表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

母を見送る

作者: つつみ あや

 浅い呼吸が、だんだんと間隔が空いていくなかで、私たちは母の手を握り続けた。

「ここにいるからね」

 聞こえているのか、聞こえていないのか、反応する事もなく、母は目を閉じたままだった。


 午前3時を過ぎた頃。

 ああ、これが最後だと確信した。

 痩せ細った身体に残ったわずかな力を、使い果たそうとしている。それを、私は見届けなければならない。

 

 母の思考の中に、どんな景色があるのだろうか。苦しみや悲しみはあるのか…しかし私には全てを受け入れて、最後まで高潔であろうとする、母のプライドが感じ取れた。


 母の命の灯火が、今にも尽きようとする時でさえ、私には悲しみを感じる事が出来なかった。

 ただただ、母が望む事を成し遂げる責務に、私は全力を尽くす重圧にギリギリのところで堪えていた。


 末期の母を自宅で世話をすると決めてから、ある程度の重圧は予測していた。仕事柄、病人の最後は何度も経験してきた。仕事と家族は違うと、それも分かっていたはずだ。

 それでも、毎日のように動悸と目眩に襲われた。


 父と兄と私に囲まれ、それぞれ手を優しく握られ、母は最後のひと呼吸を終えた。

 父も兄も悲しみに耐えている中、私は訪問看護師に連絡を入れる。まだまだやるべき事がある。

 父も兄も各方面に連絡をを入れ、立ち止まっているゆとりは無かった。


 私が母の世話の為に帰省してから、思いつく限りやるべき事をやったという自負はある。

 それでも、面会に来てくれる方の

「娘がいて良かったね」

「介護の専門家がいて良かったね」

と語りかける言葉に、どれだけ苦しめられたか、分かる人がいるだろうか。 

 悪気の無い良心的なこころ遣いに、私はいつも追い詰められていた。


 それでも、母の安らかな表情を見れば、私はやり遂げたんだと思うことができた。少し頑固さを残してはいるものの、色白で皺の少ないきれいな顔立ち。

(文句は言わせないからね)

心の中で語りかける。

 

 これまで抱えてきたわだかまりも、もう吐き出す当の相手がいなくなってしまった。

 あなたにかけられた呪いも、とけないかもしれない。

 それが、私の人生だという事。

 あなたの人生のすべてを、私が理解し得ないように。


 母と娘。

 数多くの、様々な親子たちがいる中で、ほんの一例でしかない私たち。

 そして、他には代え難い私たち。

 美談ではない。


 当たり前の親子であるだけ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