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引っ越しの理由

 引っ越し蕎麦を食べ終えると、君彦はすぐさま食べ終えた皿を台所に持って行くと後片付けをし始めた。

 猫又がテレビのチャンネルのボタンを爪の先で器用に押すと、テレビを付けて何かバラエティ番組が放送されていないかチャンネルを適当に押していく。

 慶尚は何も言わずにチャンネル権を猫又に託したまま、黙ったままテレビを眺めていると台所から君彦の怒鳴り声が聞こえる。


「――――って!

 だから何でお前はオレん家でくつろいでんだよ!

 引っ越し蕎麦食べ終わったんならもう用事はないだろうが!

 さっさと自分の部屋を片付ける続きでもして来いよっ!」


 しかし顔を合わせる度に怒鳴り散らす君彦の相手をすることに疲れたのか、慶尚は面倒臭そうに両手で耳を押さえると、あからさまに聞こえないフリをした。

 そんな慶尚の態度に苦虫を噛み潰したような表情になった君彦は、朝からずっと荷物整理していて疲れてるんだから仕方ないと無理矢理納得することにして、ひとまず放置することに決めた。

 慶尚が祖父母に対して手を合わせるという礼儀を見てから、君彦はどうしても祖父母が見てる前で彼を無下にすることが、ほんの少しだけ躊躇われたせいもある。

 あからさまに大きな溜め息をつくと今の慶尚にあれこれ言うのを諦めた君彦は、がっかりした表情で肩を落としながら渋々後片付けを再開させた。

 君彦が背中を向けて食器を洗い始めたので、慶尚はちらりと横で真剣にテレビに見入っている猫又へと視線を向ける。

 するとすぐに視線を猫又と同じテレビの方へ向けると、台所に居る君彦に聞こえない程度の小声で話しかけた。


「猫又、オレがここに来た理由……お前ならわかってると思うが」


 低い声色で話しかけて来た慶尚に、猫又もまたちらりと君彦の方へ視線を走らせ様子を窺いながら答える。


『チッ……、やっぱ征四郎の仕業か。

 あの野郎……、余計な真似ばっかしやがって』


 慶尚が何を言いたいのか瞬時に察した猫又は舌打ちすると、不服そうな顔で言葉を吐き捨てた。


「……二日前にオレの夢の中に出てきた、恐らく夢枕に立ったんだと思うが。

 夢の中に出てきた人物……、あれが猫又の祖父なんだろ?

 あの遺影に映っている人物の面影がある、何よりあのアホにそっくりだ。

 まぁ征四郎という人の方がずっと聡明な雰囲気だったが」


 君彦にそっくりだと言う慶尚の言葉に猫又は、彼の夢の中に現れた時の征四郎の姿が祠で出会った時の若かりし姿で、夢枕に立ったんだと察した。

 

『征四郎から言われてここに引っ越して来たってわけか? お前も物好きだな。

 あの野郎から何言われたのかは大体わかってるぜ。

 どうせ征四郎の孫である君彦の身を守ってくれとか、そういうのだろうが。

 だけどな……猫又家と犬塚家は因縁の間柄、征四郎の言葉に従う義理なんてお前にはねぇだろ!?』

 

 猫又の言葉に慶尚は少し間を置き、それから何食わぬ顔で問いに答えた。


「それはじいさんの代までの話だ、オレはそういうしがらみに囚われるのが嫌いでな。

 だからといって別に征四郎という人に頼まれたから、ここに引っ越して来たってわけじゃない。

 まだ色々とお前達のことを知る必要があると思ったから、ついでに頼みを聞いてるだけのこと。

 たまたま利害が一致したからだ、そこん所勘違いするんじゃない」


 普段と変わりないむすっとした表情で、にべもない言葉を口に出す慶尚に猫又は少し不満そうな顔になりながら、それ以上口答えすることはなかった。呆れたように目を細めながら苦笑すると、猫又は背後に居る君彦の食器洗いが終わったことに気付き、テレビを見つめたまま小声で慶尚に話しかける。


『まぁ別にお前が君彦に危害を加えるわけじゃねぇんなら、どうでもいいや。

 とりあえずこないだみたいに争うのだけは勘弁だぜ?

 オレはもう君彦を戦いに巻き込みたくねぇからな』


 猫又の本音を聞いた慶尚は少し怪訝な表情を浮かべると、最後に一番肝心なことを訊ねた。

 

「その割に危険な奴を側に置いているんだな?

 あのまま放置してもいい存在とはとても思えないが、何を考えている」


 ぎろりと猫又を睨みつけながら慶尚が問う。

 それが誰のことなのか瞬時に察した猫又は、あからさまに視線を泳がせると適当に答えた。


『黒依のことか、やっぱ気付いてたか。

 ……あれはいいんだよ。

 いざとなったらオレが何とかする、黒依とは最初からそういう約束だからな』


 それだけ言うと猫又は鋭い視線で刺すように慶尚を睨みつけると、それ以上口を挟むなと目で訴えた。

 一瞬にして猫又の雰囲気が変わったので慶尚はそれ以上は何も言わずに、ぼんやりとテレビを見るフリをする。

 そんな時、後方から呑気な声が響いて来る。


「お前等、今黒依ちゃんがどうとか言ってなかったか!?

 黒依ちゃんが一体どうしたって言うんだよ、――――さては犬塚っ!

 お前まさか……っ!!

 いくら黒依ちゃんが可愛いからって、惚れたりなんかしたらこのオレが許さんからなっ!」


 エプロン姿の君彦が一人でぎゃあぎゃあ騒ぐ中、猫又を始め慶尚と犬神は呆れた顔で肩を竦めた。


「……アホか、お前は」


「だ……っ、誰がアホだっ!

 お前にだけは言われたくないんだよ、このアホ! バカ! オタンコナス!」


 君彦のレベルの低い仕返しに猫又は急に恥ずかしくなって来て、嫌悪感たっぷりの顔で君彦を見据えた。


『これから毎日コレが続くのか、……めちゃくちゃ憂鬱だなオイ』



 

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