犬塚の話
今回は久々に長いです、そして珍しくシリアスモードに突入いたします。
どうか応援してあげてください。
休憩時間――――――、犬塚の回りには黄色い声を上げながら色々と質問攻めしている女子の集団。そしてそれを妬ましそうな眼差しで見つめ続ける男子生徒達。まだ犬塚のことをよく知らない君彦達であったが、屈強そうな外見から勝手に不良のイメージを抱いてしまっている黒依は君彦に向かって心配そうに声をかける。
「ねぇ君彦クン、やっぱり昼休みは行かない方がいいと思うんだけど・・・」
昼休みに体育館裏へ来るように直接言われた君彦は特に気に留めていないのか、そんなことよりもむしろ黒依が他の女子と同じように犬塚の方へ行かずに自分の側にいてくれているという事実に有頂天になっていた。
「もしかしたら何か大事な話があるのかもしれないし、無視するわけにはいかないと思うんだ。だから一応行ってみるよ」
「でも・・・もしいきなり暴力振るって来たりしたらどうするの!? 犬塚クンって何だかすごく怖そうだし・・・」
困った表情を作りながら黒依が少し離れた場所の席に座っている犬塚の方に視線を送りながら、人差し指で口元を押さえる仕草をした。仕切りに自分の心配をして来る黒依に対して君彦は嬉しくて仕方のない様子だ。
(黒依ちゃんがオレの心配を・・・! 本当に何て優しい娘なんだ・・・まさに地上に舞い降りた女神のようだっ!)
結局黒依が何を言っても君彦は楽観的な態度で深く勘ぐったりしようとはしなかった、そんな君彦の性格を少なからず把握している黒依はちらりと春山竜次の方へと視線を移す。彼は最初に訪れた君彦のピンチの時に全く役に立たなかったのでかなり落ち込んでいる様子だったので、彼にボディーガードを頼むのは速攻で諦めた。
(仕方ないわね・・・、不本意だけど君彦クンに何かあったらあたしが困るし・・・。ここはケンカに強いって噂の志岐城さんを使うしかなさそうだわ)
一方的にそう決めた黒依は昼休みに弁当を一緒に食べるフリをして響子に君彦のボディーガードをさせようと目論んだ、勿論黒依がそんな計画をしていることなど全く知らない能天気な君彦は鼻歌を歌いながら、今夜の夕食に何を作ろうか献立を考えていた。
――――――昼休み、終業ベルがなった途端に犬塚は君彦の方へ目線で合図を送る。当然君彦だけではなくクラス全員が二人の様子を窺いながら息を飲んでいた。そして黙ったまま二人一緒に教室を出て行く、最初は黒依も一緒について行こうとしたが犬塚に制止されてしまった。君彦と二人だけで話があると、―――――――鋭い眼光で睨まれてしまい黒依はそれ以上文句を言うことが出来なかったのだ。
君彦と犬塚が廊下を歩いて進んで行ったのを見送ると、黒依は大急ぎで隣のクラスにいる響子の元へと走って行く。ガラリと勢いよくドアを開け、すぐさま響子と目が合った。
突然の来訪者に響子は目を丸くしながら驚いている様子だ。黒依は他の生徒が変な目で見ていようと気にすることなく、いつもとは全く違ったスピードで響子の元へ歩いて行って声をかける。
「志岐城さん、ちょっと頼みたいことがあるから一緒に来てちょうだい! お願いっ!」
「――――――はぁ!? ちょっと・・・一体何だって言うのよ」
いつもなら黒依の側には君彦がいるはずなのに彼の姿がないことに違和感を感じる、響子は黒依に何となく嫌われているように感じていたので黒依自身が響子にお願い事をしに来るとは思っていなかったせいもあった。黒依と知り合ってほんの数日しか経っていないが、それでもある程度彼女の特徴を把握しているつもりである。
黒依は実に回りの空気を読まない位のマイペースさで、余程のことがない限り慌てたり取り乱したりしないような・・・そんな女の子だと思っていた。
しかし今響子の目の前に居る黒依は何か焦っているような、ひどく取り乱している様子だったので響子は不審に思う。
