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20. 夢見の聖女は愛しい人を想像する (2)


 §


 XXX年XX月XX日 モダニズム=ジャーナル


 『新たな聖女見つかる』


 XX地方にて新たに夢見の聖女が見つかったと中央教会が発表した。

 新たな聖女は十二歳で、すでに夢見の力を顕現しており、現在中央教会への入会を調整している。

 聖教令では聖女の特徴を持つ子どもが生まれた場合、中央教会に届け出る必要があると明記している。しかしXX地方では識字率が低く聖教令の布教が広まっていないこともあり、聖女の発見が遅れたとみられている。


 夢見の聖女は第二十八代目となる。前聖女シルヴィアはXX年XX月に還俗し、この間空席となっていた。



 §



 シルヴィアは広げていた新聞をぱさりと落とした。

 改めて読み返しても見出しは同じ。


 『新しい聖女が見つかる』


 心臓が早鐘を打っている。


「信じられない…………」


 夢見の力を持つ聖女は、世界で一人。

 先代の聖女の力が衰え始めて、次の聖女が生まれる。次の聖女が予知夢を視るようになると、先代聖女は予知夢を視なくなる。

 これまでずっとそうだった。


 シルヴィアは未だに予知夢を視る。

 カージブルの町にいたときもそうだし、昨日だって妹が産んだ子が女児である夢を視た。

 通常、聖女が力を失うまで三十年。シルヴィアが聖女として勤めたのは十五年なので、次の聖女が出てくるまでゆうに十年はあると思っていたのだ。


 それとも、過去の記録とは違い、自分の力が過去の聖女よりも早く失われ始めているということだろうか。

 もちろん中央教会にいた頃よりも予知夢の頻度は減った。だがそれは生活を管理されなくなったためだと思っていたのだ。


 予知夢を視なくなることへ未練はない。

 しかし、もしもそうではないとしたら。


「……まだ分からないわ」


 しばらくは様子を見るしかない。

 シルヴィアは新聞をたたみ直した。





 ──だが、新たな聖女が現れて、政情は一気に変わった。


 シルヴィアがいなくなって空白だった時を埋めるように、途端に中央教会が動き出したのだ。


 貴族の婚姻、公共事業の開始、他国を招いての協議会、また、一部の上級貴族の失脚。

 それらいずれの報道にも『聖女の予知夢により』という文言が添えられて。


 また、新しい聖女は中央教会に来てすぐから、『顔見せ』と称して各地を視察、外遊するようになった。


 これは今までの聖女にはなかったことだ。

 なぜなら聖女は毎夜きちんと眠りについて、予知夢を視ることが仕事だからである。

 規則正しく、肉や卵を避けて節制された生活を送ることで予知夢を視る時間が増え、精度が上がる。日中は上級貴族や議員たちとの面談や議会、式典などに追われ、その他の時間はなかった。


 また、予知夢を映し出す夢見水晶は非常に貴重なものである。

 中央教会が研究を重ねて創り出したそれは、同じものはないと言われており、夢見の聖女が語るしか出来なかった予知夢の内容を可視化し、他者に共有するものだ。


 聖女が外遊するのであれば、夢見水晶も聖女について回ることになる。

 そんな貴重なものを中央教会が外に持ち出すであろうか?


 実際、シルヴィアは六歳で中央教会に入ってから、一度も外に出たことがなかったのである。



 ♦



「新しい聖女様が見つかってよかったねぇ」


 母が新聞を読みながらのんびりと言う。

 シルヴィアはその様子を見ながら「うーん……」と覇気なく返事した。


 新聞には今日も聖女の話題が載っている。

 予知夢のお告げにより、議会承認を経ずに公共事業の予算が通ったらしい。シルヴィアのときにもあったことではあるが。

 よく考えたらおかしなことだ。聖女の予知夢に疑いを覚えず、鵜吞みにしている。


「それにしても今度の新しい聖女の子はずいぶんと忙しそうだねぇ。ちゃんと眠れてるのかしらねぇ」

「眠れてるでしょう、寝るのが仕事だもの」

「やっぱり豪華なベッドなわけ?」

「もちろん、ふわっふわの布団ですんごく広いお部屋よ」


 大げさに手を広げて説明するシルヴィアに、母が「いいわねぇ」と笑う。


「連れて行かれちゃったときはどうしようかと思ったけれど、大切にしてもらえてよかったねぇ」


 穏やかに微笑む母に、つきりと胸が痛んだ。

 シルヴィアが中央教会で過ごした十五年間、大層優雅で恵まれた暮らしをしていたと家族は思っている。部屋は豪勢であったが、実際には生活を監視、制限されていたと知ったら悲しむだろう。


 シルヴィアが「そうね」と言うと、母は新聞に目を戻した。

 その新聞を読む母を目で追っていたら、ふと文字が目に入った。シルヴィアは慌てて身を乗り出した。


「…………えっ!?」

「わっ、なあに?」

「カージブル……」


 そこには聖女の外遊予定が記されていた。

 予定の中の一つに、見覚えのある町名。


 ルイスたちの住むカージブルに、聖女がやって来る。


「なあに、どうしたの?」

「あ、いや、何でもない……」


 驚く母に新聞を戻し、浮かしていた腰を戻す。

 聖女の外遊予定にはカージブルや、ルイスと訪れた都市ヴァルドも含まれていて、あのあたりを連日周るスケジュールらしい。

 カージブルに聖女がやって来るといったって、関わりないことだ。自分は聖女を辞めたのだし、新たな聖女がどのような活動をしていようと、関係ない。



 ――だが。


 新しい聖女は本当に「夢見の聖女」なのだろうか。

 新聞では髪や瞳の色に言及していなかった。

 夢見水晶を伴って外遊をしている?

