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本当のキモチ

『君彦ーーーーーーーーっっ!!』


 慶尚の刀が君彦を斬り付ける寸前、猫又は咄嗟にジャンプすると君彦の顔に飛びかかって自ら攻撃を受けようとする。


 ――――――ダメだ、ダメだダメだダメだ!

 お前をオレなんかの為に傷付けさせるわけにはいかねぇんだ……っ!

 だって……、お前は……っ!


 全てが幻のようだった、時がゆっくりと進むように全ての動きが不思議と手に取るように分かる。

 そして運動神経の鈍い君彦の目でさえはっきりと映し出される、自分の顔にしがみついて離れようとしない猫又を慶尚の鋭い刀が捉えている場面を。君彦は声にもならない程の「一瞬」で猫又を両手で掴むように抱いた。

 

 ――――――刹那。

 雨で濡れた石畳の上に、鮮血が滴り落ちる。

 傷口は思いの外浅かったが、それでも刀で腕を斬られた君彦が重傷であることに変わりはない。

 君彦はそのまま猫又をゆっくり放すと、激痛で斬り付けられた腕を庇うように前屈みになって呻いた。

 

『君……彦……?』


 猫又は寄り添うように君彦の側へゆっくりと近寄る、すると君彦は顔を上げて猫又を見つめた。

 優しい瞳で、痛みを堪えながらもにっこり微笑む君彦が……ようやく猫又に言いたかった言葉を口にする。


「猫又……、よかった……お前に怪我がなく……て。

 オレ……お前に何かあったらって、思うと……全然……落ち着かなくて。

 黒依ちゃんがお前の居場所……教えてくれて、――――――こうしてやっと会えたんだ。

 オレどうしても……お前に伝えたいことがあって――――――」


 腕を押さえながら話す君彦に、猫又は動揺しつつ声を荒らげる。

 君彦の跪いた足に前足を乗せて顔を覗きこむようにして、必死になって声をかけた。


『何言ってんだ! そんなことより早く傷の手当てをしねぇと……っ!』


「猫又、聞いてくれ……っ! 今言わないとオレ……きっと一生後悔、する……っ!」


『お前がオレに何を言おうと……、オレは何も変わりはしねぇんだよ!

 オレはただの猫又……、化け猫なんだ! 人間を襲う化け物と何も変わりはねぇんだよっ!

 だからそんなオレの為なんかにお前が……、お前がそんな目に遭う必要なんてどこにも……っ!』


 目に涙をたっぷりと溜めながら、猫又は声を震わせ怒鳴った。

 しかしそんな猫又の言葉を遮るように、今度は君彦の方が声を荒らげる。

 君彦もまた……、目にたくさんの涙を浮かべながら声を高らかにして言い放った。


「――――――家族なんだっ!」


『………………っ!!』


 君彦の言葉に、猫又の涙が大量に零れ落ちた。

 完全に不意を突かれ、全身を小刻みに震わせながら猫又は君彦の顔をじっと見つめる。

 腕からどくどくと血を流しながら、それでも君彦は苦痛の表情を見せず……猫又に温かく笑いかける。


「お前がいなくなって……、ずっと考えてた。

 最初は口うるさいお前がいないことを喜んでせいせいしたとか言ってたけど、何かが違うんだ。

 それが何かずっとわからなかった……、オレはお前がいなくなったことにずっと目を背けてた。

 本当のことを知るのが怖くて……。

 知ったら自分がどうなるのかが全く想像出来なくて、それでオレ……ずっと現実から目を逸らしてたんだ。

 お前がいない毎日を過ごして……ずっと何かが物足りなくて、それが何なのか……やっとわかったんだ。

 猫又……、お前がオレのおばあちゃんと何があったのか……、オレは知らない。

 話したくないって言うなら、お前の口から無理矢理聞こうとはしないよ。

 でも……、これだけは言いたい。

 オレにとってお前はおばあちゃんの仇とかそんなんじゃなくて、もっと……それ以上のものだったんだ。

 一人になって、おじいちゃんが亡くなった後に感じてた孤独をもう一度感じて、それに気付いた。

 猫又……、オレにとってお前は――――――かけがえのない家族だったんだよ。

 とても大切な……、オレにとってはとてもとても大切な……、大事な家族なんだ。

 一緒に笑ったり、喧嘩したり、ふざけ合ったり、毎日本当に騒がしくて――――――毎日本当に楽しかった。

 お前がオレを寂しい気持ちから救ってくれたんだ、孤独からオレを助けてくれたんだよ。

 だから……っ! もうオレの前から姿を消すような真似なんか、するなっ!

