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第89話 「沈んでいく感じ」

 月の内側で起こった大事故。俺はその時、謎の装置から解放した魔獣フェン・ラルクを身体に宿した事で生き延びた。

 本当はあそこで死ぬべきだったのに、あの時の俺は生きようと必死で、こいつを解放してしまった。その罰なのか、それからの人生は最悪だった。


 フェン・ラルクのせいで滅茶苦茶になった俺を救ってくれたのが生徒会長だ。

 彼女と共に魔獣から人々を守るため、俺は何としてもこいつの力を制御できるようになりたい。

 しかし今まで、力を制御できたことは一度としてなかった。


「本当に良いんだな?発動したら力尽きるまで止まらないぞ」


 今いる場所は生徒会要塞の第三戦闘訓練場。俺はナイン・パロルートというサキュバスの少女と共に訓練を始めようとしていた。


「準備は出来てるから心配ないよ。好きなタイミングで変身して!」


 俺が変身した姿は魔獣人と言う。生徒会の中ではウォルフナイトと呼ばれているが、変身したら必ず暴走してしまうんだ。


 広い部屋には無数の杖が立っている。これで魔法を起こし、暴走した俺を拘束するらしい。


「まずは自我を保つんだ。君の中の魔獣に邪悪な心があると言うなら、それに打ち克つんだ!」


 俺が魔獣になると思考して、全身に力を入れた瞬間から変身は始まる。皮膚の色が黒く染まり、元々の体毛とは別に灰色の毛が生えていく…


「これがウォルフナイトへの変身か…狼太郎、意識はある?」


 駄目だ…呼び掛ける声は聴こえるが、もう口すら動かせない。いつもと同じで嫌な感覚だ。


「生意気だねぇあいつ。私に勝てる気でいるよ」


 今、フェン・ラルクに身体が支配された!俺にはもう止められないぞ!


「ここで分からせてやろう。八つ裂きにしてしまおうよ。そして食べよう」


 お前…二度もあの子に負けてるのに、まだ勝てると思ってるのか?


「言ってくれるな…今回はあの女一人だけだ。勝てる」


 俺の身体は一歩踏み出した瞬間、床に倒れ込んだ。


「か、身体が重い…重力を操っているのか?」


 ジャリリリ!


 さらに鎖が手足を拘束した!これならフェンは悪さ出来ないぞ!


「変な呼び方をするな。それにこれぐらいで動けないことなんて──」

「狼太郎!気を強く持つんだ!」


 ナインの声がする。そんな、気を強くって言われても…


「身体が支配される事を当然だと思うな!その身体の宿主が誰なのか、魔獣に教えるんだ!」


 聞いてるかフェン・ラルク!この身体は俺の物だ。お前は力だけ寄越してさっさと引っ込みやがれ!


「嫌だね。簡単に身体の主導権を乗っ取られるような人間に、私の力は大きすぎるよ」


 指一つ取り戻せた感覚がしない。一体どうすれば良いんだ…


「…やっぱり最初は上手くいかないか。スリープ・ワンド!魔獣よ眠れ!」


 ナインは動けないフェンの前で、杖をゆっくりと動かした。


「おや…なんだか眠くなってきたよ」


 そうだ、そのまま眠っちまえ。そして早く身体を返せ。


 フェン・ラルクの精神は魔法の力で眠らされ、俺の意識が表に出ると身体は元に戻った。


「はぁ…ごめん。何も出来なかった」

「最初だから仕方ないよ。ゆっくり頑張ろう」


 一度変身するとそれだけで体力を消耗してしまう。焦らなくて良いとナインは言って、次の変身までに休む時間をくれた。


「魔獣に身体を乗っ取られてる間ってどういう感覚なの?」

「うぅ~ん…どんどん沈んでいく感じに近い。完全に乗っ取られると、水の底で動けないまま…誰かに引き上げられるまで、つまり誰かがフェン・ラルクを止めるまでずっとそのままだ」


 この感覚を俺は何度も味わってきた。そして誰かが傷付くのが嫌なあまり、目を閉じて耳を塞ぐこともある。すると、自分が生きているのかすら分からなくなってしまうんだ。


「苦しかったよね…」

「うん…それでも生徒会の皆が支えてくれるから、コントロールを諦めようってならないんだ。これまでの期待と努力、絶対に無駄にしたくないんだ」

「だったらその努力が実るように僕も頑張らないとね」




 この日の内に俺は6回も変身した。一日の内に何度も姿を変えるのは始めてで、訓練が終わる頃には凄く疲れていた。


「はぁ…はぁ…クソッ!」

「今日はここまでにしようか」

「でも…っ!?」

「無理すれば身体が壊れちゃうよ。それに休むことも訓練の一環だよ」


 少女が顔を近付けた。会長やハンターズの皆みたいに、ほんのりの良い香りがする…


「可愛い子だね」


 起きたのかフェン・ラルク…お前は疲れてないんだな。そうだよな、人の身体を使ってるだけだもんな。


「私の体力は有り余ってるよ。まだ動けるさ」


 か、身体の調子がおかしい…この感覚はまさか…やめろ!


「君の精神が弱まると、このままの姿で私が動けるようになるんだねぇ。勉強になったよ」

「それじゃあ杖片付けてくるね」


 そう言ったナインは背中を向けてしまう!ダメだ!


 スゥ…


 俺の身体は音を立てず、ナインに腕を伸ばしていた。


 止まれ…!誰か止めてくれ!


「ナイン!ミラクル・ワンド!」


 突然、俺の身体は真後ろへぶっ飛んだ!そして壁にぶつかって感じるこの痛さ…意識が元に戻ったようだ。


「それにしてもいてぇ…」

「え、なに!?どうしたの!?」


 今の感覚は生徒会要塞に設置されている衝撃波障壁みたいだ。それとナインは魔法で身を守ったようだ。

 傷付けなくて良かった…


「だ、大丈夫!?」

「近付くなナイン!そいつはお前を背後から襲おうとしていた!」


 黒金か…厄介なやつに見られたな。どう弁明するか。


「人間の姿のままってことは、襲おうとしていたのは魔獣じゃなくて狼太郎本人だ」

「違う。俺が疲労した隙を狙ってフェン・ラルクが出てきたんだ。今までこんなこと一度もなかったのに…」

「狼太郎が弱まっても暴走しちゃうのか…明日からはそこも気を付けて訓練しないとね」

「ナイン、こいつを鍛えるよりも超人モードを極めた方が効率的だ」

「あのねえ光太。今必要なのは力じゃなくて戦ってくれる仲間なの。チームワークだよ。燃えるだけの僕なんかより、魔獣のパワーを使える狼太郎の方を優先しないと」


 そうだ…俺はこの力をコントロール出来るようになりたい。黒金には悪いけど、ナインは貸してもらおう。


「ナイン、俺戻るよ」

「うん。しっかり休んでね。明日も今日と同じ時間にこの場所で」

「待てよ!謝れよ!」

「いいよ光太!君が守ってくれたから怪我してないし」

「だけど…」

「それより光太の方はどうなんだよ…」


 訓練場を離れて会話が聞こえなくなった。


「きっとあの男、お前の悪口を言っているだろうね。後ろから邪魔するだけの雑魚の癖に」


 今日はよく喋るなフェン・ラルク。暇なのか?今度から話し相手になってやるから俺に力を寄越せ。


「…」


 また狸寝入りか。困ったら黙る。卑怯だよな~お前って。

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