22. 夢見の聖女は真実を見極める (2)
カージブルの町で新たな聖女が『顔見せ』と称してパレードを行ったのは昨日のこと。
ルイスは見に行かなかった。
聖女は珍しいものだが、少し前まで家にも聖女がいたからだ。
ただ、見に行った町の人たちも多かったようで、診療所はその話題で持ちきりだった。
シルヴィアの次となった新しい聖女は目が光に弱いらしい。そのため目を隠しており、聖女の証である菫色の瞳は見えなかったものの、美しい銀髪をしていたと。
髪は脱色できるので、それだけでは聖女だと分からないのではないかとルイスは思ったが、聖女らしい神秘的な姿だったと患者たちが話していた。
そういう意味ではシルヴィアだって同じであったはずだが、とても彼女が神秘的だったとは思えない。
いや、見た目はそれっぽかった、見た目だけは。
しかしシルヴィアは実際には俗っぽさ満載であった。内面を知れば、彼女に神聖さは皆無だ。
仕事を終えたルイスがシルヴィアのことを思い出し笑いしながら自宅へ回ると、人の声がした。
女性の笑い声。
アナと祖母だけであれば比較的静かなのに、誰か来ているのかと思って扉を開けたルイスは、その姿を見て固まった。
「ルイスさん!」
今考えていた人物が家にいた。
「…………なんでここに」
シルヴィアと祖母とアナ。三人が食卓でお喋りしていたらしく、その様子を見て、ルイスは急激な懐かしさに襲われた。
――いや、違う。嬉しいのだ。
夕食前の時間だというのに、三人は食卓で菓子を広げていた。
上着を脱いだルイスにシルヴィアが寄って来て、キラキラした瞳で見てくる。少し前まで一緒に暮らしていたのに、なんだかまっすぐな視線に居心地が悪くなって、目を逸らした。
「わー! ルイスさん、会いたかったです!」
「……元気そうでよかった。なにかあったのか?」
「会いに来ました!」
と言いつつ、シルヴィアは顔を寄せると「あと少しご相談が」と囁く。
アナあるいは祖母には聞かれたくない話らしい。新しい聖女に関連することかもしれないと思い、ルイスは小さく頷いた。
アナが帰宅した後、ルイスと祖母のいる席で、シルヴィアは故郷に帰ってからのことを話した。
それから、新しく出てきた聖女は偽物ではないかと疑っていること。また、聖女の将来の予知夢を視たことも。
「お気付きだったと思うのですが、私は予知夢が視られなくなったと偽って中央教会から逃げ出してきました。今回の若い聖女はきっと代わりに仕立て上げられた子です」
「夢見の聖女じゃないということか?」
「ええ、彼女の予知夢を視ました。将来もずっと、中央教会に利用されてしまいます」
夢見の聖女は一人。
シルヴィアが夢見の力を実際に失うまでは、新しい聖女は出てこない。
当然ながら中央教会もそれを承知の上で偽物の聖女を仕立て上げているのだろう。自分たちのやりたいように政治を操るために。
だが、仮に偽物聖女だと告発したところで、どうなるだろう?
「……シルヴィア、もし今回の聖女が偽物だと告発したら、君が力をまだ持っていることが知られてしまう。そうしたら君がまた教会に捕まってしまうかも」
「そうかもしれませんね」
「ずるい言い方だが、現状を見逃せば君は自由でいられる」
ルイスは言葉を選びながら慎重に言った。
「その上で、君はどうしたい?」
シルヴィアは今までの人生を捧げてきたのだ。
ひょっとしたら偽物の聖女も本人の納得の上で現在の役割を果たしているのかもしれないし、あえて告発しなくても、シルヴィアの責任ではない。ルイスはそうも考えていた。
だが、言いながらもシルヴィアの答えは分かっていた。
「今の聖女の子を解放したいです」
「ま、そう言うと思った」
とはいえ、直談判に行って司教に話をするだけで納得されるとは到底思えない。
ルイスが考え込むと、シルヴィアは一通の手紙を差し出した。
「まずはちゃんと大司教に会って話をしようと思うんです。話して理解してもらえるかは分かりませんが……、それでダメなら考えがあります」
「どんな?」
「それにはおばあさまにご協力頂かないといけないのですが……」
視線を向けられた祖母が目を丸くする。
「ただ、まずはルイスさん、中央教会に手紙を書いて頂けますか?」
「それはいいが、なんて?」
「私が大司教に会いたがっていると。未練たっぷりな感じでお願いします」