「―――――――一体何があったの、ちゃんと説明してくれない?」
響子のその言葉に黒依はようやく落ち着きを取り戻した様子だった、黒依自身も響子に対して良い印象を与えているとは思っていないのか―――――――響子の方から自分に向かってこんな言葉をかけて来るとは思っていなかったようである。呼吸を整え、強く訴えかける眼差しで黒依は犬塚について話し出した。
一方、君彦と犬塚は校舎の屋上に来ていた。君彦は眉根を寄せながら犬塚に訊ねる。
「えと・・・体育館裏じゃ、なかったっけ?」
君彦の問いに犬塚が丁寧に答える、見た目はかなりいかついが聞かれたことに対しては面倒臭くない程度にきちんと返事をするようなので、外見とは裏腹に意外と律儀な人間かもしれないと君彦は思った。
「他の奴等に邪魔されたくなかったからな、みんなの前でああ言っとけば野次馬なり仲裁なり―――――――全員体育館裏の方へ行くだろ?」
そうまでして邪魔されたくない話というのは一体何なんだろうと、君彦は余計にわけがわからなくなった。とりあえずこちらから敵意を見せないようにして―――――――極力無抵抗の意を見せる為に平然を装ってみる。黒依に向かって仕切りに「大丈夫だ」と言っていたが、いくら楽観的な君彦でも全く不安がなかったわけではない。
内心では何を言われるのか、突然暴力を振るわれたらどうしよう―――――――など、色々と試行錯誤していたのだ。そして遂に犬塚の方から話を切り出してきた、しかしその話の内容は君彦が想像していたこととは全く異なるものである。
「単刀直入に聞く―――――――、お前・・・猫又という化け猫に取り憑かれているだろう?」
「―――――え!?」
時が止まったように感じられた、犬塚の言葉に即座に反応して心臓が一瞬跳ね上がる。次第に鼓動が速くなって頭の芯が熱くなってくる、明らかに君彦は動揺していた。
(な――――――なんでこいつ、猫又のことを!? てゆうかそれ以前にこいつ・・・猫又とか幽霊とか、そういう物の怪の存在を信じてる人間なのか!?)
君彦の顔色が変わり明らかに動揺している様子を見て確信をついた犬塚は、君彦の返答を待つこともせず話を続ける。口調は至って淡々としており、挑発するわけでも諭そうとしているわけでもない。ただありのままを話し始めた。
「オレはお前と同じように霊を見ることが出来る、そして浄霊する能力も持っている。この町にはびこっている物の怪をある程度退治してたら、あることに気付いた。この町の物の怪達は他の町の奴等とは明らかに違う所があったんだ。まるで大きな一つの勢力にまとめ上げられているかのように、定められたルールに従いそれぞれが人間との共存を図ろうとしている。それはオレの知る所じゃない。そんなことが出来る奴が一体何者なのか知りたくて、オレはこの町までやって来たんだ。そしてようやくその親玉を見つけた」
そこまで話して一旦言葉を切る、まるで君彦に理解させるようわざと言葉を切ったようにも取れた。犬塚の言葉のひとつひとつを聞いて、君彦はゆっくりと理解していく。パズルのピースをゆっくりとはめこんでいくように――――――そして最後のピースがはまった時、君彦は息を飲んだ。それを介した犬塚は再び話を続ける。
「――――――そう、それがお前の知っている猫又のことなんだよ」
「そ・・・っ、それが一体どうしたって言うんだ!? まさか・・・猫又が何か悪さをしたとか・・・そんなこと言うんじゃないだろうな!?」
君彦は途端に怖くなった、彼の言葉・・・霊を見ることが出来て―――――――なおかつ浄霊することが出来る人間。つまり猫又を退治する力を持っているということになる、なぜ彼がここまで来て君彦に対してこんな話をするのか・・・君彦の脳裏に最悪なイメージが浮かんで来る。
(もしかして―――――――猫又のことを退治しに来たのか、こいつは!?)
