意外な展開!?
君彦とが納得しないまま、結局慶尚は最後まで一緒に昼休みの弁当を食べていた。
もっとも慶尚が持参したものは数種類のパンとコーヒーだけで、物足りない部分は君彦が作って来た弁当で腹を満たしていた。
食事してる間も君彦はまだ猫又の一件を根に持っているのか終始ピリピリとして落ち着かない様子であったが、慶尚に至ってはもう過去の出来事として片付けられているのか全く相手にしていない。
そんな温度差が何となく面倒臭いと思ったのか……、黒依と響子は二人の関係を取り持とうとはせずに君彦が作って来た弁当をありがたく食べ続けていた。
そしてふと黒依が腕時計を見て、もうすぐ午後の授業が始まることに気付く。
黒依が腕時計を見たのが合図となったのか、その場にいた全員が君彦に向かって口を揃えて礼を言った。
「ごちそうさまでした、君彦クン! すっごく美味しかったよ!」
「……ごちそうさま。お……美味しかったわよ、確かに」
「お粗末様でした」
「ちょっと待てええいっ! 最後のヤツ、何だ!?
人がせっかく精魂込めて作って来た料理を、この中で一番食ったクセにお粗末様だと!?」
約一名の礼の言葉だけ腑に落ちなかった君彦は怒声を上げて指摘した。
しかし慶尚は怒り狂う君彦を見て見ぬフリするようにわざと視線を逸らしている様子である。
その光景を見て響子は「もしかしたらわざと君彦を怒らせるようなことを言ってるんじゃ?」という推測をしていた。
壁にもたれて両腕を組み、君彦が居る方向とは真逆に顔を背けて思い切り無視している慶尚。
そんな態度にも苛立ちを覚えた君彦はぶつぶつと文句を言いながら後片付けをする。
一応食事させてもらった礼として片付けるのを手伝おうと思った響子であったが、君彦があまりに手際よくてきぱきと片付けて行くので途中で自分の手と君彦の手が当たってしまったらどうしようなどと余計な考えが頭をよぎって、結局話しかけることも出来ないまま後片付けが終わってしまった。
君彦は持参して来た弁当箱を片手に階段を下りて行くと、途中に立っている慶尚の方には目もくれずにムスッとした表情でそのまま通り過ぎて行く。
他人に対して怒りを露わにするというそんな珍しい君彦の様子を見て、響子は少し呆れながらも驚いていた。
そんな君彦を目にして多少動揺していた面もあったのか、響子は思わずにこにこしている黒依に向かって小声で訊ねてみる。
「あ……あのさ、猫又があんな風に他人に対していつまでもねちっこく怒ってる……なんてこと、よくあるの!?」
眉根を寄せながら君彦の状態を気にする響子に、黒依は終始笑みを絶やさぬ顔で明るく答えた。
「そうね~、滅多にないと思うよ?
君彦クンってすごく人が良いから、相当犬塚クンのことが嫌いみたいだね~」
「ち……、ちょっとあんた。
本人目の前にしてよくそういうこと言えるわね、逆にあんたの神経疑うわよ」
じっと黒依と響子の方を見ている慶尚に注意を払いながら、響子は少し後ずさりしながら苦笑いをする。
だがそれでも慶尚はじっと見つめたままその場を動こうとしない、そんな時階段下の方から誰かが君彦を呼ぶ声がして何やら会話するような話し声が聞こえてきた。
一体誰が来たのかと思って階段上から下を覗きこむと、そこには君彦のクラスメイトの男子が立っている。
「猫又、今朝お前が気絶してて春山に保健室に連れて行かれたろ?
なんかその時のことで先生がお前に話があるみたいだから、職員室に来いってさ」
「え、一体何だろ……?
とりあえずすぐ職員室に行ってみるよ、わざわざありがとな」
教師からの伝言を伝えるとクラスメイトはすぐにその場を去り、君彦は上を見上げてさっきの話を繰り返した。
「黒依ちゃん、志岐城さん、ごめん!
何かオレ今から職員室に行かないといけないみたいだから、そのまま教室に戻ってくれるかな?」
(……犬塚のヤツが黒依ちゃんや志岐城さんに変なことしなきゃいいけどな)
か弱い(?)女子二人を置いてその場を去るのが心苦しく思えたが、何やら急ぎの用事だと感じられたので君彦は後ろ髪引かれる思いで職員室へと向かった。
ひとまず自然と解散という形になったが、黒依と犬塚は同じクラスで響子はそのすぐ隣。
解散といっても結局のところ目的地は同じ方向ということになるが、そそくさとまるで逃げるように響子は階段を駆け下りた。
(いくら猫又と同じように色情霊の色香が通じないからって、男と一緒に教室戻るなんてごめんだわ)
仮にも慶尚は響子の苦手な男であることに変わりはない、今までにも何度か出くわしたことはあったがその時はずっと一緒に付き添っていたわけではなかった。
まるで慣れ合うように一緒に教室に戻るなんて響子にとっては我慢ならないことだったのである。
「悪いけどあたしも先に行くわ、それじゃあね!」
そう言って響子はそのまま自分の教室へと戻って行ってしまった。
君彦と響子が去って行くのを見送る形になってしまった黒依と慶尚であったが、気を取り直して黒依は慶尚に微笑みかけると敵意も何もない口調で話しかける。
「志岐城さんももう少し心を開いてくれたらいいのにね~、でもあれじゃ仕方ないか。
ま、そんなことより……あたし達も早く教室に戻ろっか!」
黒依は君彦のように猫又の一件について慶尚を嫌う態度を取ることなく、他のクラスメイトと接するように分け隔てなく言葉をかけた。しかし慶尚は変わらず無愛想な表情のままで黒依を見据えながら、低い声で呼び止める。
「待て、お前に少し話がある」
その声はまるで威嚇にも近い口調で、一瞬だけ周囲の空気がピンと張りつめた。
黒依は階段を下りる途中だったので慶尚に背を向けたまま足を止める、それからいつもの笑顔で振り向いて明るく言葉を返す。
「え~? でも早く行かないと午後の授業に遅れちゃうよ~?」
「お前の返答次第によっては早く終わる」
慶尚はさっきまでの緩い雰囲気から一変、威圧感を放つように仁王立ちすると黒依を鋭い眼光で睨みつけた。
あまりに態度が違って見えたので黒依の笑顔がほんの少しだけ凍りつくと、観念したように体ごと慶尚の方に向き直る。
「もう~、そんな風に睨んだら怖いよ犬塚クン。
――――――――話って一体なぁに?」
少しだけ間が開く。
空気は相変わらず張りつめたままでほんの数秒が数十分に感じられた頃、ようやく慶尚が口を開いた。
「単刀直入に聞く、――――――――お前は一体何者だ」
慶尚の言葉と共に、背後から犬神が姿を現す。
そして主である慶尚を守るように、犬神は威嚇する姿勢を取りながら慶尚の背後で唸り声を上げていた。
両腕を組みながら仁王立ちで立ったまま、黒依からの返答を待つ慶尚。
慶尚から何者かと問われた黒依は自分を見下ろす慶尚の方に向き合ったまま、それでも微笑みを絶やさなかった。