表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
37/108

あんたのせい

 犬塚の掛け声と共に現れた大きな犬が上空まで駆けて行き、助けを求めている少女の幽霊を追いかけていた緑色の化け物を前足で引き裂き、噛みつくと醜い断末魔を上げて消滅した。何が起こったのか理解出来ていない響子は隣で無表情のまま上を見上げている犬塚の方を振り向くが、彼は淡々とした態度のまま事の成り行きを見守っているように見えた。そして化け物を退治した犬神はそのまま犬塚の足元まで駆け下りて、大人しくお座りをする。

 化け物が消滅しても少女の幽霊はまだ恐怖が拭いされていない表情のまま、響子達の方へと下りて来た。すると少女は響子を見るなり『あっ!』と声を上げて指をさしている。


『お姉ちゃん、いつも君彦お兄ちゃんと一緒にいる人だ!』


 響子は眉根を寄せながら聞き返した。


「・・・? そういえばあんた、逃げてる最中に猫又がどうとか叫んでたわね。もしかしてアイツの知り合いか何か?」

 

 半透明の少女に話しかけている自分に多少の違和感を感じながらも、響子は話しかけられた反動で普通に返していた。すると少女は仕切りに犬塚の方を気にしながら少しだけ響子の方に寄り添う形で説明する。


『あたしはカナ・・・、3丁目に住んでる浮幽霊なの。最近この町に悪い幽霊とか物の怪が増えてみんな困ってるから、涼子お姉ちゃんに頼まれて猫又ちゃんを探してたの。町に悪い幽霊が増えたのは猫又ちゃんがいなくなったせいだって、町の縄張りに関係なく飛び回ることが出来るのはあたしと野良猫さん達だけだから―――――――それにこのままだと君彦お兄ちゃんも危ないかもしれないって』


 カナの口から次々と説明されて響子は混乱している、しかし犬塚は内容を把握しているのか少しだけムッとしたような表情になるとカナの方に一歩近付いて詳しく聞こうとするが、犬塚に怯えているのかカナは響子の背中に隠れてしまった。


「あんたのことが怖いんだってさ」

「―――――――心外だな、こんなに善人なのに」


 しかし犬塚のことを怖がっているのはどうやら外見だけではないようで、カナは響子の背中に隠れたまま声を荒らげる。その声には怒りと悲しみが入り混じっていた。


『みんなあんたのせいなんだから! あんたが猫又ちゃんと君彦お兄ちゃんを苛めたから・・・っ、だから猫又ちゃんがいなくなったのよ! おかげで猫又ちゃんに守られていたこの町も悪い幽霊を呼び寄せるようになっちゃったし、どうしてくれるのっ! 猫又ちゃんを返してよっ!』


 カナの勢いに犬塚の足元で大人しくしていた犬神が牙をむき出しにして威嚇したので、カナは再び泣きそうな顔になって響子の後ろに完全に隠れてしまった。

 怯えるカナを気遣ってか、犬塚は厳しい口調で犬神に命令する。


「やめろ、こいつは悪霊じゃないから除霊対象じゃない」


 その言葉に忠実に従うように犬神はすぐさま威嚇するのをやめて、それでもカナをじっと見据えたまま再び犬塚の足元でおすわりの態勢を取る。犬神がこっちを睨みつけているのでカナは恐る恐る顔を出して、犬塚と犬神の方を交互に見つめた。


「猫又がこの町を守っていたのか? ―――――――支配していたわけじゃなくて?」


 犬塚は相手が子供であろうと優しく話しかけると言うそぶりを見せず、いつもの通り淡々とした低い声で訊ねた。カナは眉根を寄せたままつんとした口調で答える。


『そうだよ、すっごく怖い妖怪さんを封印した後からずっと猫又ちゃんがこの町を守ってくれてたの。おかげでこの町には人間とか良い物の怪に悪さをする悪霊は出て来なくなったわ。たまに悪い妖怪が町に入り込んでも猫又ちゃんが退治するか追い出してくれたの、でも今は猫又ちゃんがいないのをいいことに今までこの町で悪さをする為に入ることが出来なかった妖怪達が入りこんで、ここぞとばかりにやりたい放題・・・。このままだと君彦お兄ちゃんも狙われちゃうから、だから涼子さんはそうならないようにあたしに・・・』


 カナの説明で響子は慌てるように聞き返す。


「ち、ちょっと待って!? 町を守る猫又がいなくなったから悪い幽霊とかが入りこんでるってのはわかったけど、なんでそいつらに猫又が狙われなくちゃいけないわけ!?」


『お兄ちゃんは―――――――、えっと・・・その・・・っ』


 響子の質問にカナはしどろもどろになってきょろきょろと視線を動かしながら挙動不審になっている、その理由を誰にも話してはいけないようにカナは何とか誤魔化す言葉がないか一生懸命考えている様子だった。カナの状態を見て犬塚はこれ以上詳しいことは聞けそうにないと判断したのか、カナに礼を言うと足元で大人しくしていた犬神に合図を送り―――――犬神は軽くジャンプするとその途端に姿が消えてしまった。


