第87話 「失礼しました」
魔獣人との戦いから一睡せずに一夜が明けた。
生徒会長との話し合いの前に、僕は一度アパートに戻って来ていた。単端市ではセナ兄ちゃんと巨大魔獣達による戦いが行われたが、ボロアパートは無事だった。
まずはナッコーの安否確認だ。避難しているかもしれないが、一応ノックしてみる。すると扉が開いてナッコーが顔を出した。
「ナインさん。おはようございます。昨晩は何やら凄いことがあったみたいですね」
「意外と平気そうで安心したよ…」
「学校休みになってもうテンションモリモリ野菜の盛り合わせです」
部屋の中からツンと辛い匂いがする。朝から何を食べてるんだろう。
「避難指示が出てるけど逃げないの?」
「遠くに逃げてなんとかなることじゃない気がするので」
ナッコーは勧告されようとアパートに残るそうだ。事情があると察したのか、僕達が帰って来るのを待つとだか意味深に言って、朝食に戻っていった。
次にノート達の住む102号室へ。しかしどちらも留守にしていた。今もセナ兄ちゃんと行動しているのだろうか。
きっとあの人達は大丈夫だろう。僕は部屋に置いてあった製作途中の杖を回収して、学校へ戻って行った。
街の景色が大きく変わってしまった。まるで大きな災害が起こった後みたいに壊滅状態だった。
あの瓦礫の下には、もしかしたら誰か埋まっているのかもしれない。その誰かはきっともう、死んでしまっているだろう。
光太達の学校は避難所になっていて、逃げてきた近隣住民が集まっていた。
「ナインちゃん!」
「ユッキー!無事だったんだね!」
ユッキーと話すのは久しぶりだった。色々あったけど、とにかく無事で良かった。
「何か困った事はない?」
「今のところ大丈夫かな。生徒会の人たちが必要な物をすぐに揃えてくれるから」
「なら安心だ」
「…ねえ、昨日出てきた大きな魔獣。あれって何なの?この世界で何が起ころうとしてるの?」
「ごめん、僕にも分かんない」
きっとアン・ドロシエルが本格的に動き出したんだと僕は推察している。
対魔獣組織ハンターズの基地でもある生徒会要塞へは関係者以外の立ち入りは禁じられている。避難者も例外ではなく、ここには僕達しかいない。
「女子ばっかだな…」
生徒会役員は狼太郎と太刀川時雨という生徒以外全員が女子だ。
会長から聞いた話だと、全員が過去に魔獣の被害に遭い、そこを彼女と狼太郎に救われたらしい。
しかしその狼太郎も、ウォルフナイトと呼ばれる魔獣人だったのだ。
「あ、ナイン。おはよう」
噂をすれば、ちょうど保健室から出てくる狼太郎と遭遇した。
「どうも。身体の調子はどう?」
「一晩寝たら良くなったよ…ごめん、義足壊しちゃって」
「暴走してたんだし仕方ないよ」
あのウォルフナイトとは思えないくらい穏やかだった。彼は悪い人ではないのだろう。
「そいつに近寄るな。魔獣人なんだぞ」
「光太…」
険しい表情の光太が、遮るように僕の前に立った。
「黒金、これまで済まなかった」
「ちょっと狼太郎君?どうして謝るの?」
「黒金、お前あんまり調子に乗んなよ」
当然というべきか、周りにいた女子達は謝罪した狼太郎を庇い光太を非難した。
「調子に乗ってるのはどっちかな…力を持って人に囲まれて、暴走すれば止めてもらえば良いって甘い考えでいる。そんなんだから──」
「やめなよ光太」
これから協力すると決まったのに、昨日から狼太郎を酷く敵視している。注意しないと、生徒会長としたあの約束を破ってしまいそうだ…
「…行くぞナイン」
「えっわっ!」
そして光太は僕の腕を掴んで強引に歩き出した。
「こ、光太!痛いって!」
「あいつは魔獣人だ。気を許すな…いつかまた暴走して攻撃してくるぞ」
