶尚は走り続けていた。

 いつも自分の前を走って行く姉の背中を追いかけるように、一度でも見失ったらもう二度と会えなくなるような気がして、必死に姉の後をずっと追いかけていたあの日……。

 慶尚の祖父から口がすっぱくなるまで教えられたこと。


『猫又家の人間には関わるな』


 そう言いつつも喧嘩の火種を振り撒いていたのが実は自分の祖父だったということは、幼い慶尚にでもわかっていた。

 慶尚は未だ猫又家の人間に会ったことも見たこともない。

 ただ……大好きだった姉が自分を放置してまで、祖父に逆らってまで会いに行った人物にほんの少しだけ興味があった。


 慶尚は今、姉を追いかけて今まで通ったことのない道を通っていた。

 すでに姉の姿はどこにもなかったが、毎日少しずつ後をつけている内に姉が通っていた道を把握して来たのだ。

 住宅街を駆け抜けて行くと、遠くの方に木々が姿を現す。

 やがて辿り着いたのは慶尚の祖父が神主をしている犬塚神社に負けずとも劣らない、広い敷地を持った大きな古家が建っていた。

 敷地内にある古家の背後にはまるで神木のように雄々しくそびえるくすのきがあり、周囲を取り囲むように木々がたくさん生い茂っている。鳥居などがあればその場所が何かの寺だと思われても申し分ない広さと荘厳さが見て取れる。


 姉は一体どこに行ったのだろう?

 もうあの古家の中に入ってしまったのだろうか?


 そんな風に思いながら幼い慶尚は遠くから家を見つめるだけで、それ以上歩を進めることが出来なかった。

 五分近くずっと立ち尽くしたままでいると、家の硝子戸が開いて誰かが出て来る。

 慌てた慶尚は思わず周囲の木々の間に身を隠していた、姉の後を追いかけて……もしかしたら怒られるかもしれないと短絡的に考えた結果の行動であったのだ。

 しかし出て来たのは姉でもなく、姉が会いに行った「猫又征四郎」という老人でもない。

 慶尚と同じ位の歳、同じ位の背格好をした少年が暗い表情で家の中から出て来た。

 黙って見ているとその少年は慶尚の存在に当然気付くはずもなく、落ち込んだ様子のまま家の裏手へと歩いて行ってしまった。

 この家の子供だろうか、それしか考えられない。

 そんな風に古家の背後にそびえたつ樟がある方向へ歩いて行った少年の背中を見つめていると、突然背後から声をかけられて口から心臓が飛び出しそうになって驚いた。

 振り向くとそこには姉と、もう一人……甚平を着た老人が立っている。

 慶尚はすぐさまその老人が姉を魅了した憎き「猫又征四郎」であると察した。

 そんな私的感情のせいもあってか、慶尚は自分でも無意識の内に征四郎を睨みつけていた。

 敵意むき出しの眼差しをした慶尚に向かって声を上げる一人の少女、烏の濡れ羽色という表現が良く似合う美しく艶やかな黒髪、髪の色とは対照的に真っ白な肌、少女にしては少し大人びた挑発的な力強いキレ長の目。

 腰まで伸ばした綺麗な黒髪を左右に振り乱しながら、気の強い口調で慶尚を諫める。


「慶尚、お前はここに来ちゃダメだって言ったでしょう?

 お前までお祖父様に怒られてしまうじゃないの」


 慶尚は姉の言葉を聞いてむっとした表情になる、反抗すら見せる顔つきであったが決してそれを口に出さなかった。

 すると弟を叱りつける姉を見ていた征四郎―――髪は全て白髪で、皺だらけの顔であったが威厳ある風格や温厚で柔らかい雰囲気は何も変わらない―――が、口の端を緩ませながら優しい口調で慶尚に話しかける。


「もしかして君が、犬塚慶尚君かな?

 君のことは妃紗那きさなから聞いて知ってるよ、私は……」


「知ってます、犬塚家の敵でしょう」


 慶尚の言葉に征四郎はほんの少しだけ面食らった。

 見た目は自分の孫である君彦と大して差のない年齢の少年だというのに、少年とは思えない口調、征四郎に対して拒絶感を露わにする態度。そんな慶尚の子供らしくない姿に、征四郎はただ困ったように微笑むだけだった。

 その時、慶尚の態度に対して怒りを見せた姉・妃紗那は口元をへの字に曲げて、慶尚に詰め寄る。


「慶尚! 征四郎さんに向かって失礼よ!

 謝りなさい!」


 しかしそんな妃紗那の肩を優しく掴んで制止する征四郎に、妃紗那は「どうして?」という表情を浮かべながら慶尚の頬を叩こうとした手を引っ込める。

 それでもなお慶尚は征四郎に対して心を開く気が全くない表情で、ただ睨みつけるだけだった。 

 

「君は今、何歳だい?」

 

 突然の質問に慶尚はふてくされた表情のまま、威嚇したまま答える。

 何より姉の視線が怖かったからかもしれない。


「―――六歳」


「そうか、ちょうど君彦と同じ年齢だね」


 慶尚の年齢を聞いた途端、征四郎の表情が慈愛に満ちたように見えたので慶尚は眉根を寄せた。

 まるで目で訴えるように樟の方に視線を動かして、慶尚は後ろを振り向く。

 何もなかったのでもう一度征四郎の方に向き直ると、征四郎は全く慶尚の予測が付かない言葉を口にした。


「慶尚君、私には一人……君と同じ歳の孫がいるんだがね。

 良かったら君彦の友達になってくれないかい?」


 突然の申し出に慶尚は難しい顔を浮かべると、先程目にした少年を思い出した。

 まるでこの世の終わりのような顔で家を出て行き、樟のある家の裏手へと向かって行った少年のことを。


「……オレは根暗な友達は欲しくない」


 何より相手は憎い人間の孫、冗談じゃないとでも言うようにはっきりと拒否する慶尚であったが、それでも征四郎は慶尚の威嚇に怯むことなく言葉を続けた。


「君彦はね、幼い頃に両親を亡くしてしまって……すっかり心を閉ざしてしまった状態なんだよ。

 保育園でも結局、特別仲の良い友達が出来ないままでね。

 君みたいな子が友達になってくれたら、私としては安心出来るんだが……」


 征四郎からそう言われようとも全く心が動く気配のない慶尚は、かたくなに首を左右に振って断った。

 さすがにこれ以上無理強いしたくないと察したのか、征四郎は寂しげな笑みを浮かべると仕方なく慶尚の気持ちを汲んでやる。


「そうか、それは残念だ。

 だが……今はイヤでも、いつか……二人がもう少し大きくなったら。

 その時は君彦の友達になってやって欲しいんだ」


 どうしても引き下がる気配を見せない征四郎の姿に、慶尚は思わず自分から声をかけていた。


「なんでそうまでしてオレとあいつを友達にさせたいんですか。

 オレは別に友達が欲しいわけじゃないのに、誰とも仲良くなりたいって思ってないのに。

 どうしてさっきのヤツとオレを!?」


 慶尚の疑問に、征四郎は柔らかく微笑むと慶尚の頭を優しく撫でながら答えた。


「それはね……、私は君に―――――――――」




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