 自分はまだ予知夢を視るのに?


 混乱してきて、シルヴィアは頭を振った。


 聖女の力を失ったと偽って、中央教会から逃げ出した。

 中央教会は予知夢を把握できなくなって焦ったはずだ。新たな予知夢の聖女を探しただろう。だが見つからない。ルイスへの手紙にも書かれていた。

 それもまだ、シルヴィアが予知夢の力を失っていないからだ。



 ――もしも、新しい聖女が本当の「夢見の聖女」でなく、でっち上げられた聖女だとしたら?



 頭の中で疑念がはっきりして、シルヴィアは唇を噛んだ。


 ありえない話ではない。

 偽物の「夢見の聖女」を仕立て上げれば、これまでのように聖女を中央教会に幽閉しておく必要などない。

 自分たちの都合の良いように予知夢のお告げを作り上げることが出来るし、当然、夢見水晶も必要ない。


「だけどもう関係ないわ……」


 そこまで考えたシルヴィアだが、いずれにしても自分にはもう関係ないことだと割り切ろうとした。

 しかし、母の声がそれを止める。


「シルヴィア、大丈夫?」


 心配そうな声で母に問われ、シルヴィアははっと顔を上げた。

 顔の造りはよく似ているけれども、髪の色も瞳の色も違う母が、自分を覗き込んでいる。


「お母さん」


 先ほどの母の言葉を思い出す。

 『連れて行かれちゃったときはどうしようかと思ったけれど、大切にしてもらえてよかったねぇ』と母は言った。


 中央教会からのお達しとはいえ、幼い大切な娘が中央教会に連れて行かれることに不安を覚えないわけがない。大切にしてもらっていると信じていたに違いない。

 そして、それはどの家族でも同じはずだ。今回の新しい聖女についても。


 シルヴィアが逃げ出したことで、中央教会は新たな代わりを探した。


 つまり、自分の代わりに、新しい聖女が犠牲になっている。



「どうしよう」


 自分の代わりになってしまったかもしれない新しい聖女。

 彼女の家族も、大切な娘を送り出したのかも。実際、中央教会に大切にされているかもしれないし、そうではないかもしれない。

 いずれにしても事情を知っているのは自分だけだ。


「お母さん、私、行かなくちゃ」

「え、どこに?」

「しばらく帰ってこられないかもしれないけど、心配しないで」


 ルイスは、シルヴィアが自分で人生を決めたことを勇敢だと言ってくれた。

 彼に恥じない自分でいたい。



 シルヴィアはわずかな荷物だけ持って、急いで家を出た。 




 ♦




 シルヴィアがいなくなり、ルイスの元に届いていた中央教会からの手紙はぱったりと途絶えた。


 それもそのはず。

 十二歳の新しい聖女が現れたことを、ルイスも新聞で知った。

 夢見の力を持つ聖女は一人。すなわち、新しい聖女が出てきたということはシルヴィアの夢見の力は無くなったということだ。


「大丈夫かな……」

「ルイスさん?」


 食卓で呟いた言葉をアナに聞かれ、「何でもない」と読んでいた新聞をめくった。


 シルヴィアがいなくなり、エドアルド家は日常に戻った。

 ルイスは毎日診療所で働き、祖母は庭先で昼寝をする。アナは結婚したヒューゴと暮らすようになって二人暮らしの家から通うようになったが、生活自体は変わりない。


「ああ、新しい聖女様の記事ですね」

「シルヴィアがどうしているかと思ってさ」

「元気にしているといいですね」

「そうだな」


 彼女がいたのは半年間だけだった。

 来た当初から滞在期間は半年と決まっていたため、カージブルの町の人たちの中で大きな喪失感は無いようだ。


 しかし、ルイスは違った。

 シルヴィアが中央教会から未だ目を付けられていることを憂い、彼女を追い出すようなことを言ったのに、実際いなくなると寂しい気持ちが勝った。


 朝の元気な挨拶も、食事の時の他愛もない話も、夜、二人だけで話をする時間も。

 祖母と二人、静かに食事をして、夜中に階下に降りると寒々としたキッチンにシルヴィアを思い出す。わずか半年前に戻っただけなのに、家の中が急に静かになってしまったように感じる。


 彼女は実家に帰ると言っていた。

 きっともう会えないけれども、中央教会に戻されず、健康に暮らしてくれていたらいい。

 生まれ故郷、あるいは新しい土地でも、彼女ならどこでもやっていける。

 そうしたら、新しく人と知り合い、きっと恋をして、新しい家族を作るのだろう。


 『それからお友達も欲しいですし、家族にも会いたいです! 恋もしたいですし、えっちなこともしてみたいです!』


「ふふふ」


 いつだったかシルヴィアが言っていた『やりたいこと』を思い出し、ルイスは笑みを零した。

 彼女が自由で、幸せになってくれていたらいいと思った。



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