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11. 夢見の聖女は予知夢を視る


 地面に転がっている石を退かしていたシルヴィアは、ざり、と砂を踏む音に顔を上げた。


「……懲りないやつだな」

「ヒューゴさん」


 教会への出入りについて、ルイスから許可をもらった。

 引き続き教会周りでの掃除に励んでいたシルヴィアだが、機嫌の悪そうなヒューゴの声に、腰を伸ばして作業用手袋で汗を拭った。が、その拍子に頬に土が付いてしまい、「うわ」と呟いて服の袖でごしごしと拭く。

 それを見て呆れた様子のヒューゴがため息をついた。


「本当に教会の中には入っていないんだな。入り浸るんじゃなかったのか」

「お嫌でしょう」

「……陽が強い。中で休憩しろ」


 返事をする前にヒューゴが踵を返してしまったので、シルヴィアも彼についていった。



 ここ数日は天気が良く、日差しが強い。教会の外よりも、中の方が涼しかった。

 入ってすぐ、一番後ろの座席にシルヴィアを座らせ、通路を挟んで反対側にヒューゴも腰掛ける。


「水は?」

「持ってきました。むしろたくさんあるのであげましょうか?」

「俺も持ってる」


 互いにそれぞれ持ってきた水筒の中身を飲む。

 少しの間、器を手で遊ばせていたヒューゴだが、静かに口を開いた。


「……この間は悪かった」

「嘘泣きですよ」

「ええ……?」


 いたずらっぽく笑うシルヴィアに、ヒューゴも苦笑した。


「言われてみたら別に俺だってここの掃除してるだけで、お前が来ていいかどうかの判断をする人間じゃない」

「でもルイスさんから仕事として頼まれてるんでしょう?」

「ルイスさんは優しいから、俺に仕事をくれただけだ」

「?」

「昔のことだけど」


 そう言ってヒューゴが語ったのは、数年前の話だった。

 彼は、家で孤立していたという。


「姉貴とは少し年が離れててさ、俺が子どもの頃から、姉貴の旦那はよく遊びに来ていたんだ」


 ヒューゴの家はパン屋だ。彼はベティの弟で、ベティの夫が入婿として入っていることはシルヴィアも知っている。


 ヒューゴは幼い頃から漠然と、自分も将来家の仕事をするものだと思っていた。

 しかし義兄が入婿となって家を継いだことで自分の将来の立ち位置が分からなくなった。同時に、結束する両親と姉夫婦たちとギクシャクするようになっていたと話した。


「その頃、学校でもあまりうまくいってなくて……。かといってどこか別の場所に出て行くわけにもいかなくて」

「ええ」

「そんな頃に、もう診療所の方の仕事をしていたルイスさんが、教会の管理してくれないかって声かけてくれてさ」


 エドアルド家の両親がいなくなった後、教会の管理に手が回らないからとヒューゴに依頼したという。


 教会の管理という決まった仕事と、居場所。

 少しずつヒューゴの気持ちも落ち着き、今はパン屋の配達の仕事を主に行いながら、定期的に教会の掃除をしている。


「小さいことかもしれないけど、ルイスさんはさ、俺にこの町で居場所を与えてくれたんだよ」

「そうなんですね」


 ──誰かが一人になりたいときや神頼みしたいときに自由に入っていい場所にしておきたいんだ。


 ルイスが言っていた言葉が頭の中でよみがえる。

 ルイスがヒューゴに教会の管理を任せたのは、この町で彼の居場所を作ってやりたいということだけではないかもしれないとシルヴィアは思った。


 ひょっとしたら、教会が心の拠り所となっているのはルイスの方なのかも。

 だって将来、誰も司祭が戻らないのであれば教会が朽ちてしまったって構わないはずだ。


 司祭であった父が帰って来るのを待っているのか、それとも、ルイス自身が司祭になりたいと心の奥で思っているのか。

 かつてあった家族の姿を思い浮かべて、教会を守ろうとしているのかもしれない。

 そう思うと、シルヴィアは少し切ない気持ちになった。


 だが、それこそ居候である自分には関係のないことだ。

 シルヴィアは努めて明るい声を出した。


「ルイスさんもおばあさまも、ヒューゴさんが教会を管理してくれていることでとても助かっていると思いますよ」

「だといいけど」

「そうですよ。それに、ヒューゴさんはきっと将来、教会だけじゃなくて町を守る人になります」


 はっきり告げたシルヴィアに、ヒューゴは鼻で笑う。


「なに言ってんだ、バカにしてるのか」

「まさか、私を誰だと思ってるんですか」

「聖女をクビになった一般人だろ」


 遠慮のないその表現が可笑しくて、シルヴィアは声を立てて笑った。



 ♦



 ヒューゴの未来を視たことをきっかけに、シルヴィアはまた少しずつ予知夢を視るようになった。


 新しい生活が落ち着いたためだろうか。

 エドアルド家に来てからは断片的な夢を見ることはあったが、明確な予知夢を視ることはなかった。

 それが少しずつ、はっきりと予知夢の時間が伸びていった。

 もちろん、中央教会で生活を管理されていた頃ほどではない。今は肉も卵も食べるし、夜更かしもするし、限られた人にしか会わないからだ。


 それでも、身の回りの人の小さな予知夢を視るようになった。

 例えば、庭で育てている花のプランターが猫に蹴飛ばされてしまったり、アナが料理する時に調味料が切れてしまっていたり。

 

