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13. 夢見の聖女は恋を知る


 中央教会を出たときよりもずいぶんと大きな馬車に揺られ、シルヴィアはルイスとともに約三時間かけて都市ヴァルドを目指していた。


 乗合馬車には複数の人が乗っており、皆、同乗者には目をやることなく静かに座っている。

 シルヴィアは容姿が目立たぬよう、深いハンチング帽に銀髪を入れ込み、色付きの眼鏡をかけていた。


 ルイスは普段は見慣れない、暗い紺色のジャケット姿。

 先ほど馬車の中でアナの作ってくれた昼食を食べてから、眠そうである。というか腕を組んで下を向き、ほぼ寝ている。


「良い眺め」


 広くくりぬかれた窓の外を景色が流れる。

 中央教会からやってきたときの道と、途中までは同じであった。

 そこから別の道に入り、しばらく川沿いを進んでいる。太陽に照らされた草木と、光をきらきらと反射している水面が美しい。


 ルイスの家にやって来て、遠出するのは初めてのことである。

 しかも、中央教会のある王都くらい大きな都市らしい。といっても王都すらまともに歩いたことはなかったが。


 飽きず外を眺めていたら、眠っているルイスがシルヴィアの肩に頭を預けてきた。


「あら」


 今日は一日、診療所も休みだ。そのため昨日は患者も多かった。疲れたのだろう。

 シルヴィアはそのままルイスに肩を貸してやったまま、景色を楽しんだ。




 都市ヴァルドは、圧倒される規模であった。


 美しく舗装された石畳。

 建物は首が痛くなるほど頭を上げる高さで、暮らす町とは比べ物にならないほど、人通りも馬車も多い。


 カージブルでいう、商店街のような場所にいるらしい。

 一階部分は多くが店で、ほとんどの店舗が入口の扉を開けている。街ゆく人が立ち入りやすいようにだろう。


 飲食店の中では人々が楽しそうに談笑しており、一部の人は手に飲み物や食べ物を持って店を出てくる。服飾店は外から見ても色とりどりの服たちが鮮やか。


 玩具店のガラス張りのショーウインドウの中はまるで絵本のようだった。

 警邏のような真っ赤な制服を着たくまのぬいぐるみが、うさぎや犬のぬいぐるみを従えているような構図で可愛らしい。

 行き交う人々も皆、おしゃれで、洗練されている。


「……すごいですね!」

「シルヴィア、危ない」


 目が忙しくてきょろきょろしていたシルヴィアは、前からやって来た人にぶつかりそうになってルイスに腕を引かれた。


「俺は医師会に行くから、君はここにいてくれ」


 示されたのは、モスグリーンの三階建ての建物。

 入口の大きな両扉は両方とも開放されており、大きな旅行鞄を持った人々が多く出入りしている。


「ここの建物はなんでも揃ってる。旅行客向けの店なんだ。用事が済んだらここに来るから、この建物から外に出ないように。それから知らない人について行かないように」

「私のこと、小さな子どもだと思っていません?」

「あと、散財はほどほどにな」

「ほら!」


 ルイスはにやりと笑ってシルヴィアの肩を叩き、去って行った。

 まあ、確かに慣れない場所で迷子になってしまう可能性はある。シルヴィアは建物に入った。



 なるほどその建物は旅行客向けの総合店といった雰囲気だった。

 一階は飲食店。

 近くに馬車の停留所があるので、客は時計を見ながら食事をしている。


 二階は土産物店。

 美しく包装された菓子や食品、可愛らしい指輪やネックレスなどの宝飾品、それから雑貨と衣料品。何に使うのか分からない小物も。

 最上階は明らかにハイグレードの貴婦人や紳士たちが出入りしていたので、気後れしたシルヴィアは立ち入るのをやめた。


 シルヴィアは二階をぐるりと一周してから、世話になっている町の人たちへの土産を見繕った。

 ルイスの祖母へはお昼寝用の膝掛け、アナには花の香りのハンドクリーム、診療所の看護師二人に砂糖菓子。ヒューゴにはどうしよう?