「もう変なのに見つかるなよ」


 それだけ言うと犬塚はてくてくと学校へと歩いて行ってしまった、響子は呆気に取られたまま自分の後ろにまだ隠れているカナの方へと視線を移す。


『お姉ちゃんもお願い、あたしは猫又ちゃんを探さなくちゃいけないから君彦お兄ちゃんの側にいてあげられない。きっと寂しがってるから・・・お兄ちゃんと猫又ちゃんは一緒にいなくちゃいけないの。だからお願い、君彦お兄ちゃんにも猫又ちゃんを探すように言ってほしいの』


 礼儀正しくお辞儀をして頼み事をするカナに響子はあからさまにイヤな顔をした、カナの頼みを聞くのがイヤなわけではなく君彦に必要以上に関わらなくてはいけなくなるということに拒絶反応が出てしまっているのだ。しかし必死に頼んで来る小さな女の子を無下にすることも出来ない響子は、がっくりと肩を落としながら了解した。するとカナは嬉しそうに無垢な笑みを浮かべると、猫又が見つかったらすぐに知らせに行くとだけ言い残して再び空高く舞い上がってどこかへ飛んで行ってしまった。

 今までにない奇妙な体験をしたものだと感慨深げになっていた響子はすぐ我に返ると、まだ数メートル先をゆっくりとした歩調で歩いて行く犬塚を追いかける。


「詳しく聞かせてもらおうじゃない、あんたがダブル猫又を引き離したって理由を!」


 勇んで訊ねて来た響子に向かって犬塚は淡白な表情で後ろの方を指さす、怪訝に思いながら響子が後ろを振り向くとさっきまでどこかへ行っていたはずの色情霊が戻って来て、不気味な笑みを浮かべていたので全身に鳥肌が立った。


「ひっ! さっきまでどっか行ってたくせに!」


 毎日家で色情霊を目にしているせいか、最初のように絶叫したり気絶しかけたりということにはならなかったがそれでも不気味であることに変わりはなかった。すると響子は何を思ったのか犬塚の方を振り向いて、必死に訴えかける。


「ちょっと! あんた幽霊退治の専門家とか何かなんでしょ!? さっきのでかい犬を出してこいつ退治してよ!」

「あ、それは無理」

「何でっ!?」


 考える間もなくすかさず断って来たので響子は余計腹立たしく思って、更に声を荒らげた。すると犬塚は響子の体にヘビが取り巻くようにまとわりついている姿を見ながら、普通の口調で説明する。


「前にも言ったろ、オレがこの色情霊を祓えるのは一時的にしか出来ないって。こいつは強制的に除霊しようとしても無駄なタイプなんだよ、それだけこの色情霊の念は強い。――――――言ってみれば呪詛じゅその類になる、だからオレが強制的に犬神を使って祓おうと思っても呪詛返しに遭ってオレの方に負担がかかってしまう、だから出来ない」


 専門用語が飛び交っていまいち理解し切れない響子は表情を歪めながら絶句している、そんな時―――――――犬塚は何かを思い出したかのようにハッとした顔になると、おもむろに学ランのポケットから何かを取り出してそれを響子に差し出した。

 響子が一体何だろうとそれを受け取ると、それはブレスレットのように小振りな数珠であった。


「これは?」


「その数珠にはオレの念が込められている、それを左手に身に着けていればその間だけ色情霊を遠ざけることが可能になるんだ。言ってみればお前が猫又の側にいる時みたいな状態でいられるってわけだな、―――――――便利だろ」


 響子が数珠を受け取った時、後ろを振り向くとついさっき自分にまとわり憑いていた色情霊がイヤな物を見るみたいに苦しそうな顔になりながら遠ざかって行く。手に取っただけでこの効果なのだから犬塚の言ってることに嘘はないと響子は思った。


(こいつ―――――――無愛想で口が悪くて何考えてるかわかんない奴だけど、もしかして実は・・・結構いい奴?)


 こんな貴重な物をくれるというのだからきっとそうに違いないと思った響子が、犬塚に向かって礼を言おうとした瞬間。

 犬塚は右手を響子に差し出して、当然のように言い放った。


「―――――――5万円」

「お金取るならいらないわよっ!!」


 響子は憎しみと怒りを目一杯込めて数珠を犬塚に投げつけると、犬塚はそれを見事にキャッチする。


「いいのか? これがあればお前は猫又にまとわりつかなくてもいいんだぞ」

「おあいにく、霊感商法に引っかかる位なら猫又にまとわりついてる方がミトコンドリア程度にはマシよ!」


 響子はこれ以上付き合っていられないと言わんばかりに、犬塚を置いてさっさと学校へと向かった。すると目の前に校舎が見えて来た途端、始業ベルが鳴り始めたので響子は血相変えて走って行った―――――――後方を呑気に歩く犬塚に向かって吠えながら。


「ほら! あんたのせいで遅刻しちゃうじゃない、このウドの大木がっ!」


 脚力には自信がある響子はすぐさま校舎に入って行ったが、犬塚はマイペースのままのんびりと校舎へ入って行った。






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