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二度と失いたくない

 君彦の状態が思わしくないということもあり、猫又は数分ほど慶尚の決断を待ってはみたが横目でちらりと君彦の様子を窺い、どうしてもこれ以上時間を取られるわけにはいかないと察した。

 座った姿勢から再び立ち上がると、まるでそれを合図にしたかのように慶尚が刀を握る手にわずかに力を込めると、目線だけで犬神に合図を送る。すると犬神は牙をむき出しにして君彦に向かって威嚇の姿勢を取り始めた。


『おい、ちょっと待て!』


 しかし猫又の言葉に耳を傾けようとしない慶尚が、すごんだ口調で遮った。


「オレ達犬塚家は邪悪な妖怪共を一掃する為に生きて来た、今更化け猫の言葉に耳を傾ける謂われはない。

 化け猫に加担し、挙げ句の果てに家族とまで言い放ったそいつもそうだ。

 人間にとって災いとなるものは例えそれが同じ人間であったとしても、容赦する必要はない。

 猫又……、お前だけではなくそいつも同罪となるからには――――――見過ごすわけにはいかない!」


 慶尚が刀を今までとは全く異なる構え方で、ありったけの殺気を込める。

 まるで慶尚の周囲だけピンと張りつめた空気が漂ってるように、「そこ」だけ異質な雰囲気を放っていた。

 猫又は背中の毛を逆立てて臨戦態勢を取るが、正面には慶尚……そして右方向には犬神が君彦を狙っている。いくら何でも君彦を庇いながら慶尚と犬神を相手にするのは無謀に近かった。それでも猫又は君彦を守る為に神経を集中させて慶尚と犬神の両方の動きを注意深く警戒する。

 ふと、慶尚が動きを見せて刀の握りが音を立てた瞬間――――――猫又の全神経が慶尚の方へと注がれた隙を狙って、犬神は君彦に向かって襲いかかった。

 腕の激痛でその場から素早く動くことが出来なかった君彦は、自分に襲いかかる凶暴な姿をした犬神に目を瞠り、声を上げる余裕すらない。猫又は慶尚が音を立てたのはただのフェイクだと察して心臓が跳ね上がった。


 ――――――――――――ドックン。


 目の瞳孔が開き、後方を振り返るとそこには君彦に飛びかかっている犬神の姿が映し出されていた。

 このまま行けば犬神の尖った爪は君彦の体を食い込む程押さえ込み、その鋭い牙は迷うことなく君彦の喉笛を噛み千切る。

 想像するだけで猫又は深い苦しみに囚われる、そして守れなかった自分を悔やんでもきっと悔やみきれないだろう。

 ……あの時と同じように。

 猫又にとって初めての家族を、最も愛した飼い主を……。

 この世で一番大切だったハルを守れなかった時と同じ苦しみを、……再び味わうことに。


 ――――――――――――ドックン。


『うわあああああああああああああああああああああああっっ!!』


 猫又の絶叫と共に周囲が一瞬にして眩い光で覆われた、何が起こったのか分からずに慶尚は目が眩みそうな程の光を避ける為に片手で視界を覆った。同じように響子や黒依も、まるで突然目の前に太陽が現れたかのような……理解し難い展開にただただ目を閉じるしか出来ない。しかし君彦はじっと見つめていた……、確かにあまりの眩しさに視界を覆いたくなるような明るさであったがその光はとても優しく温かいものだと感じられて、かえって視線を逸らせずにいたのだ。

 

「猫……又!?」


 光の正体は、宙に浮かんだ猫又。

 猫又の体全身から光を放っているというよりも、猫又の背に突如として現れた「光の翼」が美しい光を放っていたのだ。

 それは七色に輝いていてとても美しく、その光景を目にしている君彦の心を魅了する程の神々しさを持っている。

 猫又の背に現れた六枚の翼ははばたきはしていないが、翼から放たれる凄まじい「神通力」が猫又の体を宙に浮かせていた。

 翼を生やした猫又はまるで殆ど無意識となっているせいか夢見心地のような表情で、ゆっくりと君彦を襲おうとしていた犬神の方へと向き直って六枚の翼を一振りさせた。


『―――――――――ギャン!』


 たった一振りで嵐が巻き起こったかのような突風が発生し、その衝撃をまともに受けた犬神はそのまま吹き飛ばされて境内にある大きな木に激突した。

 君彦に危害を加える者がいないことを察したのか、放心状態の猫又は宙に浮かんだまま光を放ち続けている。

 六枚の翼を生やし、犬神をたった一振りで撃退した猫又を目の当たりにした慶尚は畏怖を込めて……、まるで神か悪魔を目にしたような顔で驚愕し声を震わせた。


「まさ……か、これは――――――――猫神化したというのか!?」


 刀を片手に握ったまま驚きを隠せない慶尚は口を開けたまま、猫又を見つめていた。

 すると猫又の背に生えた翼が突然羽ばたき出す。

 まるでこのまま空の彼方へと飛んで行きそうな勢いで、何度も翼を羽ばたかせた。

 君彦は猫又がどこかへ行ってしまうと直感的に察したのか、腕の痛みも忘れて立ち上がり、猫又に向かって叫ぶ。


「猫又っ!」


 しかし光を放ち続ける猫又からの返事はない、まるで君彦のことを忘れてしまったかのように猫又は振り向きもしなかった。

 それでも君彦は猫又を呼び続けながら、両手を広げて迎えようとする。


「猫又……もういい、もういいんだ。

 オレ達を傷付ける奴はもうどこにもいない、だから――――――もう戻ってもいいんだよ」


 宥めるように、諭すように優しく声をかける君彦は猫又の向こう側に居る慶尚の方へと視線を走らせ、刀を捨てるように訴えた。

 それを察した慶尚は反論することもなく、君彦の言う通りにする。

 大人しく刀を石畳に上に投げ捨てると慶尚の方を振り向いた猫又が、投げ捨てられた刀を一瞥するように見つめ、何かを考え込むようにじっと様子を窺っている。

 

「猫又、戻ってこい。

 またオレと一緒に……、貧しいけど楽しかったあの頃に――――――戻ろう、な?」


 君彦の声に今度はちゃんと反応したのか、猫又はゆっくりと君彦の方へと虚ろな瞳を向ける。

 両手を広げて、猫又が怯えないように……警戒しないように近付いて、宙に浮かんでいる猫又を受け止めようとする君彦。

 するとそんな君彦の心が通じたのか、猫又の背に生えた六枚の翼から徐々に光が失われていく。


『―――――――――君、彦……』


 小さく呟くように名前を口にすると、猫又の背から七色に輝く六枚の翼が完全に消失してしまう。

 翼が消えたと同時に猫又を宙に浮かせていた「力」が効力を失い、両手を広げていた君彦の腕の中へと落ちて行く。

 しっかりと抱きとめた君彦は、愛おしそうに……眠っている猫又の頭を優しく撫でた。

 雨なのか涙なのかわからない雫が君彦の頬をひたすら濡らす。


「猫又、―――――――――おかえり」


 長かった戦いはようやく幕を閉じ、君彦はたった一人の家族を―――――――再び取り戻した。

  



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