そう思った瞬間君彦は犬塚に対して身構えた、喧嘩が強いわけでもない君彦はなぜか犬塚に対して抵抗の意を示していたのだ。彼が何を企んでいたとしても、彼の思い通りにさせるわけにはいかない!
「いや、オレは別に物の怪を退治するのが仕事ってわけじゃない、ここへ来る途中に退治して来た奴等もちょっとばかり悪さが過ぎた妖怪だったから、念のために退治しただけなんでな。お前の知っている猫又って奴が無害ならば別に無理矢理退治してやろうなんてしないから安心しろ」
「―――――――――え!? そうなのか!?」
君彦はますますわけがわからなくなってきた、ようするに犬塚が一体何を言いたいのか―――――――その意図が全く掴めないのだ。とりあえず猫又を退治するわけじゃないという言葉を聞いて安堵する。あの猫又が人間に危害を加えるような邪悪な化け猫だとは思えない、君彦は心の中で強くそう思った。
ワガママで口が悪くて食べ物の好き嫌いが激しくて、猫のクセに寝言を言ったりいびきをかいたりするし、尻尾が2本あって人間の言葉を話せるということ以外、本当にそこらの猫と何も変わらない猫又―――――――。
そんな奴が邪悪であるはずがない、君彦は中学生の時から猫又のことを知っている。それからずっと一緒に暮らしている。猫又に関しては犬塚なんかよりも自分の方がもっとずっと、何でも知っているのだから――――――――――――――!
君彦には自信があった、犬塚が何の目的でこうして君彦に確認を取っているのか知らないが・・・彼の思い通りになることは有り得ない。そう思って君彦の顔に平常心が戻った時、犬塚もまた再び口を開いた。
「お前、猫又という化け猫がどうやって物の怪になるか知ってるか?」
またしても唐突な言葉だった、先程から犬塚の切り出してくる言葉はどれも予測不可能なものばかりで君彦はその度に呆気に取られてしまう。本当の所―――――――彼が一体何を言いたいのかわからないままだが、とりあえず犬塚の気が済むように君彦はそのまま素直に答えていった。
「いや、別にオレは幽霊とかが見えるだけでそういう知識とかは殆どないから・・・。それに考えたこともなかったし・・・」
君彦の言葉に少しだけ間を置く犬塚、彼の無表情な顔から何を考えているのか読み取るのは非常に困難であったが・・・どこか君彦に対して真実を述べることを躊躇っているような―――――――そんな感情を抱いているようにも見える。それから犬塚は考え込んだ仕草の後に、顔を上げて君彦を真っ直ぐ見据えると少し声色を抑えたような口調で話した。
「猫又という妖怪はな・・・、自分の飼い主を噛み殺すことによって妖力を得て――――――化け猫へと転生する」
「――――――――――――――っっ!!」
再び君彦の心臓に痛みが走る、瞳を大きく見開いて荒らげそうになった言葉を飲み込んだ。
「つまり、だ。お前が今一緒に住んでいるという猫又って妖怪は―――――――自分を飼っていた飼い主を噛み殺して『猫又』になったということなんだよ」
「そ―――――――そんな、だって・・・そんなことって!」
それ以上言葉が続かない、猫又に関しては目の前にいる犬塚よりも自分の方がもっとずっと理解しているはずだった。何でも知っていると思っていた。―――――――それが、今は違う。
猫又の飼い主のことなんて、知らない。そんな話・・・猫又はただの一度だってしたことがなかったから。猫又がどこから来て、どうして君彦の元へ来たのか・・・聞いてもいつも言葉を濁したり、はぐらかしたりして―――――――結局本当のことを口にしたことなんてない。
君彦は猫又のことを知っているようで、―――――――何も知らなかった。
君彦の自信が揺らぐ、―――――――猫又への思いが揺れる。
そして新たな思いが生まれる、―――――――猫又のことを信じてもいいのだろうか?
君彦の心の中に初めて『疑惑』という感情が生まれた。
それは君彦と猫又との間に、亀裂が生じた瞬間でもあった―――――――。