「…どうしてそんなに彼を悪く言うの?」
「心配なんだ。敵だったやつと簡単に仲間になるなんて、どうかしてる」
正直、どうかしてるのは光太だと思う。会長は信用できないけど、狼太郎はただ暴走しているだけで根は良い人だと思うんだ。
「僕達は共通の敵である魔獣人、そしてアン・ドロシエルを倒すために協力しないといけないんだよ」
「…そうかよ」
納得…してくれてないよなぁこの表情は。
要塞にある会議室へ赴いた。既にサヤカ達は椅子に座っていて、僕も素早く席に着いた。
「それではこれより会議を始める。まずはリーダー同士の挨拶とでもいこうか。私は滝嶺飛鳥。転点高校の生徒会長にしてハンターズのリーダーだ」
サヤカが視線をこちらに送ってきた。ここは彼女に任せよう。
「サヤカ・シラサメです。彼らのリーダーです。よろしくお願いします」
サヤカはお辞儀をした。姿勢がしっかりしていて、気品のある振る舞いだ。
そういえば僕達のチーム名ってなかったな。そのうち皆で考えよう。
「それではまず情報交換とでもいこうか」
それから一時間近く情報交換タイムが行われたけどて…この人たち何も知らなすぎる!ほとんど僕達が喋ってたぞ!?
その分のリターンがないと納得できないなぁ。
ただ1つ勘違いしていた事に気付いた。僕はてっきり、最初に戦った影の魔獣がこの世界に初めて現れた魔獣なのかと思っていた。
しかし実際にはもっと前から魔獣は出現し、人々を襲っていたようだ。
「それでは次に──」
「そっちの怪物の話だろ」
さっきまでひたすら女子の足を睨んでいた光太が喋った。魔法で黙らせておけば良かったと後悔した。
「黒金君、狼太郎のなる魔獣人の姿は、ウォルフナイトと言ってもらおうか」
「どうするのあいつ?また暴走して襲われるのはごめんなんだけど」
「狼太郎が信用できないの!?」
「会長!やっぱこいつらと組むの反対です!」
あーあ、そりゃあ怒るよ。彼女達にとって狼太郎はヒーローなんだもん。
「…俺は忘れてないからな。あいつが白田を殺したことを」
「その件に関してはどうやっても償うことが出来ない。私の責任だ」
「責任感あるならあいつに言えよ!お前は人殺しだって!何が可哀想だから黙っておけだ!ふざけんなよ!」
「ロープ・ワンド」
これ以上彼が喋ると会議が中断して乱闘になりそうだったので、適当な魔法を使って黙らせた。
「…ムグッ!」
こうして彼は縄でグルグル巻きになった。悪いけど、終わるまでそこで静かにしてね。
「光太が失礼しました」
「いや…彼にも一理ある。しかしまだ、狼太郎にその真実を伝えてはいけないんだ」
協力関係を結ぶとなって、僕達は生徒会長と一つ約束をした。
それは暴走した狼太郎が、魔獣に操られていた白田という少年を殺した事を伝えてはいけないということだ。
狼太郎にはその時の記憶がないので、もしも知ってしまったらショックを受けてしまうだろうという彼女なりの優しさだ。
そして光太がこの事について指摘するだろうと予想していたのか、生徒会長は狼太郎をこの会議に出席させていなかった。
「ムーッ!ムーッ!」
バタッ
やかましい光太を蹴り倒し、話を続けた。
「しかし、狼太郎の暴走克服が課題であることには間違いないと思います。そこで私達の知識も使って、彼の訓練に協力しましょう」
「それはありがたい…!ぜひ頼む」
魔獣人の育成か。本当は狼太郎の中にいる魔獣を摘出して殺した方が良いんだろうけど。相手も同じ魔獣人だから手を借りるしかないのか。
その後も会議を続いた。
しかし話し合ったほとんどの事が僕達から相手へ何かすることで、こちらは何の利益も得てない気がする。
会議室の床に倒れている光太はやはり機嫌が悪そうだった。




