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秘密の黒依ちゃん

 

 ――――――――お前は一体何者だ。


 その問いに黒依は動じることなく、ただ笑顔のまま階段上から見下ろす慶尚を見つめていた。

 慶尚の背後では犬神が威嚇するように牙をむき出し、黒依に何か動きがあればすぐにでも迎撃できる態勢である。

 しかし黒依は敵意を見せることなくあっけらかんと聞き返した。


「いきなりどうしたの~、犬塚クン?

 何だかそんな言い方されると、まるであたしが人間じゃないみたいに聞こえるよ?」


 至って明るい声で、先程の慶尚の言葉を冗談だと捉えるように笑って言葉を返す黒依。

 しかし慶尚に至っては笑み一つない顔で、まだ黒依に対して警戒を解いていなかった。

 黒依がすぐに白状すると思っていなかったのか、慶尚はゆっくりと説明し出す。

 なぜ自分が黒依に対して「何者なのか」と訊ねた理由を。


「オレが初めてこの学校に来た時、途中で会った色情霊とは比べ物にならない程の邪悪な力を感じていた。

 人の姿をしているが犬神だけは誤魔化せない。

 犬神は古来より人に化けた物の怪を嗅ぎ分ける能力がある、それはかつて陰陽師に仕えていたと言われる猫又以上の能力だ。

 その犬神がお前を邪悪な存在だと察知しているのだから間違いない。

 現に気合いを入れて視れば、お前からは人間に化ける以前の名残を目にすることが出来る」


 淡々とした口調でそう告げる慶尚、すると黒依は顔だけは笑みを浮かべたままであったが突然黒依の周囲を取り巻く空気が変わり、慶尚と犬神は息を飲んだ。

 まるで冷たい冷気が発生したかのように、周囲の気温が一気に下がって肌寒くなる。

 気付けば慶尚が息を吐く度に白い息が出ていた。

 黒依は微笑んでいた顔のまま、両目をしっかり開いて慶尚を見つめる。

 射竦むような瞳の冷たさと力強さに慶尚は一瞬怯んで、ぞくりと背筋が凍った。

 犬塚神社で猫又と対峙した時でさえ、慶尚がこれ程動揺した姿はない。

 それだけ今慶尚の目の前に居る黒依の威圧感は凄まじかったのだ。

 異質な空気を肌で感じながらも、慶尚は最後にトドメと言える言葉を突き付ける。


「お前本当は、――――――――霊が見えているんだろ。

 あいつに取り憑いている猫又の姿も見えているはずだ、違うか!?」

 

 今この場に除霊用の刀は持って来ていない、だがそれでも慶尚はここぞとばかりに黒依の正体を暴いてやろうと思っていた。

 緊張感を抱きながら黒依の返答を待っていると、その答えは以外にもすぐ聞くことが出来た。

 黒依は肩にかかる黒髪を手で払いのけながら明るい笑顔で返答する。


「――――――――バレてた?」


 たった一言、そのあっさりとした返答に慶尚は凄まじい殺気のようなものを感じて一瞬金縛りに遭ったかのように硬直してしまう。しかし腹に力を入れるようにして何とか体が強張っているのを解く。

 黒依はその場から一歩も動くことなく続けた。


「確かに犬塚クンの言う通り、猫又ちゃんの姿も声もずっと前からわかってたよ。

 他の幽霊達も見えてるし、声も聞こえてる。

 でもね? これでもあたしは人間として生まれてるんだよ?

 確かに普通の人とは少し違うかもしれないけど、でもあたしは……人間だよ」


 人間だと言い張るには黒依を取り巻く力は尋常じゃないと察している慶尚は、黒依の言葉を鵜呑みにせず未だ警戒を解く気配はなかった。そして更に慶尚が言葉で詰め寄る。


「お前の狙いは何だ、猫又君彦か?

 あいつに取り憑いてる猫又と同じように、あいつに取り憑いて命を奪う魂胆か」


「違うよ~、あたしは君彦クンとお友達になりたかっただけ。

 それにさ……仮に、犬塚クンが言うようにあたしが君彦クンを殺すつもりで近付いたなら、君彦クンを守る猫又ちゃんが黙ってないでしょう?

 猫又ちゃんもあたしのことには気付いているし、最初からわかっていたよ。

 でもあたしが君彦クンには絶対危害を加えないって約束したから、猫又ちゃんはあたしのこと信じて黙っててくれてるの。

 あたしは誰にも危害を加えない、――――――――本当だよ」


 今までは笑顔で言い繕っているように感じられた黒依の態度であったが、後半ではまるで慶尚に乞うように……自分の言葉を信じて欲しいという願いが込められていた。

 それから黒依の周囲を取り巻いていた異様な雰囲気が消え去り、ずっと威圧感を感じていた慶尚の体も正常を取り戻す。

 再び黒依は慶尚と、背後に居る犬神に向かって言葉を投げかける。


「――――――――お願い、もう少しだけ……このままで居させて欲しいの。

 もしあたしが君彦クンに、他人に対して危害を加えようとして暴れたら……その時は遠慮なんかしないで。

 猫又ちゃんにもそう言ってあるし、あたしは―――――――ほんの少しでも君彦クンと一緒に居られるだけでいいから。

 どうしても返さなきゃいけない恩があるの!

 それを果たすまでは、あたし……っ」


 瞳がわずかに潤む、零れそうになる涙を片手で拭って気丈に振る舞おうとする黒依。

 すぐに笑顔を取り繕って再び口の端を持ち上げて微笑みを保とうとした、慶尚はじっと黒依を観察するように眇めていると遂に時間切れ、始業ベルが鳴ってしまった。

 それが合図となり、一旦ここで話を切る形になる。


「わかった、ともかく猫又も知っているってんなら話は別だ。

 一応猫又は危険な存在でないことを確認済みだからな、猫又に免じてここは放置しとく。

 だがさっきお前が自分で言ったように、この先誰かに危害を加えようとしたその時は……いいな?」


「うん、それでいいよ。

 あたしだって今のままで、平穏無事に過ごせるような存在だなんて……思ってないから」


 その言葉には深い裏があるように聞こえた、しかし今は教室に戻る方が先決だと慶尚は考えた為あえて追及はしなかった。

 背後に控えていた犬神に目で合図するとそれに応えて犬神は姿を消す、それを同じように目で確認した黒依は階段を下り始めながら慶尚の方へと顔だけ向き直る。


「やっぱり犬塚クンは、いい人だね。

 今だけでもあたしのこと信じてくれて、……ありがとう」


 どこか寂しげな口調でそう言うと、黒依はそのまま振り返ることなく教室へと走って行ってしまった。

 黒依の背中を見送りながら慶尚は少しの間、考えに耽る。


「猫又君彦……、随分と厄介なものにばかり取り憑かれたものだな」


 わずかに笑みをこぼす慶尚、どこか面白がるように、そして少しだけ君彦に対して興味がわいたかのように慶尚は滅多に見せない微笑みを浮かべていた。



 

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