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それも、愛なのか?

 「ラスレット様、どうかジュリークとの結婚を考え直してください。私は彼が大好きなんです。お願いです」



王宮の舞踏会で、彼女サザンカ・ヴィロード子爵令嬢が私に訴える。


訴えられた私の名は、ラスレット・スカーレット。

銀髪、赤眼の侯爵家の長女。

目下、亡くなった前妻の娘として、今一つ家では居心地の悪い状態。



父と義母は仲が良く、異母弟妹は愛に包まれ生活している。

取り立てて意地悪される訳ではないが、見えない壁と言うのが何とも言えない。


父も義母も優しいが、私と異母弟妹に向ける態度が違う。


褒めるのも叱るのもワンクッション置く感じで、そうまるで他人に対する態度。言うなれば預かり子のような。


だから私も同じように、礼を失することがないように対応する。

勿論、異母弟妹達にも、そう。


常に微笑み敵意がないように。



父が再婚したのが、私が8才の時。

義母はまだ16才で、私と対して歳が離れていないことにも抵抗を感じていた。


それでも、特に問題もなく過ぎていく時間。


亡き母の執事と侍女長は私付きとなり、あらゆる悪意から守ってくれた。

父が関わって来ない分、私の望んでいる教育や社交は彼らが手配してくれていた。


彼らをクビにしない優しさがありホッとしたが、私に関わりたくないと考えて継続していたならば、ずいぶんと冷たい考えだ。


幾らかのパターンを考えたが、実害がないので悪い思考は放棄した。

悩んだところで、幼き身では何もできない。



亡き母が生きていた時は、自分には関係ないと楽しんで読んでいたお涙頂戴の恋愛小説も、自分の身に降りかかれば笑えなくなった。


自分では気をつけている生活も、周囲から見れば小説の題材となり得る環境だったから。


だから私は、決して怒りを他者に向けないように執心した。


幼い頃は多少の失敗はあったが、18才になった今はそつなく過ごせている筈だ。


異母弟グライスとは8才差、異母妹ナスカとは9才差なので、現在10才と9才。だいぶん分別もつき、家の状態も理解できてくる時期だ。



だから彼らが多感な時期になる前に、何処でも良いから嫁ぎたかったのに。

しがらみのある貴族社会でも、初婚の(現在の義母)を30過ぎの子持ちに嫁がせるのは如何なものか。

きっと成長すれば、下世話な輩が彼ら(弟妹)に悪意の囁きをするだろう。

できれば少しでも、悪意のネタを減らしたくて結んだ婚約だったのに。

前妻の子が既に片付けば、これから社交界にでる彼らへの風当たりも軽減できると思っていたのだが、打算の関係は相手(ジュリーク)にとっても嫌だったのだろうか ?


これ(婚約破棄)が彼の気持ちならば、もう少しこっそり婚約白紙なり破棄をして欲しかった。

異母弟妹の為にした行動が、余計に醜聞となってしまう。




だけど…………………

訴えてきたのはサザンカ・ヴィロード子爵令嬢だけで、肝心の婚約者ジュリーク・アンサンブル伯爵令息の姿は見えない。



どういうことかしら ?




軽食のある窓際で叫ぶ彼女ヴィロード子爵令嬢は1人で、私が丁度休息の為に壁際の椅子に腰掛けて、ジュースを飲んでいた時に捕まった形だ。


自分の婚約者と結婚したいと、顔さえよく知らない令嬢に詰め寄られている(ラスレット)



ヴィロード子爵令嬢は、ピンクの癖のある髪を腰まで揺らし、大きな瞳でとても可愛らしい。身長も低くて胸もなく。


まあ、当たり前である。

彼女は異母弟グライスと同じ年の8才。

ジュリーク・アンサンブル伯爵令息からすると従妹である。



「貴女、失礼なのよ、彼に対して。ジュリークはとても優しくて努力家で勤勉で、騎士としても頑張っているのに。どうしてもっとイチャイチャしないのよ! まるで熟年夫婦みたいに会話も素っ気ないじゃないの。そんなに冷めてるなら、私が貰うわ。私が一番彼の良さを知っているんだから!」


切羽詰まって泣きそうな彼女は、本当に可愛らしかった。

我慢できずに思わず抱き締めてしまった(ラスレット)


「何するのよ! 離してよ、貴女なんか嫌いなんだから」


そう言うと、泣き出して止まらないようでしゃくりあげた。


するとグライス(異母弟)もやって来て、きっと私を睨んだ。

騒ぎを起こしたので怒っているのだろうか ?



