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睨み合い

 降り続く雨は次第に激しさを増していく、同時に猫又と犬塚慶尚との戦いも熾烈を極めていた。

 剣道をしたことがあるのか、慶尚は慣れた手つきで日本刀を振りかざし猫又を追い詰める。

 太った体で攻撃を回避するのは相当辛く、息を荒らげながらも刀による攻撃を避けながら猫又は更に隙をついて襲ってくる犬神の攻撃にも気を張らなければいけなかった。

 

『チッ、くそう! お前等卑怯じゃねぇか、二対一なんてよっ!』


 宙返りしながら猫又が愚痴をこぼす、そうすることで余裕を見せようとしているが慶尚には通じていない様子だ。

 刀を両手で構え直すと慶尚は焦燥すら微塵も見せない表情、口調で反論する。


「化け猫退治に卑怯も何もない」


『退治…って、お前さっきオレの真意を見極めるとか何とか言ってたじゃねぇかっ!』


『ぐるるるっ、挙げ足を取っている余裕があるのか……化け猫っ!』


 主に口答えする猫又を威嚇するように犬神が猫又を罵った、しかし猫又は犬神の言うことを殆ど相手にしていないのかちらりと目線を動かしただけですぐにまた視線を慶尚の方へと戻す。

 息も切れ、体中に少しばかり受けた傷から血を流し、猫又は自分の力が落ちていることに気付いている。

 本来ならば犬神使いに引けを取らない強さを持っている猫又であったが、この数日間の内に物の怪としての能力が急激に低下していると感じていたのだ。

 このままでは慶尚に負ける、―――――殺される。

 そう察した猫又は疲労困憊の表情になりながらも懸命に威嚇する、しかしその姿にはすでに迫力がなくなっていた。

 

 圧倒的に猫又の方が不利な状況を目の当たりにしながらも、体を動かすどころか言葉一つ発することも出来ない響子は、もどかしい思いに打ちひしがれていた。

 すぐ目の前で猫又が殺されかかっている、しかし自分は何一つ出来ない。

 見ていることしか出来ない。

 もしここで猫又が慶尚の手で殺されでもしたら―――――。


(そんなの……、どうやってアイツに説明しろっつーのよっ!)


 途端に君彦の悲しそうな顔が頭の中に浮かんで来る、その顔を思い浮かべた途端…響子も悲しくなって来た。

 胸の奥がズキズキと痛んで苦しくなって来る。

 響子は全身に力を込めてどうにか金縛りを解こうとするが、結局どうすることも出来ずに猫又達の戦いから視線を背けた。

 両目をきつく閉じ、戦いの音だけが響子に耳に入る。


(―――――猫又っ! お願い……、早く来てよっ!

 このままじゃあのデブ猫が殺されちゃうじゃない、あんたの大切な猫なんでしょう!?

 だったら早い所ここに来てさっさとあの無愛想男をぶっ飛ばしちゃってよね、あんたも一応男なんでしょ!

 頼むから早く……、お願いだから……っ!

 こんなのあたし、もうこれ以上見てらんないわよーーーーーっっ!)


 慶尚の一太刀が完全に猫又を捉えそのまま迷いなく振り下ろす、全身の毛を逆立たせて殺気を感じ取るも猫又は飛び退ろうとした瞬間に水たまりに足を取られ、逃げ遅れてしまった。

 その瞬間、全ての時が止まったかのようにゆっくりと慶尚の鈍く光る刀が猫又を襲う、避けようにもバランスを崩した体は瞬時に体勢を立て直すことが出来ず、大きなガラス玉の瞳に日本刀の切っ先だけが映る。

 

 ―――――刹那、白刃の一閃は突然現れた「何か」によって遮られた。


 猫又は力が抜けたように、目の前に現れた「何か」をじっと見つめていた。

 両手を広げて猫又を庇う背中―――――、見覚えのある黒髪。

 

『君……彦……!?』


 無意識に口から出て来た言葉、猫又は消え入る程に小さな声で囁くように呟いていた。

 願わくばこの場に現れて欲しくなかった人物、これから決して会うことはないと思っていた者。

 君彦の首筋に冷たい刃が突き付けられる、寸での所で刀は止まっていた。

 猫又だけではなく慶尚もまた、この場に君彦が現れるとは―――――猫又の盾になるとは思っていなかった様子である。

 しかし動揺することなく慶尚は低い声で警告した。


「どけ」


「嫌だ!」


 即答に慶尚の顔がぴくりと、わずかに苛立ちを見せた。

 君彦の声を確かに聞いた響子は目を開け、戦いの音が止んだ理由を知る。

 猫又をかばうように両手を広げて盾になる君彦の姿、そんな彼の目の前で刀を振り下ろしたまま止めている慶尚。

 そんな異様な光景を目にした響子が声を上げようとした時、いつの間にか隣に立っていた黒依がしっと口元に指を当てて静かにするように促した。

 黒依もまた君彦と慶尚の戦いが緊迫していることを察し、邪魔しないように……見守るようにしているのだ。


「お前の出る幕じゃない、それはただの化け猫だ。

 人間に害をなす化け物なんだぞ」


 慶尚の冷たい言葉に、君彦は断固としてどかなかった。


「違う! 猫又は化け物なんかじゃない。

 過去に何をして来たかオレは知らないけど、少なくともオレの知ってる猫又は人間に危害を加えるようなヤツじゃない!」


 両手を広げたまま、全身ずぶ濡れの姿で慶尚を睨みつける君彦。

 慶尚もまた刀を引くことなく、君彦の喉元に突き付けたまま殺気を抑えることはなかった。


「邪魔立てするつもりなら、お前でも容赦しない。

 化け物に加担する者としてこの手で処断するまでだ、それでもいいのか!?」


 常に抑揚のなかった慶尚の口調に初めて、はっきりとした怒りが現れていた。

 鋭い瞳で君彦を睨みつけるがそれに臆することなく、君彦は決して怯まない。

 意地でも動かないという君彦の力強い眼差し、――――――それが慶尚の神経を逆撫でし今まで怒りを露わにしなかった彼が遂に激昂した。慶尚は刀を握る手に力と殺気を込めて振り上げると、狙いをそのまま君彦に定めて一気に刀を振り下ろした。





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