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心のほころび

 始業ベルが鳴る少し前、教室のドアが開けられた時クラス全員が一気に注目していた。

 それまではそれぞれグループ別に固まって雑談したりしていたが、教室に入ってきた張本人を見るなり突如として沈黙が教室全体を襲う。そんな中、沈黙を破ったのは君彦と小学生の頃から知り合いだった春山竜次だった。


「あああああっ!! 猫又、一体どうしたんだーーーーっ!」


 それまでたった一人で席に着き孤独を装っていた竜次であったが、完全にのびている君彦を担いで教室に入って来た慶尚を見て思わず椅子を倒して立ち上がっていたのだ。

 慌てて君彦の元へ駆けて行くと慶尚の後ろにはバツが悪そうな顔で響子が立っていることに気が付き、一気に竜次の胸がときめく。顔を真っ赤にして君彦のことを心配していたことすら既に忘れてしまっている様子だ。

 声を荒らげ近付いて来た竜次に、慶尚は無関心全開の眼差しで目をやると突然背中に担いでいた君彦を下ろして竜次に託す。

 いきなり君彦を預けられて竜次はわけがわからず抱えると、慶尚と響子の方を交互に見て説明を求めた。

 しかし慶尚に至っては説明すること自体面倒臭いのか、無表情のまま竜次に向かって手を振る。


「それじゃ、後は任せた」


「――――――――って、オレが!? 何で!?

 てゆうか猫又に一体何があったんだよ、何でこいつ気絶してんのっ!?」


 竜次の叫びも空しく慶尚は全く聞く耳を持たないまま自分の席へと歩いて行ってしまった。

 すると今度は教室の奥から、能天気な黄色い声が響く。


「あ~~、君彦クンじゃない!

 一体どうしたの~? 何だかほっぺたがものすごい腫れてるけど?」


 黒依から放たれる言葉の一つ一つが響子の心臓を抉り、ますます居心地が悪くなってしまう。

 しかしそんな響子の心中を察することなく黒依は満面の笑みを浮かべて、顔面蒼白になっている響子に話しかけた。


「もしかして君彦クンをノックアウトしたのって、志岐城さんだったりするのかなぁ?」


 白々しい言い回しに響子はほんの少しだけ殺意を抱いてしまうが、黒依が言ってることは間違っていないのでその怒りを必死に堪えようとする。


「べ……別に悪気があって殴ったわけじゃないわよ、ちょっと……色々あって。

 あたしが殴ったらこいつ気絶しちゃってどうしようかって思ってたら、たまたま犬塚の奴が来て……」


「それで犬塚クンが君彦クンをここまで運んでくれたってこと?」


 響子の説明の後半部分を黒依が引き継ぐ。

 異性に必要以上に近寄られると拒絶反応が現れて反射的に相手を殴ってしまう癖がある響子は、君彦を殴り飛ばしそのままノックアウトしてしまったのだ。当然男に触れることすら嫌悪感を抱いてしまう体質な為、気絶した君彦を介抱するどころか学校まで運ぶことすら出来ず、道の真ん中で立ち往生しているとたまたまその場に犬塚慶尚が現れたというわけである。

 慶尚はその場の状態を目にしただけだったが、特に響子に説明を求めるわけでもなく黙ったまま君彦を担ぎ上げてここまで運んで来た……というわけだ。

 慶尚に対して良い印象を持っていなかった黒依や響子は、既に自分の席についてぼ~っとしている慶尚を見つめ、少しだけ見直していた。黒依は口元に指を当ててぼそりと呟く。


「へぇ~……、犬塚クンって案外イイ人なのかもしれないね」


 黒依のその言葉に、響子はかつて自分も同じように考えたことがあったのを思い出した。

 響子に取り憑いている色情霊を一時的に近付けないように出来る数珠を、5万円で買わされそうになったというニガイ思い出。

 それを思い出した途端、黒依が感じていることが気の迷いであることを教えようとも思ったが、その時ちょうど始業ベルが鳴ってしまった為、響子は自分の教室へ帰らなければならなくなった。


「あ、それじゃあたしは教室に戻るから。

 その……、猫又のこと……頼んだわよ」


 響子は少し照れくさそうに目の前に居る黒依と竜次にそう告げると、黒依はいつものようににっこり微笑んで手を振っていた。

 竜次は憧れの響子に君彦のことを頼まれ、必要以上に張り切っている様子だ。

 それから響子は自分の教室に戻り、竜次は君彦を肩に担いで保健室へと向かう。


「……ていうかコレ、最初から保健室に連れて行けば良かったんじゃないのか!?

 犬塚の野郎~~わざとか!? 保健室より教室の方が近いからとりあえずここに連れて来たってわけか!?」


 竜次が君彦を保健室に連れて行ってる時、黒依は担任に事情を説明する為だと言って教室にちゃっかり残っていた。

 その後、保健室のベッドで寝かされていた君彦が目を覚ましたのは、一時限目が丁度終わった頃だった。

 保険医の先生にお礼を言ってから教室へ戻る君彦、今は休み時間の為廊下には数人の生徒がたむろっている。

 君彦は二時限目が始まる前に一度響子の教室へと立ち寄った、休み時間のせいか教室のドアは開けっ放しになっていて君彦は覗き込むように顔を出す。すると廊下側の席に一人で座っている響子を見つけて、君彦は声をかけた。


「志岐城さん!」


 その声に驚いた響子は笑顔を引きつらせて言葉を失っている様子だった、それも仕方がないこと。

 またしても自分のせいで君彦に怪我を負わせてしまったのだから、さすがの響子でも罪悪感に苛まれて当然だった。

 しかしそれがわかっていてもどうしても異性に対して素直に謝罪出来ない響子が言葉を詰まらせていると、膨れ上がった頬がなぜこうなったのか忘れてしまったかのように……、まるで何事もなかったかのように君彦は笑顔で響子に話しかけた。


「あのさ志岐城さん、今朝言いそびれたことがあるんだけどね。

 実は志岐城さんと黒依ちゃんに昨日のお礼をしようと思って、みんなの分のお弁当を作って来たんだよ。

 前もって伝えられなかったから、志岐城さんも黒依ちゃんも自分のお弁当を持って来てると思うけど、そんなにたくさんの量を作って来たわけじゃないから、お昼休みまた一緒に屋上でお弁当食べようよ」


 何の企みも悪意もない、そんな君彦の屈託のない笑みに響子はいつも戸惑ってしまう。

 今までなら自分に声をかけて来る異性は全員、響子に必要以上の好意を持って接して来る。中には悪意を持って襲って来る者さえいたのだ、そんな出来事を過去に腐る程経験して来た響子は男の誘いなど全く受ける気になれなかった。

 そんな男性不信が響子の心をかたくなにさせていたのに、なぜか君彦だけは違っていたのだ。

 君彦には響子に取り憑いている色情霊の色香が効かないという理由もあるにはあったが、どうしてもそれだけではないような気がしていたのだ。しかしそれが一体何なのかはっきりとした理由は分からない。

 それでも響子は心のどこかで、なぜか君彦のことだけは信じられたのだ。

 だから何の警戒心もなしに響子は、自分でも気付かない内に頷いていた――――――――とても素直に。


「……わかった、それじゃ――――――――昼休みに屋上ね」


「よかった~! 約束だからね、志岐城さん!」


 約束を交わした君彦は始業ベルが鳴った途端、響子に手を振って自分の教室へと戻って行った。

 突然目の前に現れて約束をこじつけて去って行った君彦に、響子はただただ唖然とするしかなかった。

 わけのわからない安心感に浸りながら……。

 



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