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25. 夢見の聖女は詐欺師になる


 §



 XXX年XX月XX日 モダニズム=ジャーナル


 『夢見の聖女 詐称』


 夢見の聖女は詐称であったことがXX日、明らかになった。


 第二十七代聖女シルヴィア、第二十六代聖女カタリナ、第二十五代聖女ミリアムが連名で公表した。

 複数の関係者も同様の証言をしている。


 取材に応じた第二十七代聖女シルヴィアは聖女として中央教会に在籍していた間、一度も予知夢を視たことはないと語った。

 銀髪、菫色の瞳を持つ女児は聖女として中央教会に保護される。しかし実態としては軟禁であったことが、過去勤務経験のある女官の証言からも明らかになっている。


 中央教会は夢見の聖女および、聖女によって得られたと考えられていた予知夢を偽り、不当に便宜を図っていた疑いがある。

 今回、三代の聖女が連名で公表したことから、過去歴代の聖女についてもその真偽が問われる。


 事態を重く見た議会は臨時集会を開催し、情報の収集と今後の対応について検討している。


 中央教会は本紙の取材に応じなかった。

 夢見の聖女については XX月に新たに第二十八代聖女が就任したばかりだった。



 §




「これで本当によかったのか?」


 エドアルド家の食卓で、ルイスが新聞から顔を上げた。

 向かいに座っていたシルヴィアが頷く。


「いいんです。おばあさまには申し訳なかったかもしれませんが」

「いいよ、何も問題ない」


 ルイスの祖母がのんびりと言った。




 夢見の聖女が詐称である、という()を公にすることを決めたのは、大司教に会いに行った後である。

 都市ヴァルドにある新聞社へ告発し、記事にしてもらったのだ。


 シルヴィアは新たな聖女を解放してもらおうと中央教会で大司教に会ったが、要望を呑んでもらうことは不可であることは分かっていた。

 どうせ門前払いされるだけ。だが、大司教の未来を視るためには彼に会う必要があった。


 会いに行ったら捕まってしまう可能性もあると考えたが、そうはならないと踏んでいた。

 大司教はシルヴィアの生活管理、ひいては予知夢効率化に熱心だったので、現在予知夢の力がほぼ無いと見くびられていることが予想出来たからだ。

 それに大司教は偽物聖女を大いに利用しているので、本物の聖女を管理する方が煩わしいと考えているはず。

 すなわち、今さらシルヴィアに興味を持たないだろうと思われた。


 大司教に面会を申し込む少し前、シルヴィアは前代聖女であるカタリナへ手紙を出していた。

 聖女の引き継ぎ後、一度手紙をやりとりした事があったが、その頃から住まいが変わっておらず、返事はすぐに来た。


 シルヴィアが記したのは、中央教会の現状と、偽物の若い聖女が仕立て上げられていること。

 それから、予知夢の聖女の制度を破壊してしまいたいと考えていること。


 今の偽物聖女を弾劾したところで、本人は利用されただけ。今後も夢見の聖女は生まれる。


 であれば、もはや『夢見の聖女は予知夢を視る』ということが偽りであるとしてしまえば──。



 前代聖女カタリナはこの考えに快く同意してくれた。

 彼女は故郷で二人の子どもを育てる母となっていた。聖女であったことは当然周囲には知られてしまっている。

 しかしそれが嘘であったとて、中央教会に利用されたと同情されることはあれど、非難されることはないだろうと記されていた。


 かくして、ルイスの祖母も含めた存命の三代に渡る聖女は、()()()()()のである。


「いやー、私、希代の詐欺師になってしまいましたね!」

「なんで少し誇らしげなんだ」


 ルイスが呆れたように笑った。





 それから。

 夢見の聖女の予知夢の力が嘘であったという報道は大きな問題となった。


 中央教会は報道を打ち消そうとしたが、無駄であった。他の誰でもない、聖女本人たちの証言なのだ。

 議会の決定により、中央教会は当面運営を停止させられ、議会もまた、予知夢の力に頼らない政治制度を検討することとなった。

 中央教会の責任者であった大司教カエルムは雲隠れしてしまい、中央教会立て直しのため、新たな大司教が選定された。


 仕立て上げられていた十二歳の聖女は故郷に戻ることになったと新聞で読んだ。

 彼女には少し悪いことをしたかなとシルヴィアは思っていた。

 勝手に将来を視て、このような対応をしたものの、彼女本人は偽物聖女の役割を責任とやりがいを持って取り組んでいたかもしれないのだ。

 だがやはり年長者としては、泣いている未来は回避させてやりたい。故郷で幸せになってくれるといい。



 今後も、銀髪、菫色の瞳で予知夢の力を持った女児は生まれるだろう。

 だが、当面はこれまでのように教会に召し上げられるといったことにはならないはずだ。

 市民が皆、『夢見の聖女はいない』と認識しているのだから。



 遠い将来? 