 夢見の聖女をしていた頃に比べると、ずいぶんと小さい出来事。このくらいであれば、回避する手助けをしても周りに何も思われないだろう。

 シルヴィアは少しだけ、身近の大切な人に自分の力を使うことした。




「ごちそうさまでした!」

「ごちそうさまでした」


 ルイスの祖母、アナと昼食を終えたシルヴィアは、昼寝のためにのそりと席を立つ祖母を呼び止めた。


「おばあさま、今日は急に天気が変わりそうですから、お部屋でお昼寝なさった方がいいかもしれません」

「え、こんなに天気が良いのにですか?」


 アナが窓の外を見やる。確かに雲一つない空だ。


「お昼前にお洗濯物を干していたら、遠くの方で雨雲を見かけたんです。なので急に雨が降るかもしれません」

「ああ、それでシルヴィアさんは洗濯物を手前に干してくださったんですね」


 普段は庭の陽の当たるところに干している洗濯物が、家の屋根のかかるところではためいている。

 祖母は少し考えた後、火のない暖炉の前の長椅子に横になった。


「アナさん、これからお買い物に行きます? 私もご一緒していいですか?」

「お夕飯の食材買うだけですよ? 少し遠いですし」

「大丈夫です! 食後の散歩に!」


 アナと連れ立って向かったのは、カージブルの外れにある普段は行かない果物店である。

 一般的な青果店では扱わない、少し珍しい果物を扱っており、店頭には派手な色の果実が並んでいた。


「隣国から取り寄せたっていう苦味のある果物が、炒め物にすると美味しかったんですよ」

「えええ、苦いんですか」

「炒め物にしたらそんなに気になりませんよ。私もベティさんから聞いてやってみたんです。ああ、これです」


 アナが手に取ったのは、手のひらに乗るくらいの大きさの果実だった。つるりとした真っ赤な皮が毒々しい。

 店の奥から出てきた店主に「二つください」と言い、アナは代金を小銭で払った。


「はいよ、釣り」

「ありがとうございます」


 店主から返された釣りを受け取ったアナが、一瞬手を止める。だが、そのまま財布の中に戻そうとした。

 シルヴィアはその手を掴んだ。


「あら! お釣り少ないんじゃないですか? 確認して頂けます?」


 奥に戻ろうとしていた店主が少しムッとしてアナの手の中を確認する。

 しかしすぐに釣りが足りなかったことに気付き、エプロンのポケットに手を突っ込んで小銭を探した。


「悪ぃ! 間違えてたみたいだ。ごめんな、姉ちゃん」

「よかったわ、ありがとうございます」


 アナの手の上に小銭が追加されて、彼女はそれを財布にしまった。


「シルヴィアさん、ありがとうございます。全然気付きませんでした」

「いえいえ、とんでもない」


 予知夢の中で、アナは悩んでいた。

 ルイスから預かった買い物用の金の収支が合っていなかったのだ。該当する買い物は今日だけだったので、とりあえずアナが頭を抱えることにはならないだろう。



 買い物の帰り道、シルヴィアはアナにヒューゴのことを聞いてみることにした。端的に、「ヒューゴさんのことをどう思ってますか?」と。

 するとアナは少し首を傾げた。


「ヒューゴって私のこと好きみたいなんですよね」

「えっ!」


 知っていたのか。というか、バレバレではあるが。

 ヒューゴは自分の気持ちが露呈するのを『デリケートな問題』と言い、避けたがっていたようだが、無意味であった。


「ちちちちなみに、アナさんの方は……!?」


 若干の動揺により噛みつつも問うたら、アナは悩むように眉を下げた。


「うーん、よくわからないんですよね。別に直接何か言われたわけじゃないですし」

「そうなんですか……」

「むしろ、シルヴィアさんはどうですか?」

「えっ!?」

「好きな人いますか? って、聖女さまにこんなこと聞いちゃいけないかしら」


 「いえいえ」と首を横に振りながら考える。

 中央教会にいた頃も、あそこから逃げ出した後も、恋することに強い憧れはある。今もだ。

 しかしながら、実際誰かを好きかと問われれば、よく分からない。町の人たちは皆、優しいけれども。


「私もまだよくわかりません……」

「あはは、好きな人ができたら教えてくださいね!」

「はい!」


 そういえば同年代と恋の話をするのは初めてだな、とその時気付いた。新鮮だ。

 シルヴィアは、明るい気持ちでアナと並んで帰った。



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