 しばらく店内をぐるぐる周って一通り買い物したシルヴィアは、自分用の物を忘れていたことに気付いた。


「なにか欲しいわよね……」


 せっかく大きな都市に来たのだ。何か思い出になる物を買って帰りたい。

 キラキラと輝くガラスのコップも普段使いに良いし、暖かそうな枕カバーもこれからの季節に重宝しそうだ。もこもこの靴下も可愛い。


 しかしシルヴィアの目を一番引いたのは、紫色の小さな石が二つ並んだ指輪だった。

 大きい石と小さい石が斜めに配置されており、対になるように透明な石も二つ並ぶ。紫と透明な花弁の花のように見えた。


「うーん」


 可愛い。欲しい。

 しかし、自分の瞳の色と同じ指輪なんて、くどくないだろうか。

 しかも普段着に合わせるには少しキラキラし過ぎているかもしれない。かといっておめかししてどこかに行くこともないし──。


 土産物を選んでいるだけでずいぶんと時間が経っていたらしい。

 悩んでいたら突然肩を叩かれ、シルヴィアは飛び上がった。


「お待たせ」

「ふぁっ!!」


 振り向くと、ルイスが気楽な表情で立っていた。


「あ……、ルイスさん。終わったんですか、早かったですね」

「ああ、面接だけだったから。それ、欲しいのか?」


 手に取っていた指輪を指す。シルヴィアは慌てて元の位置に戻した。


「ええと、可愛いなと思ったんですけど、少し派手かなって」

「買ってやるよ」

「えっ!」

「せっかく来たんだし」

「そんな、でも」


 ルイスはシルヴィアの戻した指輪を手に取り、光にかざして「綺麗じゃないか」と言う。

 そして止める間もなくさっさと会計を済ませると、包み紙に包まれた指輪を渡した。


「わ……、ルイスさん、ありがとうございます……!」

「どういたしまして。さ、帰ろう」


 自分で買うのも楽しいが、人からもらうのはなんて嬉しいのだろう。

 シルヴィアは包み紙の中を覗いて、光る指輪を確認してから、大切に鞄にしまった。



 一階に降りると、ルイスが「腹減ったな」と言う。


「今夜はアナさんがおばあさまの分だけ準備するって仰ってましたし、食べて帰ります?」

「そうしよう」


 一階では、客が座る広いスペースを囲むように様々な店が並んでいた。

 ルイスは肉の串焼きとバケットを、シルヴィアはさんざん悩んだあげく、辛そうなパスタを注文してテーブル席に着いた。

 パスタはなかなかに唐辛子の効いていそうな色をしており、実際に口に入れると見た目通り辛かった。


「辛い!」

「大丈夫?」

「美味しいです!」


 辛い食べ物は食欲が増すのは何故なのだろう。

 特に、中央教会にいた頃は辛い物など食べられなかったので、なんだか特別感が増すのだ。


 水を飲んではふはふしながら食べていたら、近くのテーブル席からの声が耳に入った。


「新しい聖女はもうずいぶんと見つからないなぁ」

「そうだなぁ、隠されてるのかねぇ」


 シルヴィアは慌てて色付き眼鏡を指で押し上げた。ルイスも視線だけで男性たちの方を見やる。

 テーブル席の男性二人は新聞を読みながら会話していた。


「でも見つかったらすぐに公表されるもんなんだろ?」

「そうらしいが」


 目を細めて見れば、中央教会の文字が紙面で踊っていた。まだ新しい聖女は見つからないらしい。

 当然だろう。自分はまだ予知夢の力を失っていない。

 通常であれば力を失うまでまだあと十五年はある。

 次の新しい聖女は、まだ産まれてもいないはずだ。


 隠れるようにパスタを食べていたシルヴィアだが、男性たちが席を立ったのを見てようやく肩の力を抜いた。


「……ひやひやしました」


 シルヴィアが苦笑いすると、ルイスが若干浮かない顔で頷いた。



 ♦



 行きと違って、帰りは曇り空だった。

 たくさんの荷物を抱え、帰りの馬車に乗り込む。

 滞在時間はそれほど長くなかったが、慣れない場所でくたびれた。

 シルヴィアが欠伸を噛み殺すと、ルイスがそれに気付く。


「疲れたろ、着いたら起こすから寝ていたら」

「大丈夫です……」


 目をしぱしぱさせながら、鞄の中で包み紙をそっと開く。

 紫の石がきらりと光る。角度を変えて、眺めて、撫でて。


 思い返せば、中央教会にいた頃はアクセサリーなど着けなかった。

