猫又の飼い主
「お前の身近に―――――――親戚に、不審な死を遂げた人物はいないか?」
校舎の屋上で言われた犬塚の言葉が忘れられなかった、午後の授業に出席したものの――――――――ずっとその言葉に関して君彦は記憶を手繰らせ、何かを思い出そうとする。しかし頭の中にもやのようなものがかかって、詳しく思い出すことが出来なかった。
君彦の両親は君彦が3歳の時に事故で亡くなり、その後は父方の祖父母によって育てられ・・・9歳の頃には祖母が、そして翌年には祖父まで亡くしている。親戚で不審な死を遂げた人物がいないか問われても、君彦の身近には次々と大切な家族が亡くなっている。しかしどれをとっても家族の詳しい死因を思い出すことは出来なかったのだ。
(―――――――もしかしたら、トキワ荘の大家さんなら何か知ってるかもしれない)
気になり始めるともう止められなかった、猫又への疑いを晴らす為なのか―――――――それとも猫又に関して調べる為なのか、どちらが本当の気持かわからないまま君彦は担任に早退を申し出て、そのままアパートへと帰って行く。
全力で走ってアパートに辿り着くといつもアパートの入り口付近を掃除している大家さんの姿が見えず、大家さんの部屋のドアをノックしても返事がなかったので買い物に行ったのかもしれないと思った君彦は、とりあえず自分の部屋へと戻った。
ドアを開けて中に入ると不気味な位に中は静かで、時計の針が時を刻む音しか聞こえない。
「そういえば―――――――、オレが学校から帰る頃にはいつも猫又が勝手にテレビを見ながら大笑いしてたっけ・・・」
『お、遅かったじゃねぇか君彦! おかえりー!』
君彦が帰るといつも親父のように寝転びながら、猫又がこんな風に声をかけて来た。しかし今部屋の中には誰もいない。静まり返った室内に入って行って、それから居間にある仏壇に手を合わせて祖父母に挨拶をした。
「・・・ただいま帰りました、征四郎おじいちゃん―――――――ハルおばあちゃん」
それからゆっくりと顔を上げて目の前に飾ってある祖父母の遺影を見つめた、優しく微笑む祖母・・・そして優しさの奥に厳しさも兼ね備えた祖父の顔。君彦は黙ったまま二人の写真を見つめ続けて、それから何かをハッと思い出した。
焦燥の色が隠せない様子で君彦は遺影の二人に謝罪しながら仏壇の手前にある引き出しに手をかけて、中にある遺品を探り出す。そこには祖父母が大切にしていた物がしまわれており、手紙や写真―――――――数珠と何かの札・・・それから君彦の手に当たってチリンという音が鳴る。
「―――――――っ!?」
君彦は鈴の音のした物を引き出しから取り出して、それをじっと見つめる。心臓の鼓動が速くなり、息を荒らげながらそれを調べた。それから祖母が大切にしていたであろう写真の方へ自然と目が行き、そこで君彦は確信した。
静かな室内にいたせいかもしれないが、突然全く別の世界に迷い込んだかのような奇妙な感覚が君彦を襲う。動揺から耳鳴りまでして来て、君彦の額から一筋の汗が流れ落ちた。
祖父母の遺品から見つけた品物、―――――――それは。
古びた猫用の首輪と、・・・祖母が女学生だった頃の写真にはアメリカンショートヘアのような毛色をした太った猫が、当時まだ17歳位の祖母と一緒に映っているモノクロ写真。
モノクロなので毛色がハッキリわかるわけではなかったが、その猫の外見はまさに―――――――どこからどう見ても君彦が知っている猫又そのものであったのだ。
「ハルおばあちゃんが―――――――、猫又の飼い主・・・!? そんな・・・っ」
君彦は首輪を手に握ったまま力なく座り込み、呆然とした顔で遺影を見つめる。犬塚の言葉が頭から離れないままショックを隠しきれない君彦に、祖父母はただ柔らかい笑みを浮かべているだけだった。