第82話 「きたねえぞ!」
ニーナから宝物を返してもらった俺はフォルンと共にハザニア城に戻った。そして本当の事は伝えず、宝物が戻って来た事だけを国王に伝えた。
「なるほど…犯人が怯えて捨てたのかもしれないな。何より取り戻せて良かった」
「はい…それでこの大金なんですが…寄付したいんです。郊外にある小さな孤児院に」
「…よし、協力できることがあるなら力を貸そう」
「お待ちください国王!」
…最悪だ。いや、避けては通れない試練だったのかもしれない。
「彼は犯人達と結託しています!」
ナナミ・フュードリックが警察を率いてやって来た。
「…どういうことだナナミさん、説明してくれ」
「その少年の隣にいるメイド。彼女は彼の言った孤児院出身です。その孤児院は現在経営状況が大変悪く、施設も倒壊しそうな状態にあり…そこの職員が宝物を狙い、私達の子を人質にして身代金として宝物の入ったケースを要求したのです!」
「おいおい証拠はあるのかよ!」
この女、どうして孤児院の事を知ってやがる!
笑顔を見せたナナミはスマホを掲げた。そして音声が流れた。
「違う、そういうことじゃない。俺から正式に金を渡せば問題はないって話だ」
「え…いいの?」
「泥棒からケースは取り返したって話にして、そのあとはこの孤児院に全額寄付。そうすれば誰も文句言えねえだろ」
「光太様は信じられると思うよ、ニーナ」
これは孤児院での会話…!?
フォルンは青冷めた様子で全身をまさぐり、そして背中のポケットから何かを見つけた。
「盗聴機…!」
「今のが証拠!彼女が私のそばで働いていたのは、最初から宝物を奪うためだったのです!彼女はスパイです!」
「盗聴機なんか仕込みやがって!きたねえぞ!」
「どんな事情があったにせよ宝物は光太の物だと先代が決めた!彼自身が寄付すると決めたのだ、何の問題も──」
「王様!?まさか情けで犯罪者を庇うおつもりで…?銃を降ろすな!王は御乱心だ!」
ナナミの指示を優先した警察は銃を構えたままだ。権力を持っただけの人間がここまで厄介になるとは思わなかった。
「…王を引き摺り降ろして、この国の姫にでもなるつもりか?」
「今時、王を中心とした政治は時代遅れよ。だから郊外の孤児院みたいな貧富の格差が生まれるの」
「てめぇと龍之介がそうなるように都合よく発展させたからだろうが!」
「民主主義にして民に平等を与える。それが私の目的よ」
「平等に貧しくして自分だけは甘い汁啜るつもりか!」
「…うるさいわねぇ。早くそのケースを寄越しなさい」
俺はケースを渡さなかった。
「…10秒以内に渡さなければ撃っていい」
「やれよ…撃って来いよ!」
ここまでか………いや、残り1秒ぐらいになったらドカーン!って壁を突き破ってカッコよくナインが駆けつけて来れるんだろうなぁ…
「大変ですナナミさん!外で暴動が!人が集まっています!」
「なんですって!?…早くあいつを撃ちなさい!」
やられる!
「待ってください!ナナミの味方をして困るのはあなた達ですよ!」
フォルンはビクッと怯えなが俺の前に立って腕を広げた。
「その女は世間ではこの国を発展させたと称賛されていますが、実際には格差を広げただけ。それから権力者の嫁になって、メディアにそう言わせただけに過ぎません」
「撃ちなさい!」
「撃つな!…これは王である私の命令だ!」
すると警察の銃口が下がった。なんて迫力だ…
すげえな、もう一般人の俺じゃ口出しできない空気になってきた。
「ここで私達を殺しても彼女の立場は揺るがない。それどころか王という邪魔者がいなくなり大金を得たことで、さらに自分の望んだ通りに国を作って格差を広げていく…あなたとその家族も、やがて彼女の被害者になるでしょう」
「そんなことしないわ!するわけないじゃない!」
「そいつはなぁ!この国じゃ立派な事したんだろうけど、自分の子どもを平気で捨てられる最低な女だぞ!」
「な、そんなことは──」
「俺が証拠だろ!その女は浮気が出来る!騙した男に「あなたと私の子よ」なんて平気で言うような、信用に値しない人間だ!」
俺が叫ぶと警察の一人がナナミに銃を向けた。
「なにやってるの!?」
「最近子どもが産まれたばかりなんです…あなたのせいでその子が苦しむ社会になるというのなら…俺は犯罪者になってもいい!」
それを皮切りに警察たちは次々とナナミに銃を向ける。国王は警察に語りかけた。
「警察諸君!その者はこの城にて私に対して無礼を働いた!よって地下の収容施設へ収監とする!手伝え!」
「そんな!お待ちください!」
俺達を陥れようとした女は呆気なく裏切られ、王によって地下に閉じ込められた。
どうなるのかは…定かではない。
城の外には大勢の国民が集まって、龍之介とナナミに対してのデモを起こしていた。その先頭には孤児院で出会ったニーナ達が立っていた。
システムが都合よく発展したこの国では、貧富の格差が広がってしまった。
国民達の前に現れた国王は、それをなくすのが自分の役目だと宣言することで、信頼を取り戻した。
龍之介は妻と子ども達を捨てて国から逃げたと、再婚相手が涙ながらに訴えていた。
ナナミ・フュードリックが国王に敵対して警察を動かしたことは大事件として世界中に広まった。元々大した関係のなかった日本とボンザレヌ王国が、これからどうなるのか俺にも分からない。
大金は正式に孤児院へ回されたが、これで良かったのだ。部外者の俺が受け取るのはきっと間違っている。
前国王が遺した物は、この国で使われるべきだ。
次の日、帰りのプライベートジェットに乗るために俺は空港へ来た。
あれだけの騒ぎになったのにあっさり帰国できるの奇跡だが…見送りが王様だけって言うのはなぁ…
「光太。宝物譲渡の儀に来てもらっただけなのに、大変なことに巻き込んでしまったね」
「いいえ…俺もこれで、あの二人と決別できたと思います」
もうあの二人を父と母とは思わないことにする。今はそれでいい。捨てられた過去も気にすることじゃない。
「…フォルン達に大金があるって事前に流したの、あなたですよね?」
「さあ?ただ、国民を大切にしていた先代のへそくりが孤児院の寄付という形で使われたのは、正しいことだと私は思うね」
「そうですか…でもジャヌケの原石、これは貰っていきますからね?」
王様は何も言わずに去って行った。
俺はフォルンと合流してジェットに乗った。あんまりゆっくり出来なかったなぁ…
さよならボンザレヌ。次は観光で来るよ。