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一件落着!?

 突然姿を現した犬塚慶尚の祖父を名乗る、犬塚呂尚……。

 彼は相当猫又に恨みでもあるのか、戦意を完全に喪失している慶尚を焚きつけるように声を荒らげていた。

 

「何をしておるのじゃ慶尚! 

 憎き猫又が目の前に居るというのに、なぜトドメを指さん!

 今日こそ我が犬塚家が猫又によって蔑まされ続けた憎しみを晴らす時じゃろうが、さっさと刀を抜けい!」


 ツバをたくさん飛ばしながら強要しようとする呂尚に対し、遂に慶尚の堪忍袋の緒が切れた様子である。


「いい加減これ以上身内の恥を晒すのはやめてくれ、……勝負はついたと言ってる」


 慶尚は祖父であろうと手加減なしに一睨みする、しかしそんな孫の下剋上に屈服することなく呂尚は負けじと睨みをきかせて怒鳴り散らした。滅多に声を荒らげようとしない慶尚に勝てるのは、声の大きさだけだとどうやら本人にもわかっているようだ。


「何が身内の恥じゃ、お前は悔しくないのかっ!?

 古来より我等が祀りし犬神様は、世間から凶暴な妖怪と恐れられてきた。

 それもこれも陰陽師に媚びへつらってきた猫又一族の汚い策略によってじゃ、わかるか!?

 仕える者に対する忠誠心は全ての物の怪すら凌駕する、最も情の深い妖怪なのに猫又一族と来たらっ!

 自分勝手自由気ままに振る舞っているクセにその並々ならぬ神通力を武器に、陰陽師に付きおった!

 妖怪退治を生業とする陰陽師の手足になることで自らの格を上げたつもりであろうが、ワシは騙されん!

 大体ワシはそこにいる猫又だけはどうしても許すわけにはいかんのじゃ!」


 そう怒声を上げながら呂尚が指を指し示したのは、なぜか猫又だけではなく君彦にも向けられていた。

 君彦は突然怒りをぶつけられ、わけがわからないまま戸惑っている。


「猫又……、ワシは猫又だけは許せんのじゃ!

 このワシから大切な者を二人も奪いおってからに……っ、よく見なくてもわかる。

 どこからどう見てもヤツに瓜二つ、まるで若かりし頃の猫又征四郎を見ているようじゃわい!

 あ~~~っ! 思い出しただけでまたはらわたが煮え繰り返るっっ!」


「えっ!? お祖父ちゃんのこと、知ってるんですか!?」


 呂尚の口から君彦の祖父である征四郎の名が出た途端、君彦は驚きの余りつい声に出してしまっていた。

 すると呂尚はふふんと鼻を鳴らし、両腕を組みながら少し上機嫌の表情で話し出す。


「知ってるも何も、このワシの永遠のライバルだった男じゃ!

 その昔一人の女性を取り合い、決闘までした。

 数年前にヤツが…………」


 そう呂尚が口にしかけた途端、慶尚は祖父に向かって平手チョップを坊主頭に食らわせて無理矢理黙らせた。

 孫に攻撃され文句を言おうと思った呂尚であったが、慶尚は祖父に向かって軽蔑にも近い眼差しを向けると呂尚はさすがに大人しくなってしまい、わざとらしい咳払いをしてから落ち着きを取り戻した。


「まぁ、その内わかるじゃろう。

 そんなことより慶尚、勝負がついたとは一体どういうことじゃ!?

 猫又の奴はまだ健在じゃぞ、だったら勝負がついたとは言えんのう」

  

 すると慶尚は君彦の腕に抱かれている猫又に視線を向けながら、先程の現象について呂尚に話した。


「あいつは……猫又は人間に危害を加える邪悪な妖怪じゃなかった、むしろそれ以上の存在だったんだよ。

 猫又君彦の危機を救う為に奴は体内に蓄積していた神通力を解放し、まだ未完成だったが羽九尾猫又に変化した。

 尾は二又のままだったが、背中から七色に輝く六枚の羽根を出現させたんだ……まず間違いない」


 慶尚の言葉に呂尚の顔色はだんだん険悪になって行く、先程の猫又に対する憎しみから……猫又が邪悪な妖怪ではないという事実以外にも、猫又がとても高位な妖怪へと転身した事実が悔しくて堪らないといった感じだ。

 口ごもりながら慶尚から告げられる言葉を聞く呂尚。


「オレとじいさんの約束事……。

 それは……猫又が邪悪な妖怪かどうか見極めること、そしてもし猫又が人に仇なす凶悪な妖怪であった場合には、これを退治せよ……だったな。だがむしろ猫又はこの町を治める為に尽力していた、つまり退治対象ではなかったということになる。

 そう判断したからオレはとっくに勝負はついたと言ったんだ、奴の正体を一部でも見極めることが出来たから」


 そう結論付けると慶尚はぐうの音も出ない呂尚へと向き直り、本題に入った。


「―――――――――というわけだから、じいさん……約束は守ってもらうぞ。

 猫又の正体を見極めた暁には……、オレの一人暮らしを許可して全面的に協力すると」


 慶尚が悪びれた様子もなく言い放った言葉に、一同耳を疑った。

 君彦も黒依も響子も、全員固まったように目を丸くしながら慶尚を瞠っている。

 真っ先に食い付いたのは当然、慶尚によって散々な目に遭って来た君彦であった。


「ちょっと待て、お前それ……一体どういうことなんだよっ!?」


 当然と言えば当然の反応に、それでも慶尚は平然とした態度で答える。


「だから……猫又が良い妖怪なのか悪い妖怪なのか。

 それを判断したら今住んでる実家を出てオレが一人暮らししてもいいって、じいさんと口約束してたんだよ。

 おかげで無事に一人暮らしが出来そうだ、一件落着だな」


 他人事のように片手を振って適当に礼を言う姿に、普段穏便な君彦が珍しく本気で怒りを露わにした。

 どこからかブチンという何かが切れた音が聞こえたように、すやすやと深い眠りに陥っている猫又を両腕に抱き抱えたまま君彦は、ウドの大木の如く立ち尽くしている慶尚に向かって悪口雑言を浴びせ続ける……。

 そんな世にも珍しい「キレた君彦」を目にした響子が呆気に取られながら、黒依の方へと歩み寄った。


「あいつがあんなにキレて、誰かに向かって怒鳴り散らす姿なんて初めて見た。

 ねぇ、あんた猫又と付き合い長いんでしょ? 猫又が怒ったトコって、他にもあった?」


 何となく、何の気兼ねもなく黒依に話しかけていた響子は突然ハッとして先程の言葉を訂正する。


「べ……っ、別に付き合いって言っても男女の付き合いって意味じゃなくって!

 あいつと知り合ってから長いんでしょって意味だからねっ!?

 だからといって別にあたしがそんな細かいこと気にしてるってわけでもないんだから、勘違いしないでよっ!?」


 顔を赤らめながら慌てて言い繕う響子であったが、黒依は全く気にしていない様子であった。

 どこか元気がないような、まるで響子の声が全く聞こえていないような……そんな虚ろな表情でぼうっとしている黒依を見て、響子は眉根を寄せながら首を傾げる。

 

 君彦の溜まりに溜まったうっぷんやストレスや愚痴などを散々慶尚に放った後、慶尚から軽い謝罪があった程度で「猫又失踪事件」はめでたく幕を閉じたのであった。

 翌日―――――――――、黒依を除く三人(と一匹)が軽い風邪を引いてしまったことは……、勿論言うまでもない。

 


 

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