 それはどうなるか、シルヴィアにも分からない。




 ♦︎




「へー、やっぱり中央教会が悪人だったんだな。俺は初めから怪しいと思ってたんだ」

「うっふふふ」

「何笑ってんだよ」


 丘の上の教会で、ヒューゴとシルヴィアの二人。


 身廊を挟んでそれぞれ席に腰掛け、ヒューゴは読んでいた新聞を畳んだ。

 出会った時のヒューゴには『予知夢を視る聖女など気味が悪い』と避けられたのに、今は正反対なことを言っているのが可笑しい。


「でもまあよかったよな。中央教会の暮らしって大変だったんだろ」

「ええ、まあ」

「規模だってここの教会とは比べ物にならないだろうし」

「その分、人も多かったですけどね」

「ああ、そりゃあそうだろうけどな、ここだって小さいけど一人じゃそれなりに大変だもんな……」

「どうしました?」


 ヒューゴが言葉を切って周りに目をやったので、シルヴィアは首を捻った。

 すると、ヒューゴが言いづらそうに口を開く。


「……いや、実は他の仕事を始めるかもしれなくて」

「まあ」

「警邏の試験受けないかって親父の知り合いから言われててさ。ほら、アナもいるし、将来のこと考えたら実家の手伝いだけってわけにもいかないだろ」


 そういえば以前視たヒューゴの予知夢で、彼は警邏の制服を着ていた。そして家ではお腹の大きいアナが迎えていたのだ。

 将来に向けて、今が彼の人生の転換期なのだろうとシルヴィアは思った。


「警邏隊、素敵ですね。ヒューゴさん、制服似合いそうですし」

「まあな。でもほら、新しい仕事始めちまうとこの教会がさ」

「ああ」


 ヒューゴはルイスから依頼されて教会の管理をしている。さらに、家庭で孤立していた時にこの仕事を依頼されたことで助かったと言っていた。

 しかし町の警邏隊に入れば忙しくなるだろう。

 そうしたら、この教会の管理をする時間は取りづらくなる。そのことがルイスに対して心苦しいのかもしれない。


「大丈夫、ルイスさんなら分かってくれますよ。ヒューゴさんが警邏隊に入るかもってなったらきっと喜んでくれます!」

「ま、そうかもな……、って、お前はどうすんの」

「え」

「これから」


 シルヴィアは渋い顔をしてヒューゴから顔を背けた。

 考えないようにしていたのに。


 新聞で新たな聖女が選ばれたという記事を見て、勢いのまま故郷から出てきた。

 ヴァルドを経由してカージブルに来て、一連の出来事の間はエドアルド家に滞在させてもらっていた。元々の部屋がまだそのまま残っていたからだ。

 そして今も泊まらせてもらっている。


 懸念事項も解決したので、もうここにいる意味はない。

 さらに、中央教会から追われることもないので、完全自由なのだ。


「俺の代わりにここの教会の管理する?」

「うーん、でもですね……」

「でもっつったって、お前まだルイスさんのこと好きなんだろ」

「むむむむ……」


 もちろん、好きなのだ。


 シルヴィアがカージブルに戻って偽物の聖女を解放したいという話をしたとき、ルイスはあえて黙認してもいいいんじゃないかと言った。


 あれは正義的ではないかもしれないけれど、シルヴィア個人のためを思っての発言だ。

 シルヴィアが否定すると分かった上で、そういう方向もあるという逃げ道を示してくれた。

 そしてその後はシルヴィアのやりたいよう協力してくれた。ヴァルドの新聞社を紹介してくれたのもルイスによる医師会の伝手である。