「どうしてですか姉上。……………なんでこんな関係ない女を抱き締めるのに、僕のことは触れもしないんですか ? そんなに僕のことが嫌いですか ?」


なんとグライスも泣き出してしまった。

どうして ?



今日の舞踏会は第二王子殿下の誕生会も兼ね、王子と同じ年の令息息女も呼ばれていた。


秀才である第二王子は、今年から隣国で魔導を学ぶ為に留学するので、舞踏会に慣れておく為に臨時で友人の子供達も参加になり集っていたのだ。


そこで起きた、この騒ぎ。


どうしたら良いか解らず、わたわたしてしまう(ラスレット)には対応ができない。


「あの、このような場で泣いてはいけませんわ。国王陛下に失礼ですよ、泣き止んでください」

声を掛けるけれど、泣き声はますます強くなるばかり。


おろおろする私に、婚約者ジュリーク様が声を掛けてくれた。


「大丈夫? 少し離れている間に何があったんですか ?」


長身で筋肉で締まっている体躯は、強靭で威圧的に見えるが、中身は素朴で優しい人である。灰色の髪に碧い目も冷たい印象を受けるが、為人を知れば全く気にならなくなる。そして私より3つ年上で、年の頃も丁度良い。


どうやって説明しようか迷っていると、彼がヴィロード子爵令嬢に向かって話し出した。


「サザンカ、お前何かやったんだろ ? いつまで経っても男勝りで。またグライス君を泣かせてたのか ? そんなことじゃお嫁に貰って貰えないぞ !」


すると彼女は顔を真っ赤にして、ジュリーク様に食って掛かる。

「わ、私は別に、ジュリークと結婚すれば良いもの。良いのよグライスなんか。姉にかまって貰えないと泣くような男なんかと、結婚しなくとも良いのです」


「なに焼きもち焼いてるんだよ、素直にならないと本当に捨てられるぞ !」


すると、彼女はグライスに向き直り尋ねる。

「そう、なの ? 恥ずかしいのに、あんなことを言う作戦に協力したのに、もう嫌いになったの ?」


また大泣き再開である。


「ち、違うよ。僕が好きなのはサザンカだけだ」


顔を朱に染め大告白である。


「本当に、嫌いにならない?」

「ならないよ、絶対に」


真剣な顔でヴィロード子爵令嬢を見つめるグライスは、恋愛小説の主人公みたいである。2人とも美男美女だしね。


でも、どうしてこうなった!?



どうやらヴィロード子爵令嬢は、表情の乏しい私がジュリークを好きじゃないと思っていて、気持ちを確かめようとしたらしい。でも参考にしたのが、恋愛小説だったらしいのだ。


まあ、こう言うことって、母親にも聞きづらいしね。

そして協力者に選んだのが、婚約者である私の異母弟のグライスだったみたい。


わりと落ち着いていると思っていたグライスが、こんなことをするなんて吃驚したけど、彼は彼なりに(ラスレット)のことが心配だったらしい。


「あんな筋肉魔神に、か弱い姉上が嫌々であれば嫁がなくても良いのに。もし家を出たいだけなら止めさせたい。いつまでも家に居てくれて良いのだから !」とヴィロード子爵令嬢に言っていたそうだ。 


何となく2人の考えは微妙に交わらないけれど、心配してくれているのはみんなに伝わった。



(ラスレット)とジュリーク様は、顔を見合わせて笑ってしまった。どちらにもとても可愛らしい味方がいたからだ。



因みに(ラスレット)が何となく彼と婚約したのは本当だ。実父も執事も、彼なら私の婚約者として不足ないと、どうやらいろいろ調べてくれたらしい。

これは後から聞いたことだが、ありがたい話だ。


それなのに当時の私は、誰でも良いから家を出たいと思っていたのだ。



そんな婚約者のジュリーク様の前で、私は張り付けた笑み(アルカイックスマイル)しかできなかったのに、彼はいつも優しかった。


彼は私が幼い時に母を亡くしてから、内に籠ってしまったことを知っていた。どうやら母親同士が友人で、母が生きている時に私と何度も遊んだことがあるそうなのだ。


その時私は、「絵本の中の騎士様ならいつでも自分を守ってくれるのに」と言っていたそうで、その言葉で騎士を目指してくれたそうなのだ。


自分が殻に籠っていることに、父も義母も異母弟妹も心配してくれたようだった。


父達は「ラスレットの気持ちが落ち着くまで待とう。無理に引っ張り出さないようにしよう」と相談していたが、(ラスレット)はいつまでも部屋から出ないし、声を掛けても素っ気ないしで困ってしまったようだ。


