問題児、1,2,3!
「犬塚慶尚です、よろしくお願いします」
君彦のクラスに転校してきた無愛想男が自己紹介をした、名乗った後には大体自分の趣味とか得意なこととかを話すものなのだが、犬塚は名前を名乗っただけでそれ以上何かを話す素振りを見せない。いきなり沈黙に包まれてしまったので担任がそれとなく言葉を付け足した。
「あ~~、犬塚君? 何か趣味とか・・・得意なこととかないのかね?」
そう聞かれた犬塚は視線を斜め上にしながら考え込む、10秒程考えた後に何かを思いついたのか犬塚は担任に向かって答えた。
「――――――特にないです」
「ないんかいっ! ないなら何でそんなに考え込むの!? 本当はあるのに言わなかっただけじゃないのか!? 面倒臭いからはしょっただけとか、そういうのじゃないのかね!?」
「じゃあネットサーフィン」
「じゃあって何だよ、じゃあって! 何でそんないい加減? どうして何気に不快そうな顔になってんの、先生が悪いのか!?」
「せんせ~~、話が前に進まないので早くしてくださ~~い!」
単調な犬塚の受け答えに対し担任一人が派手にツッコミを空振りしまくるので、一人の生徒が業を煮やして文句を言った。そんな様子を見ている君彦も犬塚のキャラクターが掴めず、呆気に取られている。
担任は犬塚の態度に腹を立てながら空いてる席に座るよう促す、その時何となく犬塚の手に持っていた物が目に入ったので試しに訊ねてみた。
「犬塚君、手に持ってるそれってアレかね。竹刀とか木刀かね? もしかして君、剣道部に入るつもりかね?」
担任にそう尋ねられると犬塚は手に持っている物に視線を落とし、それから相変わらずの一本調子な口調で答える。
「いえ、剣道部に入るつもりはありません。てゆうかオレ、こう見えてインドア派なんで・・・」
「インドア――――――っ!? そんな体格にちょっと筋肉質な体型でインドアって、そりゃないだろう!? どう見ても屋内より屋外の方が大好きな外見でしょうよ!?」
「それにコレ、竹刀とかじゃなくて『真剣』です」
「ちょっと何、思い切りインドアのくだりはスルーするのか!? もう興味ゼロなのか!? 面倒臭くなったのか!?」
「せんせ~~、そこはいいから真剣の所をもっとツッコんだ方がいいかと思いま~~す!」
再び痺れを切らした生徒の一人が担任を注意する、殆ど肩で息をする位に血圧の上がっている担任をよそに犬塚は全く素知らぬ顔で指定された席に向かおうとしていた。そしてそれを当然止めて、担任が真剣に関して鋭く追及する。
「犬塚君、剣道部に入らないならそもそも学校に竹刀とか木刀とかを持ってきたらダメになってるんだよ、それが校則ってもんなんだよ――――――わかるかね? それから竹刀とか以前に『真剣』は日本人としてもっとNGなのわかってるかね? ナイフでも包丁でも普通に持ち歩いたらダメなの、それが日本の法律ってやつなの。君、ちゃんと歴史の勉強してる? ――――――廃刀令って知ってるかね?」
「せんせ~~、そこまで遡らなくても銃刀法違反でいいと思いま~~す!」
そんなやり取りが繰り広げられて、クラス中がいい加減馬鹿らしく感じて来た様子だ。それまで犬塚の外見だけでものすごく怖い印象を持っていたが、口を開けばものすごくいい加減な言動や態度が目立ったということもあり――――――もしかしたら外見とは裏腹に案外面白い男なのかもしれないと殆どの生徒はそう感じ取った様子だった。しかし担任に至ってはそう思っていない。
(このクソガキ・・・っ! こいつは要注意人物と認定したぞ、どうして私の受け持つクラスには問題児ばかりが揃っているんだ!)
そう心の中で叫びながら君彦と黒依の方を睨みつける。
(クラスの問題児その1、猫又君彦! 授業中だろうがいかなる時でも突然奇声を発してわけのわからないことを口走る! 見た目は全く持って目立たない普通の生徒かと思いきや、一番の曲者だ!)
それから次に君彦の前の席に座っている黒依の方を睨みつけた。
(クラスの問題児その2、狐崎黒依! 四六時中微笑みっ放しだが歯に衣着せぬ言動で最もドス黒い要注意人物! さり気なく自分に被害がこうむらないようにする立ち回りと腹黒さから、猫又君彦以上に質が悪い!)
自分が受け持ったクラスの生徒に難癖を付けながら、担任は犬塚を席に追いやって――――――ようやく授業に入ることが出来ると安心した矢先のことだった。犬塚は指定された席の方とは全く逆の方へ歩いて行き、なぜか君彦の前までやって来たのだ。自分の目の前に立ち塞がる犬塚に君彦は目が点になる。
「お前に話がある、ここじゃ何だから昼休みに体育館裏で待ってるから必ず来い、いいな」
明らかに宣戦布告だった、犬塚の異様な雰囲気にクラス全体が沈黙に包まれる。そして今の一言でつい先程まで好印象を与えたばかりだったのに、あっという間に最悪な印象が植え付けられてしまった。犬塚は見た目通りの怖い人物、そう決めつけられ・・・更にそのターゲットに選ばれた君彦のことを助けようとする人物は誰もいない。黒依がほんの少しだけ不安そうな表情を浮かべながら担任の方を振り向くと、担任は黒板の方に向いて何も見ていないフリをしていた。明らかに見えない、聞こえないを貫いている。担任が当てにならないとすかさず察した黒依は次に君彦の盾となれる人物――――――春山竜次の方へと視線を走らせる。
しかし春山自身もよっぽど犬塚が怖かったのか、担任と全く同じように教科書を立てて視界を遮っていた。
「ちょっと、春山クン! 君彦クンのピンチなんだから今こそ春山クンの出番でしょう!?」
黒依に名指しで注意されるが、それでも春山は涙を大量に流しながら逆に助けを求めている。春山も当てにならないと踏んだ黒依はもう一度君彦と犬塚の方へと向き直り――――――二人の様子を窺った。犬塚は喧嘩をふっかけているようにしか見えない堂々とした態度で、両手をズボンのポケットに突っ込んだまま・・・真剣だと言っていた布にくるまれた物は細長い紐が付いているので、それを肩に掛けながら君彦を見据えている。
両者の間で火花が散っているかと思いきや、君彦は自分の身に何が起きているのか理解していないのか――――――ぽかんとした表情で犬塚を見上げているだけであった。