それぞれの思惑
―――――――嫌われた! 絶対に今ので嫌われたっ!!
響子は涙目になりながら廊下を走り抜ける、響子の元へ戻って来た色情霊の効力ですれ違う男子生徒が群れをなすゾンビの如く、響子に近付こうとして行く手を阻んでいたが、響子はなんなくそれらをかわしてそのまま校舎を出て行ってしまった。
靴を履き替えることすら頭になく、全力疾走で駆ける響子。
今も響子の目に焼きついて離れない光景―――――――、彼は君彦の友である・・・その彼を響子は殴り飛ばし、そして君彦は友の方へと駆けつけた。
君彦は何の迷いもなく、魔の手が響子に忍び寄っていたにも関わらず君彦は響子ではなく友を優先したのだ。
少なくとも響子はそんな風に感じ取ってしまった、春山の方が悪いんだと。
しかし我に返った頃には、時すでに遅し。
少しずつ冷静さを取り戻していった響子は失速し、やがて立ち止まる。
(何やってんだろ、あたし・・・。別にあの春山ってのが悪いわけじゃないじゃない、あいつは単に色情霊の力に惑わされてただけなんだから。前までなら男はみんなケダモノだ、男がみんな悪いんだって決めつけることが出来たけど・・・今は違う。あたしに取り憑いてる色情霊があたしの回りにいる男達を惑わせているだけなんだ、男達が悪いわけじゃない。―――――――でも! それでもやっぱり、男なんて信用出来ない! ―――――――怖い! どうしても頭ではわかっていても心や体が拒絶しちゃうの、抵抗しなきゃって相手を拒むの! でもそんなの・・・アイツは知らない、だから春山って奴の方を心配して・・・あたしのことなんか全然眼中になくって!)
春山の方へと駆けつけた君彦の姿がどうしても頭から離れない響子の目に、再び涙が溢れる。
目頭が熱くなって止めどなく溢れて来る涙に、響子自身が驚き戸惑っていた。
どうして自分は、泣いてるのか―――――――?
なぜこんなにも苦しいのか、わからない。
それが『誰かを好きになる』ということに響子自身が気付くのは、―――――――まだずっと先のことであった。
―――――――一方、1-Aの教室内では。
響子が教室を出て行ったことによって色情霊に惑わされていた男子生徒は全員我に返って、先程の不思議な感覚に戸惑っている様子だった。
そんな中・・・大きなダメージを食らってまだ床に伏せっている春山を抱き抱えるようにして声をかけ続ける君彦、ようやく意識を取り戻した春山は腫れ上がった左頬に触れ・・・そして君彦に訴えかけるように、春山は涙目になりながら一生懸命弁解した。
「猫又・・・信じてくれ、オレは・・・違うんだっ! オレは別にやましい気持ちがあってあんな風になったんじゃ・・・、ないんだっ! オ・・・オレの中に潜む別の生き物が・・・っ! オレのだけどオレの意志とは関係なく暴走・・・をっ!」
春山が何を言いたいのかわかる、―――――――男として。
しかし本当の所・・・春山の性欲が活発に活動してしまったのは、言ってみれば響子に取り憑いている色情霊のせいであることに間違いない。
だが春山の過去の心霊体験以来―――――――、彼は霊に対して異常なまでのトラウマを抱いてしまっている。
よって君彦は春山に面と向かって色情霊の話をすることが出来ずにいた、霊に関する話を春山にしたら彼はその恐怖によって更にパニック状態に陥ってしまうからである。
君彦は苦笑いになりながらも、春山に向かって大丈夫だと言って聞かせた。
「わかってるよ春山、だからさっきのことはもう忘れた方がいいよ。左頬ものすごい腫れてるけど保健室に行くか? 今ならまだ保険医の先生もいるだろうし」
そう言って君彦が春山に手を貸して立たせる、それから教室を出て行こうとした時に響子のことを思い出した君彦は目の前で心配そうに見つめている黒依に尋ねた。
「あ、黒依ちゃん! オレ今から春山を保健室に連れて行くから、どれ位時間がかかるかわからないし・・・悪いけど先に帰っててくれるかな? ホントごめんね、それと・・・志岐城さんどこに行ったか知らない?」
黒依はじっと君彦を見つめ、それから人差し指を口元に軽く触れさせながら―――――――ふっと視線を逸らす。
随分と考え込んでいる様子に君彦が怪訝に感じて眉根を寄せた時、黒依はすぐさま満面の笑顔になると君彦の質問に答えた。
「志岐城さんなら急ぎの用事があるとかで先に帰っちゃったみたいだよ?」
「そっか・・・、春山のこと誤解してなきゃいいんだけど」
「大丈夫なんじゃないかな? だって原因が何なのか志岐城さんの方がもっとずっとわかってるはずだし、また明日お話すればいいだけじゃない」
響子に殴られた左頬が相当痛いのか、君彦と黒依の会話が全く耳に入っていないらしく春山はう~んう~んと唸ったまま響子の話をしていても何の反応も示さなかった。
君彦に至っても黒依の話を聞いて少し安心したのか、挨拶だけ交わすとそのまま春山を連れて教室を出て行ってしまう。
そんな二人に片手を振って見送ると、途端に黒依の顔から無垢な笑みが消え失せた。
「ごめんね、君彦クン。でも志岐城さんは君彦クンにとってあんまり良くない存在だから、―――――――悪く思わないで」
ぼそりと、誰にも聞こえない程度の小さな声でそう漏らすと―――――――黒依は再び作り笑いを浮かべ、カバンを手に下校した。
そんな光景を校舎の屋上から全て覗き見ていた猫又は、イライラと後ろ足でアゴを掻いてから怒鳴り散らした。
『うがぁ―――――――っ、そうじゃねぇだろ君彦―――――っっ!! このオレ様がせっかく気ぃ利かせてやったってのに、お前は何でヤローの方に付き添ってやがんだよぉっ!!』
両前足で頭をぐしゃぐしゃっと掻き乱し、それから息を切らしながら再び座り込む。
『あいつマジで何も気付いてねぇのな・・・。響子に取り憑いた色情霊の効力が君彦にだけは効かない、んでもって色情霊がどんだけ響子のヤツに悪影響を与えてるのか。オレ様がいなくっても自分で打開策見つけられるように、プラスそれがきっかけで二人に発情期が芽生えるようにオレ様がお膳立てしてやったのに・・・まるでお子ちゃまだなアイツら。しゃーねぇ、こうなりゃオレはもう何も言うまい。―――――――腹減ったし帰るか!』
見切りをつけた猫又はすぐに開き直るとそのまま校舎の屋上から優雅に飛び降り、君彦と一緒に住んでいるボロアパートへと足早に帰って行った―――――――が。
勿論君彦は春山の手当てに最後まで付き添っていたので、結局猫又はすぐに夕飯にありつくことが出来なかった。
今「猫又~」を書くのが楽しくなってしまってます。
というのもこの先の話を早く書きたくてウズウズしているせいです、相変わらず毎日更新というわけにはいきませんがどうぞこの先もよろしくお願いします。
*しばらく一人称視点はご無沙汰になりそうです。