仕事ではバリバリ部下を使う父だが、(ラスレット)のことについては上手く熟なせなかったらしい。


家の中の空気は、仲間はずれではなくて気遣いだったみたい。


私の方こそ視野も狭く、資料が好んでいた恋愛小説に片寄った結果で意固地になってしまった。


義母のことを勝手に、親が爵位目当てで嫁がせてきた憐れな令嬢と決めつけ、やっと子が産まれて訪れた平安な生活を、(ラスレット)が乱してはいけないし、そんなことをすれば報復に合って断罪されると信じていた。


私の方こそ、サザンカ様やグライスよりも思考が幼稚である。

(サザンカ様に、名前呼びの許可を頂きました)


いくら知識や教養を学び、表面的には過不足ない令嬢だとしても、情緒がこれではダメダメである。


よくみんな見放さないでいてくれたものだ。




今回の騒ぎについては第二王子殿下が、嫁にいくグライスの姉への余興ですと誤魔化してくれたので、お咎めは受けないですんだし。


家に帰れば異母妹のナスカが、心配して出迎えてくれていた。

「お姉様、大丈夫ですか ? 兄が酷いこと言いませんでしたか

?」


泣きそうな不安そうな顔で、(ラスレット)を見つめてくれていた。


思えば今までこんなに真っ直ぐに、家族の顔を見ることもなかった。

舞踏会で自分を犠牲にして、茶番劇を演じたくれたサザンカ様とグライスのお陰だと思う。


視野が変われば、こんなに暖かな家だったのだ。



「今までごめんなさい。見守って下さって、ありがとうございます」


私はそう言って頭を下げて、弟妹を抱き締めてた。

まだ父や義母には照れ臭くて、そこまでは出来ないでいた。



そんな感じの和解した状態で、私はジュリーク様の待つ伯爵家に嫁いだのでした。


結婚式を終えて、初夜もきちんと終えた1週間後に、お祝い返しを持って自宅を訪れた。


「家族と不仲なら僕だけが君を独占できたのに、ちょっと残念」と、ジュリーク様が行きがけの馬車の中で口づけて囁いてくれた。


「安心してください。貴方が一番大好きですから」

私もジュリーク様にそう返す。


2人で微笑んで、また軽くキスを交わした。


私は素直に気持ちを伝えられるようになり、元から好意的だったジュリーク様をもっと好きになっていた。今は愛していると言って過言ではないと思う。


これもグライス達のお陰だわ。


でも私が、ジュリーク様と幼い時に遊んだ記憶はどうしても思い出せないの。まあ、幼い時のことは忘れてしまいがちだから、仕方ないわよね。


家に着くと、私と同じ銀髪と赤眼の美形の父と、黄緑の髪で碧眼の義母、父と同じ髪と眼のグライス、母と同じ髪と眼のナスカが笑顔で迎えてくれた。



家で何度も思っていたけれど、やっぱり仲の良い家族だなあとシミジミ思う。もうそれほど帰ることもないけれど、和解できて良かった。


私もジュリーク様と腕を組んで、邸に入る。


執事も侍女長も、涙で目を滲ませていた。

「本当に今までありがとう。もし可能ならついて来て欲しいわ」

「お嬢様の許可さえ頂ければ」

「私もこのままお仕えしたいです」

思いがけない答えに戸惑うけど、ジュリーク様も父も許可をくれたのでこのまま一緒に帰ることになった。



私の部屋は日当たりが良いので、荷物を片付けてナスカに使ってもらうことにした。大事な物だけ持って帰り、後は物置に入れるなり捨てて貰う。








「これで思い残すことはもうない。私は無事に生き抜いた」



え? 私、何て言った。


『生き抜いた ?』


私、何考えているの ?



……………………………………………ダメ、これ以上考えちゃ



私は思考を手放したが、本当は頭の隅で気づいている。


私の実母が最期に言った言葉を。

「あの………女に、逆らっては、ダメよ…………部屋で、黙って、ひっそり生きて………18才になれば出ていくのよ、お、お金は……クローゼットに……、もし殺気、……があれば、そのまえ、にお金持って、逃げ……て………………」



ああああああああああああっつ、そうだ !