 装飾のない聖女の真っ白なローブが基本で、アクセサリーを着けられるような場所は隠されている。個人的に買うことも出来なかった。


 その頃に比べ、なんと自由なのだろう。

 好きな場所に自分の意思で行けて、買い物出来て、誰にもなにも言われない。


 幸せだ。

 ずっとこんな日常が続けばいい――――。




「シルヴィア、着いた」

「はっ!」


 気付けば寝てしまっていたようだった。

 しかもルイスの肩を借りてしまっていた。「すみません」と謝ったのも束の間、馬車の外がざあざあと大雨であることに気付いた。


「うわあ、どしゃ降りですね。ルイスさん、傘お持ちです?」

「え、シルヴィアは?」


 二人で顔を見合わせて、にっこり笑った。当然、どちらも傘を持っていない。


「走るか」

「はあい」


 カージブルの停留所に着いて、鞄を抱えて二人で駆け出した。

 家まではすぐ。


 わあわあ言いながら全力で走ったが、それでも家に着いた時にはびしょぬれだった。

 水を滴らせながら玄関を開けると、ちょうどアナが帰ろうとしているところだった。


「ただいま」

「お帰りなさい……って、ずぶぬれじゃないですか!」


 濡れ鼠になった二人を見て、慌てて洗面所からタオルを持ってくる。祖母はすでに部屋に戻っているらしい。

 鞄も濡れてしまったが、幸い中まで浸水はしていなかった。

 そのまま中に入らず玄関で身体を拭いていたら、荷物を預かってくれたアナがぷりぷりと怒り出した。

 

「まったくもう、ルイスさん! シルヴィアさんを働かせたり、ずぶぬれにさせたり、扱いが雑ですよ!

 中央教会に怒られちゃいますよ!」


 シルヴィアが口を挟む前に、ルイスが「ははは」と朗らかに笑う。


「別に元聖女って言ったって、俺たちとなにも変わらないじゃないか」


 その何気ない言葉に、シルヴィアはどきりとした。


「だいたいシルヴィアは金遣いが荒いんだから、今後働かなきゃ破産するぞ」

「もう、ルイスさん! 元聖女さまにそんな言い方して!」

「それに気を付けてたって風邪引くときは引くんだから」

「でも出来るだけ体調に気遣うべきですよねえ、シルヴィアさん……って、どうしました、大丈夫ですか?」

「えっ……、あっ、大丈夫です……」


 二人の言い合いをぼんやりとして聞いていたが、我に返った。

 先ほどの言葉が、やけに頭に残る。


 それから冷えないうちにと先に風呂を勧められ、体を温めた。

 上がった時にはすでにアナは帰宅しており、シルヴィアも部屋に戻った。




 部屋で干している鞄の中から包み紙を出す。

 包み紙もふやけてしまったが、中からそっと指輪を取り出した。


 ベッドにごろんと横になり、指輪の合う指を順繰り探す。左手の人差し指がぴったりだった。


「きれい」


 ――別に元聖女って言ったって、俺たちとなにも変わらないじゃないか。


 ルイスの言葉が頭の中で蘇る。

 思えば、彼は出会った頃から特別扱いをしてくることがなかった。

 ただただ、居候を家に置いてやっているというだけだった。

 町の他の人からは、少なからずなんらか身構えられたり、あるいは珍しいもののように見られているのが分かったのに。


 シルヴィアが何をしていても反対されることもなければ、助言するわけでもない。

 ただ、見守ってくれている。

 夜食に付き合ってくれるときの二人の時間もそうだ。


 彼の側にいるのは、居心地が良い。


「……変な人」


 指輪を優しく撫でて、シルヴィアは目を閉じた。



 ♦



 ――暗がりの中。


 長い指が、頬を優しく撫でる。

 こちらもまっすぐな黒髪に触れてみたら、思っていたよりも柔らかかった。指を通して、梳いて。


 お返しとばかりに髪を撫でられて、くすぐったくて身動ぎした。

 互いに小さく笑う。


 唇に触れたら嫌がられる? でも直接問うのはちょっと。

 いや、言わずに触れても、きっと怒られない。


 そう思って指を伸ばしたら、その手をぎゅっと握られた。

 大きな手に包まれて温かい。



 それから、握られた手に唇が寄せられて――――。





 目が覚めた。



「………………えっ!?」



 シルヴィアの心臓は、飛び出てしまいそうに鳴っていた。



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