 オレにはお前が必要なんだよ……っ!

 だってオレ達はもう……、家族……だろ? なぁ、猫又……っ!」


『君彦……、お前……っ!』


 君彦の真っ直ぐな思い、心からの言葉、それを受け止めた猫又は涙が止まらなかった。

 かろうじて泣き声を上げないように静かに涙を流す猫又が、刀傷を負った君彦の腕へと視線を走らせどうにか傷の手当てをしようと思い、顔を近付ける。


「――――――待て!」


 すかさず止める慶尚、彼の言葉に猫又と君彦は緊張交じりに慶尚を見上げた。


「化け猫が人間の血を口にするな」


 慶尚の冷たい言葉に君彦はどうしても逆らわずにはいられなかった。


「猫又のことを化け猫だなんて呼ぶな! それに猫又はオレの怪我を治そうと思ってるだけだ!」


「理由なんてどうでもいい。

 オレはただ……物の怪が人間の生き血をすすった時、そいつの妖怪化が進んでそのまま理性を失う可能性が高くなると言ってるだけだ」

 

 君彦が負傷し、猫又は君彦が現れたことによって一時的に戦意を失っている状態にあった――――――にも関わらず、慶尚と犬神は未だ君彦達への殺気を消そうとはせずに、いつでも攻撃出来る態勢を保っている。

 このままだと劣勢にある君彦達が危ないと響子は蒼白になりながら、どうにか駆けつけたいと思っているが全身の金縛りがまだ解けていない状態なのでもどかしい気持ちになりながら、助けに行けない自分自身に苛立ってさえいた。

 自由に動ける状態にある黒依に頼んだ所で彼女は普通のか弱い少女、響子は黒依に向かって君彦達を助けに行けとはとても言えない……例え言葉を発することが出来たとしても、黒依に向かってそんな無謀なことは口に出来なかったのだ。

 一方黒依は傘の柄を握る手に力を込めながら…じっと様子を窺っている、口元を引き締めて…いつもの笑顔はなかった。

 ただ――――――君彦と慶尚の行く末を黙って見守っているというよりむしろ、これ以上君彦達に危害を加えるようならば次は自分が容赦しない……とでも言いたげな表情だ。


 雨に打たれながら、二人の睨み合いはなおも続く。

 しかし君彦の腕から血が流れ落ち……だんだんと顔色が悪くなって行く様子を窺い、悠長に事を構えているわけにもいかなくなった猫又が、君彦の前に立ちはだかって慶尚に告げる。


『……オレの負けだ、好きにしろ』


「――――――猫又っ!?」


 君彦が弱々しい声で呼ぶが、猫又は振り向きもしなかった。

 決意した猫又はその場に座るとじっと慶尚を見据え、静かな口調で命乞いをする。


『お前の刀で殺されようが、そっちの犬っころに噛み殺されようが構わない。

 だがな……君彦だけは! ――――――君彦だけはこれ以上傷付けないでやってくれ、頼む』


 猫又の二又の尾が項垂れるように下を向く、でっぷりとした体型をした猫又の背中がどこか力なく肩を落とすように見えて、君彦は痛みを堪えながら猫又に手を伸ばそうとする。

 しかし慶尚と、こちらを威嚇したまま睨みつける犬神の殺気にそれ以上体が動かなかった。

 猫又はガラス玉のような瞳を慶尚に向けたまま慶尚が下す審判を、――――――ただひたすら待ち続けた。




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