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ご挨拶

 慶尚が自分の部屋の電化製品……主にテレビなどのAV機器の接続を行なっている際、君彦は自分の部屋で引っ越し蕎麦を作っていた。ただの蕎麦だと味気ないので少しだけ工夫してみた。

 慶尚から提供された市販の蕎麦を普通に茹でたら素早く冷水で洗いざるに上げておく、それから君彦の部屋の冷蔵庫にあった長芋をすりおろしてとろろ風にすると小皿に移し置いた。

 今度は君彦の弁当には欠かせない梅干しを冷蔵庫から出すと、全て種を取って包丁で叩いて練り梅状にする。

 ざるに上げておいた蕎麦を器に入れて、めんつゆをかけ、そこに先程のとろろと練り梅、更に白ゴマやのりを散らして出来上がり。

 二人分の蕎麦を君彦の部屋の居間にあるテーブルに置き、コップには冷たい麦茶を入れて割り箸も添えておいた。

 あとは猫又と犬神用の小皿に、先程の蕎麦を入れる。


「てゆうか普通の猫や犬とは違うっていっても、猫又達って蕎麦とかその他諸々を食べさせて平気なのかな?

 一応冷やし蕎麦だからお腹とか壊さないだろうな……」


 そんな疑問を抱きつつ、君彦は隣の慶尚の部屋に行って配線の接続作業をしている慶尚と、ベッドの上で横になっている犬神、そして裏口の硝子戸を開け放し網戸から吹きこんでくる風で涼んでいる猫又へと声をかける。


「蕎麦の準備出来たからオレの部屋に来いよ。

 ここじゃ換気で窓を開け放してるっていっても、ちょっと環境が劣悪だろ?」


「……劣悪とは無礼だな、お前」


「劣悪って言ったら劣悪なんだよ!

 だったらお前だけ、まだテレビも映らない埃っぽい部屋で一人寂しく蕎麦をすすり食うがいい!」


 君彦の言葉に慶尚は負けを認めたのか、ベッドの上で横になっている犬神に目線で合図を送ると立ち上がって君彦の部屋へと向かった。猫又も待ってましたと言わんばかりに尻尾をぴんっと立てて、我先にと駆け足で君彦の部屋へ走って行く。

 君彦の部屋に入るや否や、猫又はテーブルの上に用意されている二人分の蕎麦に目をやり、それから畳の上に置かれている二つの小皿へと視線を走らせた。

 自分がいつも使っているお皿と、普段あまり使ってない小皿に入っている蕎麦の量を見比べている様子だ。

 明らかに不服そうな顔でひくひくしている猫又に、君彦は半ば呆れた口調で声をかける。


「量が違うのは当然だろ。

 どう見てもお前より犬神の方が体が大きいんだから……」


『……それでもなんか納得いかねぇ』


『ふん、猫というものは随分と意地汚い生き物らしいな』


 後からやって来た犬神にそう罵られ、猫又は鋭く睨みつけた。


『何をおおっ!?

 言っとくが犬っころより猫の方が上品なんだぜ!?

 犬なんざ目の前に出された食い物を、自分の限界考えずに食い続けるって言うじゃねぇか!』


「それはお前も似たようなものだろ……」


 せっかく犬神に向かって犬と猫の違いを豪語している側から、君彦にダメ出しされて猫又は言葉を詰まらせた。

 それぞれが席に着く中、慶尚は一間に入った時に右側の部屋の隅に置かれている仏壇に目をやる。

 大きな体で立ち尽くすものだからどうしても目立ってしまい、君彦は怪訝な顔で慶尚を見上げた。

 すると慶尚は蕎麦が用意されているテーブルの方には座らずに真っ直ぐ仏壇の方に向かうと、正座して君彦の方へ声をかける。


「……手、合わせていいか?」


 そう聞かれ、虚を突かれた君彦は思わず普通に返事をしていた。


「あ、あぁ……。別にいいけど……」


 すると慶尚は神社の息子さながらの仕草で焼香した。

 テレビも何も付けていない室内で慶尚が手を合わせているのを待つ間、その時間はとても長く感じられる。

 君彦は祖父母の遺影が飾られている仏壇に向かって黙々と手を合わせている慶尚の背中を見つめながら、どこか心がふわふわするような感覚がした。

 こんな風に君彦と同世代の者が自分の祖父母に向かって手を合わせてくれた人間は、今までいなかったからである。

 祖父母への挨拶を終えた慶尚は軽く会釈すると、ようやく食事の席に着いた。

 何も言わない慶尚に向かって、君彦は少し躊躇いながら遠慮気味に声をかける。


「えと……、犬塚……」


「……なんだ?」


 無愛想な慶尚に向かって言葉をかけるのはどこか腹の奥がざわざわするような感じだったが、君彦はその奇妙な感覚を我慢しながらやっと口に出す。


「ありがとな、その……おじいちゃんとおばあちゃんに手を合わせてくれて」


 まともに慶尚の方を見ることは出来なかったが、今の君彦に出来る精一杯のことはしたつもりだった。

 そんな君彦の礼を述べる姿に慶尚はぼんやりとした眼差しで見つめたまま、殆ど無視に近い仕草で割り箸を割って器の中に浸っている蕎麦を箸で掴むと、ぶっきらぼうとした口調で返す。


「別に、……仏壇を見たら手を合わせたくなる性分でな」


「嘘つけえええっ!

 そんな奇怪な趣味の奴がいるかああああっっ!」


 慶尚の言葉に嘘臭さを感じた君彦がすかさずつっこむ。

 そんな二人のやり取りを白い目で見つめながら、ちゅるちゅると蕎麦をすすりながら呆れ口調で呟く猫又と犬神。


『……この二人も素直じゃねぇな』


『……全くだ』


 それからというもの終始君彦は何かにつけて慶尚や、ついでに猫又に向かっていちゃもんをつけながらも、全員残すことなく綺麗に引っ越し蕎麦をたいらげた。



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