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今日のご機嫌

 長いゴールデンウィーク明け、部活をしていなかった君彦は数日ぶりに登校していた。

 思えば連休直前の君彦は慶尚のせいで猫又と喧嘩をしてしまい、挙げ句猫又が家出してしまって精神的に重苦しい状態にあったが、今の君彦はそんな重苦しさを微塵も見せていなかった。

 むしろ機嫌良く、いつもの能天気な笑みを浮かべながら鼻歌なんかを歌って学校へと向かっている。

 そんな時四つ辻に差し掛かった場所で奇妙なくしゃみが聞こえて来た。


「ぶぇーっくしょーいっ!」


 まるでバラエティのコントばりの派手なくしゃみ。

 わざととしか思えないようなくしゃみに驚いた君彦は一体誰がしたのかと思い、くしゃみが聞こえて来た右側の道に目をやる。

 するとそこには鼻を真っ赤にさせて片手にはティッシュを持った響子の姿があった。

 君彦は鼻をすすりながら響子に挨拶をする。


「おはよう、志岐城さん。

 えっと……その、もしかして志岐城さんも風邪引いちゃったの?」


 先程までの能天気な笑顔から一変、君彦はぎこちない笑顔になりながら恐る恐る声をかける。

 別に響子のことが苦手だからという理由ではなく、響子が明らかに風邪を引いている様子を見て、それが自分のせいであると認識していたからその罪悪感により、無責任な笑みを放つわけにはいかないと自重した為だった。

 響子は苦虫を噛み潰したような表情で君彦に目をやると、もうひとつ派手なくしゃみを放つ。


 今君彦の目の前に居る響子は、君彦が初めて会った時の響子とは全く違っていた。

 初めて会った時の響子は出来るだけ周囲の注目を浴びないように、ひたすら地味な格好を演出していたのだ。

 元々色素の薄い髪色をわざわざ黒髪に染めておさげにし、制服のスカート丈も膝より下、明らかに「イモい」格好をすることで自分の周囲に存在する男性から注目されないように努めていた。

 しかし今ではそんな努力をしても結局無駄であることに気付いた響子は地味な格好を封印する、髪色は元の茶髪に戻してウェーブがかったロングヘアもおさげにせずそのまま下ろし、制服の着こなし方も普通の女子高生の如くスカート丈を膝上に戻していた。

 君彦は特に女性のことを外見で判断してきたわけではないが、それでも今の響子は以前に比べるととても自然で君彦の目から見ても、どちらかといえば美人の系統に入っていると思っていた。

 そんな風に思っている女性が加藤茶ばりの大きなくしゃみをぶちかました所を見て、少しばかりショックを受けている。


 響子は警戒する様子もなく、ごく自然に君彦と共に歩いて学校に向かう。

 恐らく本人達はさほど意識しているわけではないようだが、ほんの少し前のことを考えてみればそれは響子にとってとてつもない進歩であったが、残念ながら風邪の諸症状に苦しむ今の二人にはその変化に気付くことはない。

 響子は鼻を噛んだ後、横目で君彦を見据えると少し不機嫌な表情で返事をした。


「えぇ、まぁね。

 見ての通りさっきからくしゃみが止まんなくてさ、イヤになるわ」


「あはは……、そっか。

 何かごめんね、きっと昨日の出来事が原因……だよね」


 君彦は申し訳なさそうに頭をぽりぽりと掻きながら、響子が癇に障らない程度に謝罪する。

 すると響子は鼻をすすりながら平然と言い放つ、そこに厭味も照れ隠しもなかった。


「別にあんたが謝んなくていいわよ、あたしが勝手にやったことだし。

 大体さ、猫又のヤツがいなくなって困るのはあたしだって同じなんだから……お互い様でしょ」


 今日は機嫌が良いのか?

 君彦は目を丸くして響子を見つめた。

 てっきり「いちいち謝るんじゃないわよ、鬱陶しい」とか「元はと言えばあんた達が面倒臭いことするから悪いんでしょ」とか言われると、君彦は本気で思っていたからだ。

 響子が本来持っていたのであろう優しい一面に触れることが出来た君彦は、嬉しさの余り満面の笑みを浮かべて今度は感謝の言葉を述べようと前に進み出た。

 思えば猫又が無事君彦の元へ戻って来ることが出来たのは、黒依や響子……そして浮幽霊のカナのお陰でもあった。

 だが昨日は色々なことがあり過ぎて、黒依や響子にきちんとお礼を言うことが出来ていなかったことを思い出した君彦は、今こそお礼の言葉を述べるチャンスだと察してここぞとばかりに響子の方へと詰め寄る。


「志岐城さん、それでもオレはすごく嬉しいんだ!

 もしかしたらオレや猫又って、志岐城さんにものすごく嫌われてるものとばかり思ってたからさ。

 でも昨日オレ達の為に雨の中ずぶ濡れになってまで助けてくれて、本当に感謝してるんだよ!

 志岐城さんがいなかったら、猫又はもう一生戻って来なかったのかもしれないんだ。

 本当なら昨日の内にちゃんと言えれば良かったんだけど……、本当にありがとう!」


 まるで君彦の背後から後光が差してるような、そんな純真無垢な笑顔を見せつけられて響子は硬直していた。

 顔がひくひくと痙攣し、口はあんぐりと開いたまま。

 響子に対して全く悪意のない男が目の前に……、そう考えただけで響子の胸が高鳴る。

 あまりに慣れない状況に耐えきれず響子は拳を震わせ、自分自身でも心から望んでいるわけじゃない行動に出てしまう。


「だーーかーーらーーっ!

 男は近寄るなって言ってるでしょうがあああああっっ!!」


 気付いた時には君彦の頬を思い切り殴り飛ばしていた。

 響子は今までの経験から「反射的に男を殴ってしまう」という癖に、心底嫌気が差していたが後悔先に立たず。

 結局いつもと変わらず、響子は自分の許容範囲内に迫って来た君彦に対してまたしても暴力を振るってしまっていた。




 

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