だから私は、殺されないように籠っていたの。




どうして忘れていたのかしら………………



馬車の向かえの席に座る執事と侍女長の顔を見ると、2人とも青ざめて頭を下げる。

「お嬢様、助けてくださってありがとうございます」

「ありがとうございます」



ジュリーク様は、本当に仲が良いんだねと笑うだけだった。



私は部屋に戻ると、2人からクローゼットに隠してあったお金と母の日記帳を受け取った。このお金を見ると、頭の片隅の記憶が本当のことだと解る。


執事と侍女長は母が亡くなった時、お暇を貰おうと話していたが、どうしても辞めることが出来なかったと言う。


ラスレットの侍女もメイドもいたので、年寄りは引退しようと思ったらしい。この2人は夫婦なので、田舎に家でも建てようと計画していたのだそう。


そしてそのうちに義母が入り込み、ラスレットの世話を全て2人に任されたと言う。


意思が操られていたような奇妙な感覚。


勿論、お嬢様のお世話は嫌ではないが、気持ちは田舎に向いていたのに……… 2人とも同じなのに…… 何故か ?



「でも、今になれば良かったと思います。

亡き奥様の代わりにお嬢様をお守りできたので。

きっと亡き奥様が、お嬢様のことが心配で我々を残したのでしょう」

「きっと、そうですわ」


2人はそう言ってくれるが、私は義母の力ではないかと思った。


父と義母と子供達の中に、異物が入らないように執事らを宛がったのではないかと。


今思えば、私は忘れていた亡き母の遺言通りに行動していた。





――――――――――――― そして生き残ったのだ



そう考えるとジュリークのことも、本当に父の意思か解らない。執事も調べてくれたが、最初に釣書が来たのは何経由で。

誰かが婿探しをしていると言わないと、持ってこないのでは?


そもそも本当に、彼の母と私の母は友人なの ?

だって葬儀でも会っていないわ。

私達の結婚式にもいなかった。

彼の父親にしか挨拶したことがないわ。 


どういうことなの ?


日記を読めば解るの ?




ああ、もう、………ダメ

そして私は意識を手放した。




翌朝目覚めた私は、良い気分でスッキリしていた。

何か忘れた気もするけど、思い出せないなら大したことじゃないわね、きっと。


執事も侍女長も、年齢的にそろそろ引退かしらと笑っていたわ。


私の子供の世話も頼みたいけど、無理はさせられないわね。


ああ、ジュリーク様は、今日も優しいわ。

昨日も大事に抱いてくださった。





私は幸せよ……………たぶん、そう、きっと……………………






夢の中で、義母とジュリーク様が抱き合うシーンが見える。

嘘よね、そんなの嘘よね。



そして起きればいつもの寝室で、隣で彼が寝息をたてて眠っている。

きっと、今まで気を張って生きてきたから、ゆっくり眠り過ぎて変な夢をみるのね。

ジェリーク様が義母とあんなことなんて、あり得ないわ。

そう納得させて再び眠りに就く。





ラスレットの母は、どうして亡くなったのか思い出せない。

そして最期の時、彼女しかいなかったのは何故か ?

本当は傍に、誰かいたんじゃないのかと、胸がざわつく。





ラスレットの義母ララは、仄かに笑い水晶玉で彼女を見ていた。

「黙って、大人しくしてくれて助かったよ。殺すと後始末の洗脳が面倒だからね」


くつくつと笑う彼女の隣には、ナスカがいた。


「お母様も悪趣味ですわね。もう手放してあげたらどうですか ?」

「だってあの子、時々洗脳が解けたとき可愛いのよ、怯えて」

「悪いお母様」


そう言って、ナスカも笑う。


「それにしても、グライスには参ったわ、あんなことして」


優しいのは良いけど、この家に残られると困るのよ。


グライスはラスレットの異母弟で、血縁があるから心配なのね。

ナスカは、ね。


ナスカも血縁がないと気づいていて、笑っている。

悲しみの欠片もない。



「お母様は悪い魔女だわ。彼女の母親だって………」

「しょうがないのよ。そうしないとあの人(侯爵)は手に入らなかったもの。貴女も恋をすればそうなるわ。だって私の娘だもの」



2人の魔女は、邸の地下で高笑いしていた。


12/24 日間ヒューマン部門79位でした。

ありがとうございます(*^^*)

夕方47位でした。ありがとうございます(*^^*)


12/25 7時に31位でした。

まさかのランクアップでした。ありがとうございます(*^^*)


6/8 9時 日間ヒューマンドラマ(短編) 24位でした。

ありがとうございます(*^^*)


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