 やっぱり、とても優しい人なのだ。

 出来ればこれからもそばにいたい。


 しかし、せっかく彼が協力してくれて完全に自由になったのに、まだそばにいたいというのはルイスの期待・意志に反しないだろうか。

 さらに教会の管理を申し出るなど、厚かましすぎないだろうか。


 これからも近くにいたいというのは、自分のわがままだ。シルヴィアはそう思った。


「……やっぱりまた故郷に帰ろうかなと思います」

「それでいいわけ?」

「ここまで親切にしてもらった上、これからもお世話になりたいなどとは言えないです。嫌われたくないし」


 ヒューゴはなにやら言いたげな顔をしたが、口を噤んでいた。それから、諦めたように息を吐いた。


「ま、じゃあそしたら、さよならパーティしようぜ! この間出て行ったときは俺らの結婚式でバタバタして何もできなかっただろ。身内だけだけど、派手にやろうぜ!」

「そうですね! やりましょやりましょ!」




 数日後、ヒューゴとアナが主体で催されたシルヴィアのさよならパーティは、エドアルド家で行われた。


 ヒューゴのパン屋から大きなテーブルを運んできて、エドアルド家の居間に置き、たくさんの料理を並べた。


 鶏の丸焼き、海鮮のパエリア、色鮮やかなサラダ、ローストビーフの挟まったバケット。

 それからエールにワインにシャンパン、机の上にはグラスがたくさんだ。


 エドアルド家の二人と、ヒューゴとアナだけだと思っていたのに、人が入れ代わり立ち代わり大勢やって来た。

 どうやら、アナがあらかじめカージブルの町の人たちにお知らせしていたらしい。

 前回はきちんとお別れの挨拶をしなかったのだ。そのためか、顔見知りが次々とやって来て、シルヴィアにプレゼントを渡した。


 ベティの一家からは砂糖菓子、診療所の看護師たちからは爽やかな香りの香水。

 青果店の店主は異国の文具を、アナの家族たちからはもこもこの手袋をもらった。他にもいっぱい。


 出て行くのに、持っていけないと思うのではないかというほど。


「元気でね」

「お金使いすぎちゃだめよ」

「体に気を付けて」

「また遊びに来てね」


 いまやシルヴィアは『聖女を騙っていた詐欺師』だといってもいいのに、誰一人としてそのことを責めるような人はいなかった。




 パーティがお開きになって、ルイスの祖母は就寝し、アナとヒューゴは帰った。

 シルヴィアは一人、残った食器をキッチンで洗っていた。


 今夜はとても楽しかった。

 今までほとんど人との別れを経験したことはなく、中央教会から出てきた時は見送りなどなかったし、その前、故郷から聖女として出る時の思い出はほぼない。


 しかし今日はたくさんの人が別れを惜しんでくれた。

 ありがたいことだ。

 大切な人が、離れても健やかに過ごしてほしいと願うことは尊いと感じた。


 もちろん、シルヴィアも知り合った人たち皆が、今後も幸せであってほしいと願っている。

 アナもヒューゴも、ルイスの祖母も、そして当然ルイスも。


 と、隣にいま想っていた人が立って、シルヴィアは横を見上げた。



「主役が片付けなんかしなくたっていいのに」

「……ルイスさん」





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