予想通り
妖艶に、妖しく微笑む響子の―――――――――たわわに実る胸へと誘導する手を掴むと、君彦が真っ赤な顔で声を張り上げた。
「やっぱり駄目だよ、こういうのはっ!」
力一杯拒絶しようと奮闘する君彦に、響子は更に自分の体をすり寄せて君彦を求める仕草をした。
『―――――――――駄目じゃないわ、私がこんなに貴方のことを欲しているのに・・・』
しかし君彦の意志は固く、響子の両肩に手を置いてぐいっと自分から体を引き離す。それから真っ直ぐに響子の目を見つめながら君彦は真剣な眼差しで告げた。
「だってあなた、―――――――――志岐城さんじゃないんでしょ?」
君彦の迷いのないハッキリとした言葉に響子は両目を見開き、固まった。その表情にはどうしてそれがわかったのか・・・疑問に満ちたものへと変わっている。
「志岐城さんはオレに、――――――男に触れることを極端に嫌うんだ。こんな風に平然とした態度でオレの手を引っ張ったり近付いたりするなんて有り得ない、・・・ずっとおかしいと思ってた。でもこれでようやくハッキリしたよ。今オレの目の前にいるのはオレの知ってる志岐城さんじゃない。志岐城さんに取り憑いている色情霊なんだって」
図星だったのか、君彦が断言した言葉に舌を打つと響子は乱暴に君彦の手を振り払うと後方に飛び退った。セーラー服のボタンが外されたままで響子の白い柔肌と下着を纏った胸が君彦の目にちらついて、咄嗟に視線を逸らす。
『ここまで誘惑されながら、なぜこの女を抱こうとしない!? 私の色香が通じないわけじゃないだろう!?』
そう真剣な面差しで問われ、君彦は顔を真っ赤にしながら口ごもる。全く効果がなかったわけではない・・・むしろ何度欲にかられたか、それを認めると自分が凄く穢れた人間のように思えて仕方がなかったのだ。君彦は話題をすり替えようと響子の体を乗っ取っている色情霊に向かって懇願した。
「何の目的があってこんなことをしたのかわからないけど、早く志岐城さんの体を返してあげてください! その体はあなたが自由にしていい体じゃありません。あなたはとっくに・・・亡くなってるんです。どうして志岐城さんに取り憑いているのかその理由はわかりませんが他人を呪っても決して幸せになんてなれませんよ。あなた自身の為にも、どうか安らかに成仏を・・・っ!」
そう言いかけると響子の顔が恐ろしい形相に変わり、怒りを露わにした。まるで目の前で突風が巻き起こったかのように君彦は色情霊の威圧感に押されて思わず足元がよろけてしまう。
『勝手なことを抜かすな、汚らわしい男めっ! お前なんぞに私の気持ちがわかってたまるものか!』
しかし君彦も負けてはいられなかった、猫又がいない以上響子を救えるのは自分しかいないと・・・君彦は懸命に色情霊を鎮めようと一歩・・・また一歩と近付いて行く。距離を縮めようとする君彦の姿に色情霊はなぜか恐れを感じたのか、差し伸べようとする手から逃れるように後退していく。
『私に触れるな・・・っ、やめろっ! 私は成仏なんてしない! この者を使って私は・・・私は・・・っ!』
叫ぶ色情霊に君彦が触れた瞬間、さっきまでの突風が止んで辺りが急に静まり返る。それからがくんっと倒れるように響子の体がふらついたので慌てて君彦が抱き抱えた。意識を失っている響子を見るなり、恐らく色情霊が響子の体から出て行ったんだと察してほっと一息つく。
「よかった・・・、一時はどうなるかと・・・」
響子を抱き締めたまま君彦が安堵していると、響子はすぐに意識を取り戻して目と鼻の先にいる君彦とバチッと目が合った。自分を抱き締めている君彦、そしてゆっくりと自分の胸元を確認するとそこにはセーラー服のボタンが外されてブラジャーをした胸が露出しているのに気付く。
「あ、志岐城さん・・・気がつい・・・」
「ぎゃあああああぁぁ―――――――――っっ、ヘンタ―――――――――イっ!」
胸を隠す前に君彦を思い切り殴り飛ばす響子、君彦は内心こうなるんじゃないかと予想だけはしていたが結局響子の強烈なパンチを避けることも出来ずにノックダウンされてしまった。
そんなやり取りを遠くから見つめる瞳があった。遠くの廃材の上から虚ろな眼差しで・・・半ば呆れたように見つめる一匹の猫。
『はぁ・・・結局こうなるわけか、アホらし。こんな調子じゃ君彦にメスとの交尾なんて当分の間は無理だな』
それだけ呟くと猫又は廃材から飛び降りるとそのまま君彦のことを見捨てて、いつもの散歩コースへと戻って行った。